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「健! ぼ〜っとすんな! あいつの言っていること本当? お前が可愛い女の子以外と一日過ごすこととかあんの?」
伊藤にそう聞かれて意識を目の前の問題に戻す。今は関係ないことを考えている場合ではない。
「ああ、あの日は俊の家に居た」
なんとなく名前を伏せた方が無難だと思い、偽名を使った。咄嗟のことで偽名というよりはあだ名になってしまったが、本名そのままよりはマシだろう。
「いつまで肩掴んでいるんだよ。初対面なのに馴れ馴れしいな」
俊太郎が掴まれている方の肩をグイッと上げて伊藤の手を払った。伊藤は「ああ、ごめん」と言った後、自身の掌を見つめた。俊太郎は既に寄っていた眉間の皺を濃くする。
「お前まさか勝手に触っておいて汚いとか考えてんの?」
「え⁉︎ いや違うよ! ……ただ、もっと華奢かと思ったから」
「ああ、鍛えているからな。少しだけど」
健はイライラして二人のやりとりを見ていた。名誉挽回の為に、健は今日指一本も俊太郎に触れていないのに、伊藤は無断で俊太郎の肩に触れた。それが無性に腹正しい。
ああもう気付かないふりなんて出来ない。恋心は健の承認など必要ないようだった。お先真っ暗な恋へのやるせなさも相まって、どうしようもないほどむしゃくしゃした。
「拓未さ。何って言っていたじゃん? 俺と俊の関係」
健は俊太郎の方へ一歩踏み出し、腕を伸ばすと俊太郎の腕を掴んだ。そして思いっきり自分の方へ引っ張る。
俊太郎の体はほんの数センチメートル浮くと、磁石に引き寄せられる砂鉄のように健の体に吸い込まれた。健は俊太郎を抱き止めると、そのまま腕の中に閉じ込めた。俊太郎は突然の出来事に硬直しているようだった。
伊藤の顔をチラリと見れば、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「恋人だから。一日中部屋で二人でもおかしくないだろ?」
俊太郎の頭に視線を落として、髪を優しくすけばじっとりと汗ばむ頭皮は冷たい。全身から冷や汗を吹き出すなんて相当焦っていたのだろう。
やけに静かな伊藤に視線を戻せば、伊藤は口元を左手ね覆い、まだ目を見開いていた。
「……何? 拓未って――今時珍しい――偏見のある若者?」
伊藤はそのままのポーズで小さく「違う……」と答えた。
「じゃあ何?」
「そのシュンって人……前に大学で会った」
その言葉で時が止まる。三人の体感時間が完全に停止し、少し離れた道路を走る車の音がやけに遠くに聞こえた。
一番に動き出したのは伊藤で、力無くその場にへたり込むと話し出した。
「健も居ただろ? ちょうどそうやって抱きついてビンタされていた。あの時も俺はその人の肩を掴んで振り払われたんだ。その時も何故か顔が思い出せなくなった」
健の肩をぐいっと押して出来た隙間から、俊太郎は鍵を見上げると、口パクで〈もう無理だ〉と言った。
「ネットで話題になっている二人組の謎の工作員ってお前らだったんだな」
その言葉を待っていたかのようなタイミングで、健のスマートフォンがズボンの尻ポケットの中で振動した。取り出して画面を見る。――五十嵐からの着信だ。
俊太郎も画面を覗き込む。その後、キョロキョロと辺りを見回して、路地裏を出た所にある防犯カメラを指差して「あれで見られていたんだ」と言った。
その防犯カメラを見て、状況を理解し、さあっと血の気が引く。
「……拓未のことを消せって言うんじゃ」
小声で俊太郎に言えば、俊太郎は首を横に振り、着信を拒否しようとした健の指を押さえて止めた。
「流石に殺人の指示はしないだろ。もしそうだったら逃がせば良いだけだから、とりあえず出ろ」
健は頷くと、震える指で画面をタップし、耳に当てる。俊太郎は反対側から健のスマートフォンにぴたりと耳をくっつけた。
『出てくれて良かった。その様子を見るに、クラッシャーにばれたんだろ? 問題ない、ある程度は予測していたことだ。ケン。シュンと二人で僕の家までクラッシャーを連れて来てくれ』
五十嵐の声は任務中の低い方で、健の心拍数は上がる。
「拓未をどうするつもり?」
『全てを話す。もう誤魔化せないんだろ? そこの最寄駅まで誠亞が車で迎えに行っているから、それに乗って』
五十嵐はそれだけ伝えると一方的に通話を切ってしまった。
どうしたものかと悩む健に、その会話を盗み聞いていた俊太郎は「俺は指示に従った方が良いと思う。万が一、五十嵐と誠亞が殺る気でも二対二なんだから、伊藤君一人くらい逃がす時間は稼げるだろ?」と言った。
路地裏の汚い地面にぺったりと座り込み、頭を抱えて項垂れている伊藤を見る。小声で話さなくともこちらの声なんて聞こえていないだろう。――あのまま放置なんてどうせ出来ないか。
「分かった。駅に行こう」
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