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「いや、終われない。――仕方ないね」
男性は無表情でそう呟いた。俊太郎はこの急に失われる表情と、その時に別人のように低くなる声が怖かった。――今度こそ殴られるかもしれない。
押さえつけられた状態で相手の攻撃を交わすことは不可能と見なした俊太郎は、衝撃に耐えるために身構えた。顔に来たら目をつぶって、腹に来たら腹筋に力を入れなければ。
しかし男性の空いている方の手は拳を握るような素振りは見せない。スッと、俊太郎の首元まで手が伸びて来た。首を絞められる?
まさか殺されるとは思って居なかったので、俊太郎は慌てて身を捩って暴れた。脚の上には男性が乗っているし、両手は頭の上で束ねて押さえつけられている。そんな状態ではやはり大した抵抗は出来ず、手首を押さえつけている男性の握力が増して、骨が折れないかという心配が増えただけで終わった。
俊太郎の首元に伸びて来た男性の手は、首には触れずそのまま少し下に下がり、黒のショート丈ダウンのチャックを下ろした。はらりと前が開かれ、コートの下に着ていた深い緑のセーターが顔を出す。
まさかと思う間もなく、男性はそのセーターを下着ごと掴むと俊太郎の首元までグイッと引っ張り上げた。後ろはシーツと体に挟まれていてあまり上がらなかったが、前はしっかりと捲られてしまった。
仰向けに固定させている俊太郎からは捲られて首元に溜まっている深緑のセーターしか見えないが、外気に触れる感触を肌に感じ、露出させられたことがわかる。
叫ぶことも泣くことも何も出来ないまま、呆然とその緑を見ていると、カチャリというベルトが外れたような音がした。そして、ズボンの留め具やチャックを手際良く開けられ、ズボンもグイッと下に引っ張られた。ふくらはぎにもズボンが溜まる。
男性は自身のコートのポケットからスマートフォンを取り出すと、俊太郎の顔の側に顔を寄せると内カメラでその様子を撮った。内カメラには、半裸で呆然とする俊太郎と笑顔の男性が映っていた。
男性は写真の出来を確認するような素振りを見せた後に、俊太郎に向き直った。びくりと身構える。
「これをネット上に公開されたくはないよね? 君の家族や友人、さらには職場に送ることも出来るけど」
男性は無表情で淡々とそう言った。
「……それ脅迫ですか?」
「いや、聞いているだけ。ゲイってこと隠しているんだっけ?」
名前を知っているということはどうやってかは知らないが俊太郎のことを調べたということ。隠れゲイだと知らないわけがない。これは紛れもない脅迫だ。
「じゃあよろしくね、俊太郎君。これ僕の名刺。君の連絡先は知っているから教えなくていいよ」
拘束していた手をパッと離すと男性は笑顔でそう言った。声もどこか呑気で――今では少し不気味な方に戻っている。解放された手首にはやはりしっかりあざが出来ていて、DV受けている人みたいだなとぼんやり考えながら、手首を摩った。
差し出した名刺を俊太郎が受け取らないので、男性は俊太郎のお腹の上に名刺を置いて、ベッドを降りた。俊太郎はゆっくりと起き上がると、インドア生活が白くしたお腹の上に乗る名刺を掴んで読んだ。
〈五十嵐(いがらし) 謎多き科学者〉と書いてあり、――南国でバカンスでもしているのか――ヤシの実ジュースを持つ男性が蕩けた笑顔で写っている写真がその横にある。それらの下には電話番号とSNSのQRコードが印字されていた。ふざけた名刺だ。
「じゃあ、これホテル代ね。二万円で足りるかな?」
入り口にも看板にもあった休憩代を見ていないのだろうか。ベッドのサイドテーブルに男性――五十嵐が二万円を置いた。
そして財布をコートのポケットに戻そうとして、「ああ! そうだ」と言い、財布をまた開けた。
「チェキ代って相場何円だっけ? 五百円だっけ? 五千円だっけ? 分からないから五千円でいいや。はい、写真代。またね」
ベッドに座る俊太郎の口に――とても強引に――五千円札を加えさせると、五十嵐は部屋から出て行った。お札の汚さを分かっていないのか嫌がらせか。俊太郎は口からそれを吐き出すと、ベッドの上でもぞもぞと身なりを整えた。
俊太郎の唾液が若干付着している五千円と五十嵐の名刺を、サイドテーブルの二万円の上に載せると洗面所でうがいをした。鏡に映った顔は今朝不採用通知の封筒を見た時よりも酷かった。
二万五千円と五十嵐の名刺を掴むと俊太郎は部屋を出た。初めて入ったラブホテルでやばい奴に脅迫されてヒーローになったなんて武勇伝にもならない。
全てが最悪だ。大変なことになってしまった。
先程まで帰りたくなかった家に早く帰りたくて仕方がない。なかったことにはならないが、せめて五十嵐から連絡が来るまでは全てを忘れて眠りたかった。
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