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「あれ? もう人が居る。珍し〜」
俊太郎の心拍数が一気に上昇する。暑くもないのに汗も出てきた。
「しかも見たことない人じゃん。この講義って趣味で取るようなものだから三十人くらいしか受講者居ないし、もう全員覚えたと思ったんだけどな」
そう話しながら近づいて来るのは、伊藤 拓未――クラッシャーだ。
「あ〜、俺サボり魔だから」
俊太郎はへらりとした、らしくもない笑顔を貼り付けて言った。真面目が取り柄である自分が不真面目のふりをするのは無理があるとは思いながらも他に良い言い訳が浮かばなかった。
「健以上のサボり魔とか居ないと思っていたわ」
幸いクラッシャーはそこまで俊太郎のことを怪しんではいないようだ。俊太郎は相手にバレないようにイヤホンのボタンを三回押した。――これは緊急事態発生の合図。
『シュン緊急事態発生、了解。……ケン了解』
ある程度は予想していたからか、イヤホン越しの五十嵐は落ち着いているようだった。
「なあ、隣に座っても良い? この講義、誰も真面目に出ないからさ。今日も何人来るか分からないし」
写真や動画でなら何度も見たクラッシャーが近づいて来る。本来ならこの場に居ないはずの俊太郎は、この場にいる全ての人との接触をなるべく避けなければならないが、その影響力が予想不能なクラッシャーとは特に関わってはいけない。
「いや、悪いけど……俺やっぱり帰ろうと思って」
「は? 何で? ここまで来たのに?」
「彼女が会いたいって言うからさ」
俊太郎は、我ながらとんでもない嘘だなと思った。よりによって何でこんな本当の要素が一欠片もない嘘を吐いたのか。
案の定クラッシャーにも、「え、嘘くさい。彼女なんて居ないんじゃないの? 何でそんな嘘吐くんだよ?」と不審がられてしまった。何でそんな嘘吐くかなんて俊太郎が知りたかった。
「失礼な奴だな。画面の向こうの彼女が待っているんだ! もう嫁だけどな!」
胡散臭さは他のやばさで上書きして消すしかない。雑な軌道修正をした嘘で、これもまたきついと思ったが、その手のタイプに免疫がなかったらしいクラッシャーは、「ああ ……そういう」と言って黙った。
この機会を失ったらもうこの教室から出られなくなると思った俊太郎は、バッグを肩にかけるとドアに手を伸ばした。
「あ、待てよ。RINGだけ交換しようよ」
肩を掴まれて、振り向かされてギョッとする。クラッシャーに触られてしまった。これがどれくらいの影響を今後に及ぼすのか知らないがとにかくやばいことだけはわかる。
「勝手に触るな!」
思わず怒鳴る。どんどん汗が噴き出して来る。俊太郎のせいで世界が滅んだらと思うと怖くて仕方がなかった。
「ご、ごめん」
クラッシャーはとても驚いて、俊太郎の肩から手を退かした。目をまん丸くする顔がまだ何処か幼くて、相手は三歳年下の学生だと言うことを思い出した。俊太郎は怒鳴ってしまったことを少し後悔した。
しょげてしまったクラッシャーは、小さな声で「もう勝手なことはしないからRINGだけ交換してくれない? 俺、君と友達になりたい」と言った。RINGはメジャーなSNSアプリだ。
二次元に嫁が居て、その嫁のために――つまりは自分のために講義をサボって、触っただけで怒鳴る奴と友達になりたいなんて変わっている。
クラッシャーと連絡先交換なんて出来るわけがないのだが、どう乗り切ったら良いのか。キレ散らかして走って行っても良いが、それだと印象に残りすぎてしまう。服の下に隠れたチョーカーのおかげで俊太郎の顔は記憶されないが、起きたことの記憶が消えるわけではない。クラッシャーには認識されない方がいいはずだ。
アドリブに弱い俊太郎が困惑している間にも時間は進む。時間はいかなる時もいかなる世界でも平等に時を刻む。
焦りに思考を妨害されていると、背後のドアがガラリと勢い良く開いた。その音に心臓が止まりそうになる。他の生徒がもう来てしまったのかと慌てて振り返れば、そこには居るはずのない健が居た。健の緊急事態発生の連絡は来ていない。イヤホンの故障だろうか。
ダラダラと汗をかく。もはや〈汗なんてかいていません〉とは誤魔化せないレベルだ。
健はそんな俊太郎の腕を引き、強引に抱き締めた。現状が理解出来ていない俊太郎の耳元で健は囁くように、「ポケットからUSBもらったよ。俺の頬を張って教室を出て行って」と言った。
それを聞いた瞬間に理解した。健は俊太郎のハプニングをカバーするためにここに戻って来たのだ。そして少し前にドアの向こうに着き、俊太郎とクラッシャーのやりとりを聞いていたのだろう。
俊太郎はぎゅうぎゅうと抱きしめて来る健を引き剥がすと、「何だお前!」と怒鳴り、健の頬を張った。パンッと乾いた音がして、後ろのクラッシャーが息を飲む音がした。俊太郎はそのまま健の横を通って廊下に出て、脱出場所まで走った。
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