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第二章 8-1
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二〇二一年六月三日
「じゃあケン君、くれぐれも気をつけてね。……本当はシュン君にやってもらう予定だったんだけどなぁ」
五十嵐はやれやれと首を振った。その隣で俊太郎はムスッとした顔をしている。不貞腐れているようだ。
「俊太郎、気にしなくていいよ。ほら人間、向き不向きはあるし……。適材適所ってやつだよ。俺は得意だからさ」
健は俊太郎の背中を摩った。俊太郎は、三日前に行われたハニートラップの練習で五十嵐を殴って逃げてからずっとこんな調子だ。
俊太郎がハニートラップに不向きなのは、察しが悪いと言われる健にも分かる。相手が男だからゲイの俊太郎に、というのはあまりにも安直すぎると思った。五十嵐らしいが。
「健、ごめん。五十嵐の顔が近付いて来ると……こう何て言うか、嫌悪感が――」
俊太郎は健から視線を逸らしてぼそぼそと話した。嘘を吐いているな、と思ったが追求はしない。
「ちょっと! シュン君酷くない⁉︎」
五十嵐はいつも通りわあわあと騒いでいる。叩けば鳴るなんてブーブークッションみたいな奴だ。ぼけーっとした顔の裏で、健が悪態をついているなんて誰も思わない。
「五十嵐は練習と言う名目で俊太郎にセクハラがしたかったわけ?」
ふっと思ったことを口にすれば、五十嵐が苦虫を噛み潰したような表情で、「……やめてよ」と言った。なんだ違うのか、そうだと思ったのに。
その会話を聞いていた俊太郎が、珍しく自分から健の真正面にやってきて、両肩をがしりと掴んだ。何だろうと顔を見ればまっすぐ健を見て真面目な顔で俊太郎は言った。
「五十嵐がいかに理解不能な行動や無意味なトレーニングを要求して来たとしても理由を考えるな。それは五十嵐だからだ。考えるだけ時間の無駄だ」
確かにそうだろう。〈五十嵐だから〉……分かりやすくて良い言葉だと健は思った。
疑問を持ったのが間違いだとは分かった。しかし、それでもそこに理由があるような気がしてしまう。
「俊太郎は練習させられたのに俺は練習なしで本番だから何でかなって思っちゃったんだよ」
そう言えば、五十嵐が「ああ、シュン君は心配だからね。ケン君は大丈夫! 信頼しているよ! プレイボーイ!」と、言った。
それはどちらに対しても悪口で、健と俊太郎は揃って眉間に皺を寄せる。五十嵐にはこの皺が見えないようで、豪快に笑う。五月蝿い。
「……そろそろ時間だから行くか」
腕時計を見て俊太郎がそう言った。
「そうだね。どう? 俺、魅力的かな?」
左耳にいつものワイヤレスイヤホンをつけると、健は服装を見せびらかすように回ってみせた。俊太郎は、「おっさんの好みなんて知らん」と吐き捨てた。
「俊太郎の好みで良いよ。どう? これなら部屋に誘う?」
しつこく聞くと俊太郎は困った顔をした。五十嵐の笑顔は、いつの間にか気持ちの悪いニタニタとした笑みに変わっている。
「シュン君。ケン君にかっこいい、惚れるって言ってあげれば?」
五十嵐は笑いを堪えながら言う。それを受けて、俊太郎は「絶対言わない」と言った。
そしてそのまま先に道具置き場を出て行ってしまう。健は慌てて追いかける。五十嵐が余計なちゃちゃを入れなければ褒めてもらえたかもしれない。部屋を出る前にキッと五十嵐を睨んでおいたが、五十嵐はニタニタと笑って手を振り見送っていた。
誘惑には自信が必要不可欠だ。自分が魅力的だと思っていなければアピールなんて出来ない。健はいつだって自分に自信がある。それでも勝負事の前には誰かに自分を後押しして欲しかった。
その誰かが信頼する相棒であれば、きっと最高だったのにと、健は口を尖らせた。
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