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PAGE.3
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ーーー眠れない。
深夜、何時か。もう無理だと、透は密かにため息を吐いた。
ベッドに結弦と二人、入っている。結弦の方はとうに眠っていて、透は一人、ふつふつと湧いてくる負の感情と戦っている。
絵を描きたいけれど、描いて何になるのか。
自分には才能がないのに、どうして諦められないのか。
こんなどうしようもないやつの元に、結弦を繋いでおくのは申し訳ない。けれど、結弦を離したくない。
自分には結弦がいてくれて幸せなはずなのに、つらくて仕方がないなんて、贅沢で……
こんな、自分など。
もう耐えられない、と思って、透はそっとベッドを抜け出した。
暗いけれど、月明かりで大まかには周りを確認できる。何にもぶつかったりつまずいたりすることなく向かうのは、台所である。
「……」
夕食後、結弦が片づけてくれた包丁を手に取った。本当はカッターがいいが、刃を出すときのカチカチという音で結弦を起こしてしまいたくなかった。
それ以外の扱いやすい刃物というと、ぱっと思いつくのがこの包丁であった。衛生面とかは、どうでもよかった。
「ごめん、なさい」
誰にも届かない謝罪を一人こぼして、刃を左手首に押し当てる。鋭い痛みが、苦しい気持ちを塗り潰してくれるようであった。
***
なぜ、そのときに目が覚めたのかは分からない。
ゆらゆらと意識が浮上し、結弦は目を覚ました。まだ暗い。もう一度寝よう、と思う前に何気なく隣を確認し、あれ、と思った。
透がいないのである。
トイレかな、などと思っていると、台所の方からごそごそと聞こえる物音。どうやらそちらにいるらしい。
「透?」
呼びかけると、透が微かに息を呑むのが聞こえた。不審に思って起き上がり、電気を点けると。
「……ゆづ、る……」
台所、こちらを見つめ、固まっている透。その手には、包丁。その刃は彼の左腕に埋まり、
ぽたり、
彼の腕から滴った血の雫を目で追えば、床にはすでに点々と、赤。
ーーー刺激してはいけない、
結弦の頭はフル回転を始める。どう、すればいいか。まずは彼に包丁を離してもらわなければ。これ以上、自分を傷つけないように。
「透、」
でき得る限り、優しく声をかける。でも、何て言ったらいいのだろう……。
「あの……大丈夫、だから」
「う……」
「それ、僕に……渡して欲しい、な」
「………」
じりじりと近づき、彼が包丁を握る右手の方へ手を差し出すと、幸いにも、透は素直に包丁を渡してくれた。
心底ほっとし、それを彼の手の届かないところへ置くと、すぐに透を抱き締めた。服に血がつくが、構わない。
「ごめん。ごめん……」
「いいよ、大丈夫。大丈夫、だから」
嗚咽混じりに言ってくる透に、何と返してやるのがベストなのか分からないのが、もどかしい。
「やっぱり俺、結弦と、いるべきじゃない」
「そんなことないよ。ほんとに、そんなこと、ない」
「でも……でも、俺」
「大丈夫だよ。どんな君でも、僕は好き」
言葉よりも、行動で示そう。
す、と腕を動かし、極力そっと、透の左腕へ手を添えた。べとりと手が濡れたのが、分かった。
「手当て、してもいい?」
「………」
透が、俯いたまま答えてくれない。けれど嫌がる様子はないから、優しく右手を引いて机の前へ彼を座らせた。見せて、と言うと出してくれる左腕は真っ赤で、痛々しいと言う他ない。
とりあえず止血をしたくて透にガーゼの場所を聞くと「ない」と言うので、代わりに結弦のハンカチを押し当てている。ティッシュでは心許なく、またタオルではごわごわして痛そうで、薄いハンカチがちょうどいいかと思えたからだ。
しかし幸いにも、消毒液はあるという。血が止まってくるとティッシュにそれを含ませて、「ちょっと染みるけど、我慢してね」声を掛けてから、拭いてあげた。
「……ありがとう……」
「どういたしまして。……ね、明日、ガーゼを買いに行こう。また切っちゃっても、大丈夫なように」
「………」
言えば、はらり、透の瞳から涙が溢れた。結弦は彼を、正面からもう一度、そっと抱き締めた。
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