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◇◇◇
あの後、長い長い説明を聞いた。俊太郎は怪我のない美しい腕を目指す為に耐えたが、同じく飽きた健が五十嵐に長いと文句を言い、無視した五十嵐を殴るという騒動――筋肉だるまの世界では小突いた程度なのかもしれないが俊太郎の世界では殴ったという――があった。しかし殴られたのは五十嵐だけで、怪我――少し頬を腫らしたのも五十嵐だけなので大した問題ではなかった。五十嵐のまとまりのない長話に内心イライラしていた俊太郎は、寧ろよくやったと健を称賛したいところであった。
健に力負けして黙らされた五十嵐はすごすごとトレーニングルームから出て行き、トレーニングルームには俊太郎と健の二人だけになった。今はここである。
俊太郎と健はよく分からない流れによって、トレーニングルームの本来はパルクール用の椅子に並んで座っている。……何だか気まずい。
何度も言うが、俊太郎と健が会うのは今日で二回目だ。共通点は今のところ一つもない。あるとすれば五十嵐によってヒーローに抜擢されたところか。
無言で並んで座る異様さに耐えられなくなった俊太郎が何か話しかけようと口を開けた時、健が言った。
「ねぇ、俊太郎。……俺って怖い?」
「は?」
思わず心の声がそのまま口から出た。
俊太郎はあまりにも健の言っていることの意味が分からないので、きっと聞き間違いだと思った。
「……もう一度言ってくれる?」
「だから、俺が怖いかって聞いた。……ほら、さっきあの科学者の――五十嵐さんのことを殴ったじゃん? 話を全く聞かずに話し続けるからつい殴っちゃったけど、そういう衝動的な暴力を振るう人だと思われたかなって ……思って」
健はモゴモゴと話した。
「自称科学者の五十嵐な」
俊太郎は何より先にそこを訂正したかった。絶対に重要なのはそこではなかったと、言葉にしてから思ったが、もう遅いので気付かなかったことにする。
「ああ、うん。五十嵐」
俊太郎の訂正により、健も五十嵐のことを呼び捨てにするようになった。さん付けされるに値しない人間なので相応の扱いだと俊太郎は思った。
「で、何だっけ? 五十嵐を殴ったから何とかかんとか? あんなの誰だって殴りたくなるから気にするな」
俊太郎も殴りこそしなかったが、勝手に滑って転んで頭を打って気絶でもしないかと念を送っていたので、健の行動を非難する気はさらさらない。心の中では手を叩いて喜んでいたことは、何となく言い出しにくくて伏せたものの、そのままの気持ちを伝えたつもりだったが、健は納得がいっていないようだった。
「……でも俊太郎は殴らなかった」
それは五十嵐に力では勝てないことを知っているからだが、……そのことを言う必要はないと俊太郎のなけなしのプライドが言うので、本当のことは隠した。代わりに、完全に嘘ではないが、明らかに誤解を招くような言い方をして答えた。
「大人だからな」
半分本当で半分嘘。これが一番騙せる。
健は、〈大人だから自制心を持っている〉という意味で俊太郎がそう言ったのだと思うだろう。〈大人だから敵わないと分かっていながらわざわざ戦いを挑むような真似をしない〉というのが本当のところであるが、黙っていれば分からない。都合の良いことに日本語は曖昧な表現を好む。
「俺と俊太郎は変わらないだろ!」
健が何故か怒ってそう言った。大学二年生と社会人一年目は結構違うと思うが、大人ぶりたいお年頃なのかもしれない。無闇に刺激することもないと思った俊太郎はそれを否定しなかった。
同じくらいだと思っていたのに、〈自分は大人だ〉と言われたなら、言ってもいないし思ってもいない〈お前とは違って〉なんていう嫌味っぽい一言が健には聞こえていることだろう。
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