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爽は週3日の慣らし勤務を4月いっぱい続けた。
そして迎えたゴールデンウィーク。
爽と雅の会社はカレンダー通りの休みしかない。
今年は週末とつながって土曜日から水曜日までの5連休だ。
祝日の後が金曜日だから、ここに有休をとれば7連休になる。
そうしてる社員も多いし、中には子供の日の後の平日2日も休みを取って11連休する者もいた。
雅は入社したばかりで有休がないので5連休。
帰省しようと思えばできるがそれは夏にしようと思い、雅は海を見に行くのに1日、友達と遊ぶのに1日を使うことにした。
あとは勉強。
いざ働き始めてみると学校で習ったことだけではついていけないことが思いのほか多いことに気付いた。
資料は集めたがじっくり読んでいる時間が取れなかった。
時間がある今がチャンス。
そう考えて連休の3日間を勉強に充てることにした。
連休最終日、雅はとある芸能人にちなんだ海岸へ行くことにした。
会社の最寄り駅から海に向かう道を歩く。
バスもあるが雅は30分の散歩を楽しむことにした。
会社はこの駅の線路を挟んで山側にある。
海側はほとんど知らない。
引っ越してきてから自宅の最寄り駅周辺を開拓するのに手いっぱいだった。
見知らぬ土地を歩くのはちょっとした探検だ。
なんとなくわくわくする。
さすがに童心に帰って駆け回るわけにはいかないが足取りは軽い。
まだ午前中だが半袖を着てくれば良かったと思いながら雅は空を見上げた。
青く澄んでいて初夏のような日差しだ。
通りは季節を先取りしたような雰囲気になっている。
派手なのぼりや土産物を並べたワゴンがすでに歩道に出されている。
観光客が多いここでは夏に次いで今が稼ぎ時だ。
そして、雅がこれから行こうとしているところは有名なビーチ。
夏ほどではないが人通りが多い。
雅は人混みを歩くのが苦手だ。
上京した当初はただ驚き、人の多さに圧倒された。
しかし、都心の学校に3年も通えば苦手ながらも何とか慣れた。
それでも好んで人混みを歩こうとは思わない。
3年かけても慣れはしたものの、人混みを上手に泳ぐように歩くことはできないまま卒業を迎えた。
友人達には良く笑われたが仕方がない。
何しろ小さな村で育ち、校舎より高い建物がない土地で高校までを過ごした。
それでも言葉は頑張って身に着けた。
もちろん、生まれ育った土地の言葉を恥じたわけではない。
ほとんど外国語を覚えるような感覚だった。
友人達にはバイリンガルと冗談で言われたし、自分も言っていた。
単純に面白かったのだ。
だから、彼が東京圏出身ではないと気付く人は滅多にいない。
それもまた楽しかった。
出身地を言うと驚いた顔をするのが見ていて愉快だった。
2日前、卒業以来会っていなかった友人たちと会った。
ほんの1か月で大きく変わったお互いの境遇に驚きつつ耳を傾け、互いに健闘ぶりをたたえ、励まし合い、そして、たくさん笑った。
そんなことを思いながら足を進めていると海が見えてきた。
砂浜はイベントもあるせいか、そこそこ人が多い。
沖にはサーフィンをする人も見える。
同じ海でも全然違うな。
そう思いながら雅は砂の上に降りてみた。
波の音、潮の匂い、それほど違いはないはずなのに別物に感じる。
雅は故郷の海を思い出してみた。
岩浜で波が荒くて、だからこそ魚がおいしい。
観光には向かないが懐かしい海。
雅は目の前の海を見て、あそことここは繋がってるんだよな、などとぼんやり考えた。
小型犬を散歩させている人、ジョギングする人、波打ち際を走る大型犬、何かのイベントだろう子供の集団。
そんなものを砂の上に座ってぼんやりと眺める。
贅沢な時間だが、さすがに暑くなってきた。
雅は砂を払ってビーチを後にすると、ここらの名物と聞いた生シラス丼を昼食にとり帰宅した。
ポストに宅配業者の不在連絡票が入っていて、雅が電話をすると1時間後に再配達してくれることに
なった。
送り主の欄には母の名前が書いてある。
雅の実家は日本海側の北国にある。
海岸線まで迫った山にへばりつくように家が点在する半農半漁の村。
雅は祖父母と両親、そして兄弟と住んでいた。
雅たち兄弟は祖父母に育てられたといってもいいほどだった。
両親がいないわけではないが忙しい彼らだけでは3人を育てるのは難しいことだったのだ。
自分達が食べていくだけなら自給自足も可能だろうが現金収入は必要だ。
雅の両親は村の外まで通勤しているので時間的余裕がなかった。
おかげで兄弟、特に雅は祖母仕込みで料理がうまくなった。
魚をさばくのは朝飯前、野菜も余らせることなく使い切る。
学生時代は女子力高いとからかわれたものだった。
そんな雅のもとには、こうして不定期に段ボール箱が届く。
中身はたいてい実家の畑で採れた野菜と祖父が捕った魚の干物。
それにしても毎回量が多い。
箱を開けるたびに彼は苦笑してしまう。
学生時代は学校に持っていけば誰かしらがもらってくれた。
しかし、卒業してから初の、その大きな箱を前に雅は困ってしまった。
明日、会社に持って行こうか?
