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12-1
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二〇二一年七月七日
伊藤が自殺をしてしまうらしい今日、健は俊太郎と二人で朝の七時から、伊藤が一人暮らしをしている――アパートの前で張り込みをすることになったのだが、健は少し早く来すぎてしまった。伊藤が心配で昨日はベッドに入ったものの一睡も出来なかったので、早くに家を出たのだった。――腕時計は六時半を指している。
「おはよ」
後ろから声がして慌てて振り返ると、眠そうな顔をした俊太郎が立っていた。
「おはよ。早いね」
「お前もな。――自殺なんて言われたら眠れないよな。健は幼馴染なんだし余計に」
目をしぱしぱさせながら俊太郎は、健の頭に手を伸ばして、髪をくしゃくしゃにするように撫でた。俊太郎らしくない行動に驚いていると、俊太郎は「寝ぐせ」とだけ言った。
確かに今日は髪をセットする余裕なんてなかったから寝ぐせの一つや二つ、ついているかもしれない。でもそれって頭を撫でることの理由にならなくないだろうか。健は俊太郎が何を考えているのか全く分からず何も言えなかった。――寝ぼけている?
俊太郎はそんな健には目もくれずに一生懸命、目を擦っている。激しく擦るものだから、まつ毛が二本抜けて頬についた。
健はそれを見て反射的にまつ毛を取ろうと手を伸ばすが、頬に触れるまで一センチメートルというところで、俊太郎がビクッと瞬きをしたので、慌ててサッと手を引く。
「まつ毛がついている」
自分の頬を指差して言えば、俊太郎は「ああ」と言って目を瞑った。――これってキスして良いのかな?
一瞬、アホみたいな考えが過るがすぐに伊藤のことを思い出す。こんなことを考えている場合ではない。
ササッとまつ毛を取れば、俊太郎はパチリと目を開けた。どこを見ているのか分からない目……まだ半分寝ているようだ。
「俊太郎はここで拓未が出てこないか見ていて。俺はベランダの方に回って、飛び降りてこないか見ているから」
「分かった。……飛び降りようとしたらどうするんだ?」
「受け止める。拓海の部屋は二階だし、二人共骨折くらいで済むと思う」
俊太郎の顔には〈それ正気か〉と書いてあったが、健は「じゃあよろしく」と言って、ベランダ側に回るべく走った。
◇◇◇
あれから三時間半が経って十時になっても伊藤の部屋には動きがない。ベランダ側のカーテンは閉まったままだ。これって部屋の中で自殺を図っているんじゃ……と不安になったタイミングでスマートフォンが鳴る。――この曲は俊太郎だ。
「もしもし?」
『健。伊藤君が今、部屋から出てきた。施錠している。こっちに来てくれ』
「すぐ行く」
通話を切って走る。起きたならカーテンくらい開けろよと、心の中で伊藤に対して文句を言った。
アパートの正面に戻ると、俊太郎が伊藤と何か話していた。すぐに駆け寄る。
「拓未!」
振り向き、健に気付いた伊藤は目を見開いた。
「健⁉ お前も居たのか……。二人して俺の家の前で何をしていたわけ?」
首を傾げる伊藤に、健も首を傾げる。――こいつ、自殺しそうには見えなくないか?
とりあえず健は、伊藤の自殺を止めに来たことは言わずに、様子を見ることに決めた。余計なことを言って良くない方に転んだら最悪だからだ。
「昨日、お前が怒って出て行っちゃったから、どう考えているかなって思って……。それを聞きに来たんだよ。ちなみに警察に駆け込んでいないよな?」
「警察に行ったところでなんて説明するんだよ。精神病院を紹介されるだけだろ。……健を売るような真似は出来ないし」
伊藤は深くため息を吐いた。ひとまず健はホッと一息つく。俊太郎の強張っていた表情も和らいだ。
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