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二〇二一年五月十三日
緊急事態だと五十嵐に呼び出された俊太郎は、買い物に行く予定を変更して五十嵐邸に来ていた。せっかく外出するならとこの前買ったばかりの服を着たのに、今日の任務でもう汚れるかもしれないと、俊太郎はため息を吐く。仕方がないので、雑貨屋さん巡りは諦めて、今日発売日の本は帰りに買おうと決めた。
いつもの作戦部屋に向かいながら腕時計を見れば、朝の八時ちょっと過ぎを指している。低血圧である俊太郎はあまり開かない目を擦りながら作戦部屋のSFチックなドアを開けようと手を伸ばした。
触れる前にそのドアはシューッと音を立てて開いた。白いスモーク越しに服が見えて、中に居た人物が開けたのだと分かる。――しわくちゃな白衣ではないから健だろう。
ゆったりと見上げれば健が目を丸くしてこちらを見ていた。
「あ、おはよう」
健にそう言われて、俊太郎も「おはよう ……」と返した。
健が横に避けて部屋の中に入るように促すので、俊太郎はもっそりとした動きでいつもの席に腰を下ろした。右の椅子はいつからか俊太郎の定位置になっていた。
「今日デートだったの?」
隣にある椅子に座った健はそう聞いてきた。
デートなんて無縁なものを聞いてくるなんて煽りかと、横目でじとりと健を見ればいつもよりも小綺麗な格好をしている。ヘアセットもいつもとは違うような気がした。
「お前こそデート?」
「そうだよ」
健は何でもないことのようにあっさりと答えた。デートの一つや二つ、健にとっては本当に何でもないことなのだろう。健とデートしたい女の子は山ほどいるだろうし、実際に対価ありで健とデート出来る女の子も山ほどいることだろう。
「俺は違う。買い物に行こうと思っただけ」
「そんなお洒落な格好で?」
嘘ばっかりと健が言うので、俊太郎は小さくため息を吐いた。おモテになる方は非モテのことが分からないらしい。
手をお金のポーズにして俊太郎は、「最近はこれが入るから意味もなく着飾れる」と言った。お金がなかったら、恋愛からほど遠いところに居て、お洒落にもさほど興味のない俊太郎は高い服など買わなかった。
「……俊太郎だけ百万円貰っている?」
冗談なのだろうが、真剣な顔をして健が聞くので俊太郎は思わず笑った。笑いながら、健の前で笑うのは久々かもしれないと、冷静な自分が思っていた。恋心を隠そうとするあまり、健に対して上手く感情を出せなくなっていたことにそこで気付いた。
「健と俺じゃお金の使い方が違うんだよ。俺は奢ったりプレゼントを用意したりする女の子たちが居ないから」
「俊太郎は奢って貰うの? 男の人に」
少し歳上の出世頭みたいな大人の男性に、自分がエスコートされている姿を想像してみようとしたが無理だった。ありえない。
健はゲイのことをよく知らない一般的なヘテロだが、知らないなりに素直にゲイである俊太郎のことを受け入れてくれている。だから俊太郎は下を向かずに相棒として隣に立てて居た。
「いや? そんな大層な身分じゃないよ」
俊太郎はそれだけ喋ると椅子に沈んだ。五十嵐が来るまで二度寝しようとしたが、ちょうどその時プシューッとSFドアの開く音がした。
「シュン君! ケン君! 大変なんだ!」
いつも通り絡まった毛糸みたいな頭をした五十嵐が飛び込んで来る。五十嵐は子豚がたくさん散らばっている謎柄パジャマを着ていた。
「説明は簡潔に、準備をしながら行う。道具置き場に行きながら何が起きたのかを話すよ」
五十嵐はそう言いながら、とろんとした目で虚無を眺める俊太郎を肩に担いだ。内臓が押しつぶされ、朝詰め込んだパンが出てきそうになる。それは園芸用の土の運び方だ。
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