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無言でうつむく爽の目の前に湯気の立つマグカップが置かれた。
木目だけだった視界にマグカップが入ってきて、爽は隣に立つ雅を見上げる。
「ジンジャーティーです。嫌いじゃなかったらどうぞ」
雅の家は間取りこそ1LDKだがハッキリ言って狭い。
キッチンとリビングダイニングを仕切っているカウンターには奥行きの狭いテーブルがついている。
リビングダイニングと呼称するのもはばかられるフローリングの部屋は机と本棚で占められている。
その机から椅子を引っ張ってきて雅は爽を座らせたのだが、当の雅はカウンターに寄りかかって同じくジンジャーティーを飲んでいる。
「座らないのか?」
「椅子、一個しかないんで」
「え」
爽が振り返ると、確かに机と本棚以外は何もなく、椅子らしきものは見えない。
「一人暮らしに椅子ふたつもいらないですから」
「合理的だな」
爽は苦笑しながらマグカップに手を伸ばした。
「蜂蜜入れてあります。もっと甘いほうが良ければ足しますよ」
爽は一口飲んでみて「ちょうどいいよ、ありがとう」と雅に答えた。
その口元は心なしか先ほどより緩んで見える。
エントランスにいた時のような険しさはだいぶ薄らいでいた。
「たくさん本読んでるんだね」
「はい」
「仕事の?」
「それもあるけど、半分以上は仕事以外です」
途切れがちな会話の間を埋めていくようにジンジャーティーが減っていく。
紅茶の香り、蜂蜜の甘み、そして、生姜の刺激が体を温めていく。
爽は飲み終えたカップを置くと「ごちそうさま」と立ち上がった。
「帰るよ。お疲れ」
「え」
「じゃ、また来週」
帰りたくないと聞こえたが、それは聞き間違えだったのか?
雅が反応できないでいると爽は彼の横を通り玄関に向かう。
「帰って大丈夫なんですか?」
理由は聞いてない。
ジンジャーティーを飲みながらの会話は、一切そのことに触れられていなかった。
まるで無かったことのように扱われる歓迎親睦会後の会話。
それは、忘れろ、誰にも言うなという無言の圧力ともとれる。
おそらく触れられたくないのだろう。
それでも心配で大丈夫かと問えば爽は靴を履きながら「大丈夫だよ」と背中で答える。
「おやすみ」
表情を見せぬままドアを開けて出ていく爽を、雅は無言で見送った。
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