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「そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」
健とは揉めたくないとは思ったが、自分の口からするりと謝罪の言葉が出たことに俊太郎は驚いた。恥ずべきことであるが、俊太郎は謝罪や褒めると言ったような――素直な人間にとっては当たり前のことが苦手だ。接客業中の演技でならいくらでも言えるが、プライベートではなかなか言えずにいた。
何故、健には素直になれたのか。素直で居たいと思ったのか。気付いてはいけないものに気付いてしまった。
俊太郎はその瞬間湧いた感情を隠すことも出来ずに青ざめた。無意識のうちに口元を隠すように手のひらが顔を覆い、眉間には皺が寄った。
それを見た健は、訝し気に俊太郎の顔を覗き込んだ。会話途中で相手が突然青ざめたのだ。不審がるのは当然だ。
俊太郎は健を見ようとしてもなかなか健の顔に焦点が合わずに視界はぼやけ続ける。脳が健を認識することを拒絶しているようだった。
「どうしたの?」
健にそう尋ねられても何も答えられない。こんなの何て言えば良いのか。
いっぱいいっぱいで頭がパンクして、泣きそうな顔になった俊太郎が何も答えないのを見て、健はため息を吐いた。
「あのさ。大して責めてないじゃん。こんなことで機嫌を損ねないでよ。俺も凄い怒っていたわけじゃないじゃんか」
そんなことで機嫌を損ねるような器の小さい人間ではないと言いたかった。しかし訂正するには、〈正〉を発表しなければならない。それは出来なかった。
結局、どうすることも出来ないのだ。俊太郎は青ざめてただ下を向いていることしか出来なくて、健はそれを横目で見ている。きっと呆れた顔をしている。そう思うとより一層涙が滲んだ。
隣に座る健が少し身じろぎするのを感じた。大人しく俊太郎の隣に座っていることもないのだ。きっと何処かへ行く。
今は近くにいて欲しくなかったのでちょうど良いと、俊太郎は思った。戻って来るまでに気持ちを立て直して、言い訳の台詞を考えておけばいいのだ。
しかし、立ち上がると思った健は立ち上がらず。何故か俊太郎の頭には暖かい重みが乗った。それは健の手で優しく俊太郎の髪の毛をすくように撫でた。
健は何も言わないし、俊太郎は顔を上げられない。
健が何を思ってそんなことをしているのか分からないまま、その優しい手付きにうっかり緩んだ目から雫がポツリポツリと少し落ちる。それをズボンが吸い、健は何も言わない。溢れた側からまるでなかったことのようになる涙は、控えめにゆったりとしたリズムを刻む。
好きになってごめんなさいと、俊太郎は心の中で謝った。天邪鬼な俊太郎も健にだったら素直に謝れるのだった。
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