受け取ってもらえそうな人を頭の中でリストアップしていると、ふと、隣人のことが思い出された。
隣はファミリータイプだから爽は家族持ちだろう。
それならたくさん持って行っても大丈夫。
会社に持っていくより大量に渡せる。
距離が短いから楽だし傷まない。
そう考えて雅はさっそく野菜や干物を袋に詰め始めた。
そういえば爽はゴールデンウィークに何してたのだろう?
家族旅行? いや、仲悪いんだっけ? それは一時的?
そこまで考えて、持って行っても大丈夫だろうかと心配になる。
そういえば、そもそもこの時間に家にいるだろうか?
もし出かけているなら、帰ってくるのは夜かもしれない。
とりあえず一度行ってみようと、雅は袋を手に隣家のドアチャイムを鳴らした。
二度目のドアチャイムからしばらくして、不在かと諦めかけた時にドアの向こうから物音がした。
モニターで確認したのだろう、スピーカー越しに爽が「潮海君?」と驚いたような声を出すのが聞こえる。
「こんにちは、海音さん」
「ごめん、今、えっと、開けられない」
また体調でも悪いのかと心配になり、雅は間の悪さを悔やんだ。
「あの、実家から野菜とか送られてきて、俺一人じゃ食べきれないから貰ってもらえないかと思って」
「…え…」
「開けられないなら、これ、ドアに引っ掛けとくんで後で受け取ってください」
雅は野菜と干物を入れた袋をドアノブにつるした。
そのガサゴソという音を聞いて爽は慌てて雅を引き留める。
「待って、ごめん、30分したらまた来て。あ、いや、いただきたいからこっちから行く。ありがとう」
雅は状況は分からないが爽が来るなら待とうと思い、ドアにかけた袋を手にし、
「わかりました。じゃ、戻ります」
と言って帰った。
予告通り30分ほどして爽が雅の家に訪れた。
風呂に入っていたのだろうか、石鹸の匂いがして、髪が乾ききっていない。
「すいません、何か、タイミング悪くて」
そう言いながら雅が渡してくれた袋の大きさに爽は驚き、両手で抱えながら「食べきれないよ」と困った顔で中を覗き込んだ。
「海音さんちって何人家族ですか? 勝手に3人くらいかなとか思って、それくらいにしたんですけど」
顔を上げた爽は驚きと悲しみが同居した表情で絶句した後、無理やり笑顔を作って眉尻を下げた。
「…ひとり…なんだよ、今は…」
今は?
雅は爽と妻が別居しているのか、もしかして妻が入院中か、とか、それともそこまで深刻な理由ではなく、里帰り出産とか、妻が出張中とかなのか、と頭の中で忙しなく爽の言葉の意味を探った。
「えと…それって…」
「何も聞いてない?」
何をだろう?
雅はどう答えてよいか分からず曖昧にうなずいた。
「そっか。みんな律儀だな。…潮海君も知ってるよね、俺が休職してたこと」
「はい…」
「理由は知ってる?」
「いえ」
「何も聞いてない? 誰からも?」
「…はい」
そもそも休職していたことさえ、噂で小耳にはさんだという程度だ。
本人からはもちろん、周囲からもきちんとした説明はされていない。
だから休職の理由も、期間も全く知らない。
ただ、何となく周りがそのことに触れないようにしている雰囲気があった。
興味はないし、プライバシーだから詮索すべきではない。
そんな理由で雅はあえて聞くようなことはしなかった。
「そっか。…俺…ひとりで住んでるんだよ。2人で住んでたの、ほんの少しで。せっかくマンション買って、引っ越してきて、なのに、妻が…死んじゃってね」
泣きそうな目をしているのに涙はこぼさず、無理に上げた口角が余計に痛々しい。
「だから、ひとりなんだ。…だから、こんなに食べきれないよ」
雅は何を言っていいのか分からず、ただ爽の顔を見つめた。
「干物は冷凍できます」
何言ってんだ、馬鹿。
雅は自分で自分にダメ出しした。
「野菜も火を通せば冷凍できます」
他に言うことあるだろ!
自分を罵倒しても言葉が見つからない。
「俺、そういうのやったことないよ」
困ったように笑う爽。
「あ、じゃ、俺が」
「教えてくれる?」
二人の声が重なった。
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