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4月下旬、雅の歓迎会と爽の復職祝いを兼ねた親睦会が開かれた。
爽は、まだ慣らし勤務なので体調が良かったら参加ということになっていた。
医師からアルコールは止められている。
睡眠不足や過労、不規則な生活はてきめんに症状に出る。
なので爽は一次会だけということで参加した。
直前になってからの返事だったが上司をはじめ、皆、喜んだ。
爽は「飲めませんけど」と肩をすくめた。
親睦会の一次会は居酒屋。
よくあるチェーン店だ。
乾杯の後、ちょっとした席移動が続き、それもひとしきり終わると談笑が始まる。
程よくアルコールが回るころには再び席移動が始まる。
爽のところには代わる代わる人が来て忙しない。
総務課と同じフロアの人たちだけでなく、他のフロアの人たちも、さらには社長まで。
人気あるんだな。
人の切れない爽を見て雅はぼんやり、そんなことを思った。
雅は若いということもあってか次々と酒を注がれている。
しかし、彼はほとんど口にしない。
「飲めないわけじゃないだろ?」
と聞かれれば、まじめな顔で
「飲めますが体に悪い飲み方はしません」
と答える。
なんともノリが悪いのだが、なぜだか彼が言うと気分を害する人はいない。
わずか数週間とはいえ一緒に仕事をして、彼の人となりが分かっているからなのだろう。
決して上から目線なのではなく、単に正直なのだ。
彼の健康志向は入社初日から回りの耳目を集めた。
タバコは吸わない。外食、中食は控え、和食中心で自炊する。車は持たずになるべく歩く。早寝早起き。特別な運動はしないが間食もほとんどしない。
周囲は彼より年上だが、自分たちが持っていた“今時の若者”のイメージとはだいぶギャップがあり、皆、一様に驚いた。
そして、オフィスの壁に掛けられた額に収まる医食同源の書を見上げ、苦笑いしたものだった。
雅の周りが少し落ち着き、爽のところも人が切れた。
グラスを持ちながら移動していた二人は、気づけば互いの隣に座っていた。
「潮海君は何飲んでるの?」
「ウーロン茶です」
「俺と同じだね。どう?この会社。少しは慣れた?」
当たり障りのない会話。何人もに聞かれた同じ質問。ありきたりな答え。
「そういえば潮海君はどこに住んでるの?」
雅が最寄り駅を答えれば、爽も同じ駅だと驚いた。
「どっち側? 俺は東口」
「俺もです」
「まじで? 案外ご近所さんだったり?」
笑いながらそう言う爽。
雅がマンション名を言うとそれが固まった。
「え、何階?」
やけに食いつくなと思いながら雅は部屋番号を答えた。
「まじ? 隣じゃん」
「え、海音さん、隣?」
「でも、会ったことないよね?」
二人で首をかしげる。
二人の住むマンションは横に長い10階建てで、東の端と西の端はどのフロアもファミリータイプの間取りになっている。
それ以外はワンルームか1~2人向けのものだ。
雅は西側の隣人に挨拶に行った時のことを思い出そうとして記憶を手繰った。
男性ではあったが体格や風貌は爽とは違っていたように思う。
反対の東側の隣人は、具合が悪い時に訪ねてしまって、いつか会ったらお詫びしようと思いつつ、あれ以来会えていない男性だ。
体格的にはこっちのほうが爽に近い。
しかし、こんな顔だったろうか?
あの時は顔色の悪さにばかり目が行って良く覚えていない。
「あの、海音さん、もしかして俺んちの東側に住んでます? 701?」
驚いた顔で爽がうなずく。
「住み始めたの、最近ですか?」
「いや…」
「じゃ、やっぱり、あの時の」
雅はグラスをテーブルに置くと正座し、しっかりと爽のほうを向いて頭を下げた。
「体調の悪い時にすみませんでした。お休みのところを起こしちゃったみたいで」
何のことを言われているのかわからず爽が反応できないでいると、雅は事情を話し始めた。
引っ越し当日の夜の話だ。
確かにそれは自分だろう。しかし、記憶にない。
爽は聞きながら思い出そうと頭を巡らせた。
引っ越しのあいさつに来た? 潮海君が? 全く覚えていない。そもそも、覚えていたら会社で会った時に気付くはずだ。
そして、彼のほうでも会ったことは覚えているはずなのに気付かなかった。
気付かないほど、自分の風貌は違っていたということだ。
その変化には思い当たる節がある。
その原因に思考を引きずられ、網膜に映るものよりも記憶映像のほうが脳を圧迫していく。
「…さん、海音さん? 大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
我に返った爽は自分をのぞき込む雅からとっさに距離をとった。
―この男はあの時の自分を見たんだ。
そう確信すると今すぐにここを離れたくなり、爽は掘りごたつ席から足を挙げた。
「ごめん。疲れたから帰るよ」
周りの者に挨拶する爽。
具合が悪いのなら一人で帰すのは心配だ。
雅は、あの時の顔色の悪さを思い出して、送っていこうと立ち上がった。
主役が2人とも抜けるのは申し訳ないが許してもらおう。
雅は靴を履いている爽に声をかけた。
「いや、大丈夫。一人で帰れるよ」
「でも、隣なんだし」
それを聞いた周囲は爽の体調を気遣って、送ってもらえと勧める。
断り切れずに爽は渋々うなずき、雅はその後ろをついて店を出た。
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