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二〇二〇年十二月二十四日
浮かれた音楽が流れる街は華やかで、街行く人は小綺麗な格好をした男女の二人ペアばかり。ぴったりくっついて歩きにくそうだ。
何処もかしこもゴテゴテに飾り付けられていてカラフル。コートもズボンも靴もバッグも全部真っ黒で、お通夜みたいな俊太郎は異質であったが、自分たちのことで頭がいっぱいで、俊太郎のことなんて誰も見ない。そんな日だ。
家に帰ればきっとホールケーキとチキンが俊太郎を待っている。しかしこんな日に――もう何回目だろうか分からない――不採用通知のプレゼントを貰ったばかりの俊太郎は楽しげな家族の待つ家には帰りたくなかった。
やりたいことはない。あったけど、もうない。出来ないことをやりたいことと言い続けられるのは子供の特権。俊太郎は夏にある誕生日を迎えたから、もう成人してから三年も経ってしまっている。
新卒で入った会社を半年ちょっとで辞めて、特にやりたいこともなく、転職は上手く行かずに何となくフリーターになっていく二十三歳。それが俊太郎だった。
馬鹿みたいに寒い中、お互いへの熱で浮かされているカップルしか座らないベンチに座る。イルミネーションの下でキスをするカップルがよく見える。
何でこんな所に、よりによってこんな日に来たのか。自身の正気を疑う。おそらく自分をいじめたかったのだろうが、来てみればそれはとてもきつかった。
目標も目的も守りたい人も守ってくれる人も居ないしんどさに比べれば、こんな寒さなんて大したことがないと思って腰かけた。しかし、真冬の寒さの方が俊太郎の人生よりも耐えられないものだった。
あまりの寒さに冷静になった俊太郎は、帰ろうと思い立ち上がる。用もないのに電車賃払ってこんな所でカップルウォッチングなんて自分いじめはもう充分だ。
そう思った時、鼻の上にひらりと白いものが降って来て、触れると溶けた。――雪だ。ホワイトクリスマスなんて珍しい。東京で雪を見ることがまず稀なのに、イブに降るなんてカップルは大喜びするだろう。
「今日の天気予報知っています?」
突然、後ろから声がした。その近さにぎょっとして振り返れば、少し年上――おそらく三十代前半くらいの男性が立っていた。知らない顔だ。
「今日のニュース見ました?」
男性は俊太郎を見て尋ねる。知人ではないはずなのに、男性は当然のように俊太郎に話しかける。
「……曇り時々雨でしたよ」
男性から酒の臭いがしなかったので、俊太郎は答えた。素面の不審者だったら、発覚し次第すぐに走って逃げようと決めてから。
「そうでしたよね。でも本当は午前中が晴れで午後は曇りなんですよ」
やばい奴だと思った。まず何を言っているのか分からないし、何でわざわざ俊太郎に話しかけてきているのかも分からない。――もう逃げた方が良いだろうか。俊太郎は足首を軽く回して走る準備をした。
「ああ、怪しい者ではございません。ちょっと話がしたいなと思いまして――。そうだ。あそこで話しません?」
俊太郎の腕を掴み、男性は裏路地に見える建物を指さした。その建物の看板には休憩と宿泊の料金が書かれている。
俊太郎は驚いて男性の顔を見る。ここは某二丁目ではないし、この男性はとてもそんな風に見えなかった。それに黙って座っていただけでゲイバレしたことにとても動揺した。
何か言わなくてはならないのに、焦れば焦るほど何も言葉が出てこない。とりあえず断らなければならないことは分かるが、何と言ったら良いのか分からない。ナンパされたのは初めてのことであったし、自分以外のゲイに会ったのも初めてだった。
混乱する俊太郎に男性は、「休憩の方でね」と言って俊太郎の腕を引いた。されるがままに引き寄せられて、腰に手を当てられてしまう。不快感があり、身を捩って手を退かそうとするが、男性に「目立たないようにしてくれるかな? あっちのカップルがこっちを見ている。まあ僕は注目されても構わないけど」と言われてしまえば頭が真っ白になって体は動かなくなる。
俊太郎が何よりも恐れていたゲイバレが起きたことで、俊太郎の思考は完全に停止していた。
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