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◇◇◇
「こんにちは」
講義の三十分も前に教室に入って来るような真面目な生徒はこの大学には居ないようだった。俊太郎が教室のドアを開けて中に入れば、窓の開いた春風のそよぐ教室で教授の助手の青年がパソコンや資料の準備をしていた。
俊太郎の挨拶に数秒遅れて気付くと、幸薄そうな顔をこちらに向けて、「ああ、こんにちは」と儚げに笑いながら言った。実際は普通の笑顔だったのかもしれないが、眉の垂れ下がった薄い顔付きが儚さを演出していた。
適当な席に持っていたバッグを置くと、そのまま席に座った。左手に持って歩いていたスマートフォンをいじり始めれば助手の青年もそれ以上話しかけてこようとはしない。
すぐにまたドアが開く。
「こんにちは」
健が見たこともないような華やかな笑顔で青年に挨拶をする。青年の頬は心なしがほんのり色づいた。
俊太郎は笑みが溢れる口元をスマートフォンで隠した。――良い感じだ。
「あ、ああ、こんにちはっ」
青年はもう健から目が離せない。五十嵐の下調べ通り、この青年は男子校出身のゲイで、若くて細身で顔が良い男が好みのようだ。
健がそんな青年の元へゆっくりと歩いて近づいて行くのが見える。青年は緊張気味だ。
「あの……俺、前回の講義を体調不良で欠席していて、先週の配布プリントをいただけないでしょうか?」
健が捨てられた子犬のような雰囲気を持って詰め寄れば、その要望を無下に出来るわけがない。
「えっと、本当はダメなんだけど……。体調不良なら仕方がないから良いよ。教員室にあるからちょっと一緒に来てくれるかな?」
頬を赤らめて上目遣いでそう言う青年に見えないように、健が背中でこっそりとピースを作って見せてきた。俊太郎は、それを目の端で見ながら、渡る世間はネコばかりとはよく言ったものだと考えていた。この青年のネコ感は凄い。
「ありがとうございます!」
健の惜しみない笑顔にくらりと来ちゃった青年は、俊太郎の存在なんか忘れ去ってしまったようで、好きオーラを隠す気はないようだ。全然さりげなくないが――本人的にはさりげなく健の腕を引いて、「じゃあこっちだよ」と言い、教室を出て行った。
二人が教室を出て行くのを見届けた後、俊太郎はバッグを開けてUSBを一つ取り出した。席を立ち、椅子を元の状態に戻す。そのタイミングでお馴染みのワイヤレスイヤホンをつけた左耳に音が入って来る。
『ケン到着、了解』
健が予定通り、助手の青年とエレベーターに乗ったようだ。聞こえたので、俊太郎はイヤホンのボタンを一回押す。
『シュン了解』
これで五十嵐に俊太郎が了解したことが伝わり、五十嵐の声によって健にもそれが伝わる。イヤホンのボタンは一回で了解、二回で完了だ。
エレベーターに乗ったことで、確実にしばらくは帰って来ない。他の生徒も五十嵐の情報が正しければ十分前にならないと来ない。少なめに見積もっても十分はある。ハプニングが起きなければ余裕だ。
助手の青年がセットしていたパソコンには予定通り、USBが刺さっている。手に持っている物と見比べるとちゃんと同じ製品だった。
パソコン側でUSBの取り外しを指示し、データが破壊されないようにしてから抜く。手に持っていた偽物のUSBを代わりに差し込む。抜いたUSBはポケットに入れた。
これで問題ないはずだ。
あとはこの本物のUSBを健に渡して、この大学から怪しまれずに脱出するだけ。俊太郎はパソコンから離れ、机に置いてあった自分のバッグを掴んだ。
その時、まだしばらくは開かないはずだったドアが開いた。
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