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二〇二一年六月十二日
また取り巻きの女の子とのデートをすっぽかして任務に向かう健は、平日の昼前の少しゆとりのある電車で俊太郎と並んで揺られていた。首のチョーカーは健の私服に合わず、少し浮いている。
俊太郎は吊り革をにぎにぎとしながら、「今日もデート? もしかして毎日デート?」と聞いてきた。
いつも通りに見える俊太郎に、健は少しホッとした。今日は何故か五十嵐邸で会った時から様子のおかしい俊太郎を健は心配していた。朝でもないのにどこかぼんやりとしていて、話しかけても適当な相槌が帰ってくるだけだったのだ。
「そろそろレポートを提出する講義が出てきたからね。少し忙しい」
「……相変わらずだな」
俊太郎はそう言って笑った。いつもの呆れ笑いとは少し違うような気がして、俊太郎の顔を覗き込む。俊太郎は不快そうに眉間に皺を寄せて、「何?」と言った。
「いや別に」
元の位置に戻って斜め上から俊太郎の顔を見下ろす。こんな不充分な返事では眉間の皺は消えない。しかし難しい顔をしていてもどこか幼い顔立ちは、女の子とは違う可愛げがあるように思う。
「俊太郎はさ、デートしないの?」
少し歳上の出世頭みたいな大人の男性に、俊太郎がエスコートされている姿が容易に想像できた。健はゲイのことはよく知らないが、知らないなりに素直にゲイである俊太郎のことを受け入れていた。
「前も言ったけど、そんな相手はいないよ。お金払ってまでデートをしたいとも思わないしね」
俊太郎は車窓に流れる家々を目で追いながら自虐した。そんなはずない。あの日の俊太郎は本当に魅力的で――。
ここで健はお酒に呑まれたあの日を思い出した。酔いすぎて記憶が今の今まで飛んでいたのだ。
「ああ‼︎ 思い出した!」
急に叫んだ健に、俊太郎は全身でびくりと驚く。健は、両手で俊太郎の左手を握った。何事かと俊太郎がドン引いているのが分かるが構ってはいられない。早く謝らなければという考えに健の思考は支配されていた。
「俊太郎、ごめん! 今思い出した。この前の任務の時……襲いかけてごめんなさい」
いざ言葉にしてみると、いかにとんでもないことだか分かる。本当は会ってすぐに謝罪が必要だったはずだ。よくもまあ何食わぬ顔で話しかける健と普通に会話してくれていたものだ。
俊太郎はきょとんとした顔で健を見上げた。無言で少し見つめ合ってから俊太郎は目をかっ開いた。
「お前、忘れていたのか! ……よくあることだから、今日普通なのかと思っていたわ」
俊太郎はそう言うと吊り革を掴む自身の右腕に頭を凭れた。なるほど、俊太郎の中で健はとんでもないヤリチン野郎になっていたらしい。そう思われる自分が情けなかった。思い出さなかったら最悪な印象を相棒に与えていることに気付くこともなく任務を遂行していただろう。
「そんなことしないよ、いつもは。……ごめんね、なんか酔っていて思考がおかしかった」
健は何て言って良いのか分からず素直に話した。なんであんなことをしてしまったのか。未遂で済んで本当に良かった。誠亞には感謝してもしきれない。
俊太郎は右腕に凭れたまま健を見上げると、「まあいいよ」と言った。
自分の記憶が正しければ、そんな簡単に赦されて良い行為ではなかったはすだ。口ではそう言っても心中では健のことを軽蔑し、心を閉ざしてしまっているのではないか。もう一生赦されないのではないか。そんなのは嫌だ。
「でも――」
「周りを見ろ」
弁解しようとした健は俊太郎に囁かれて周りを見回す。同じ車両に乗り合わせた人々がこちらをチラチラと見ていることにそこで気付いた。
「チョーカーを着けていて助かったな」
そう言って笑う俊太郎の顔は泣く寸前に見えた。健のこの前の行為が傷付けたのか、今目立ってしまったことでそうなっているのか、健には全く分からないが、「ごめん」を謝った。
図太い健には、繊細な俊太郎の感情の動きが理解出来ない。正直、取り巻きの女の子達に対してよりも気を遣っていて、それでも足りていないようなのが現状だった。
「じゃあ後で」
駅に着き、電車のドアが開くと俊太郎はそう言って降りて行った。名誉挽回を図りたいのに運悪く、別々に行動しなければならない任務なのだ。
健は鬱陶しい好奇の視線がまとわりつく車内に残り、小さくため息を吐いた。
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