アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
5-3
-
◇◇◇
あれから見ていられないようなショーが二十五分も続いた。興味のない人間からしたら拷問のような時間だった。
「そろそろだね」
健はそう言いながらバッグからスマホを取り出す。
「上手くやれよ」
「任せて」
健はスマートフォンを操作して、五十嵐特製アプリを開いた。俊太郎はスマートフォンの画面を横から盗み見る。画面に沢山のボタンがぎっしり詰まっていた。このアプリはヒーローショー開演前に細工した音声機材を操作出来る。
「うげ、何だこれ。気持ち悪……。健、これ何がどれだかわかるの?」
ボタンには一から始まる通し番号が振ってあるのみだ。
「うん、まあ。昨日一日かけて頭に叩き込んだよ。記憶するのは得意分野だから」
健は照れ臭そうに小さく笑った。
「凄いな」
気が向いたので珍しく素直に褒めてみれば健は空いている左手で口元を覆い、「ちょっと集中したいからそういうの今は止めて」と言った。手の下では口元が緩んでいるんだろう。
健の整った顔をみっともなく崩せるなら、慣れないこともたまにはやってみるものだなと俊太郎は思った。健は褒められ慣れているはずだが、普段褒めない俊太郎に褒められるとむず痒いのだろう。
『あ〜! 大変! アクヤクダーのピンチだ! このままだとみんなで手を繋いで走って、みんなでかけっこの一位を取らされるようなクソみたいに平和な世界になっちゃうよ〜』
司会の女性がそう言うのを聞くと、健はスマートフォンの画面の中の一つのボタンをタップした。
『俺様はアクヤクダー! 世界の平和を壊すため! 世界の秩序を崩すため! 未来からやって来たのダーハッハッ!』
本来用意されていたのと違う音声が流れたことで、ステージ上の全員が固まる。ピンチになって再び名乗るなんてシナリオは子供向けでもありえない。健は悪役よろしく笑って、「さあ、君達のアドリブ力を見せてよ」と言った。
俊太郎は、アクヤクダーよりも悪役をしていると思ったが口には出さなかった。
『あ、アクヤクダー⁉︎ どうしたのかな? みんなの声援が欲しいのかな? そうだよね! みんな〜! アクヤクダーに――』
『気に食わない……やつめ! うるさいぞ!』
何とか軌道修正をしようとした司会の女性の声に被せて、健がアクヤクダーを喋らせまくる。台詞の一部を切り取っているようで、本来はない台詞を作り上げて喋らせている。
司会の女性と着ぐるみの中身の方々には申し訳ないが、俊太郎たちも軌道修正をしないといけないのだ。――廃世界に向かう世界の軌道修正を。
『あ、アクヤクダー⁉︎ どうしちゃったのかな?』
『うるさい……うるさいぞ! 今日は……無敵だ! 喰らえ! 目が……飛ん……パン チ‼︎』
思わず俊太郎は吹き出した。悪ふざけがすぎると、健を無言で睨むが健は口笛を吹いて聞こえないふりをする。
意外にも子供達は何の疑問も持たずに楽しんで見ている。保護者はおかしさに気付いたようで、腕時計をチラチラと見始めた。もうすぐ終了時間なのに全く締めに入ろうとしないのだからメガトンパンチがなくても不審に思うだろう。
着ぐるみの中身は仕方なく音声に合わせてアドリブをすることに決めたようだ。舞台袖から何らかの指示があったのかもしれないが、ここからは見えない。
客席からは見えない舞台裏の方が大騒ぎだろうな、と俊太郎は思った。その隣で健は凄い勢いでタップし続けている。
『僕はヒーロー……に見せかけて……悪役 ……だぁ!』
『何⁉︎ 仲間なのか? 俺様は何のために……戦っていたの……目が……飛ん……パンチ‼︎』
『ぎゃあああ‼︎ と……見せかけて……キック!』
元々よりも酷い展開になってきたショーに干渉することを諦めた司会の女性は呆然と眺めている。保護者と同じ目をしているのが面白い。
この健プロデュースのクソヒーローショーは三十分延長して十五時までの公演となる。関係者や保護者の方々には申し訳ないがしばらくお付き合いいただこう。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
24 / 64