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雅は爽に上がってもらうとキッチンに入った。
「基本的には茹でてラップしてジップ袋に入れて冷凍です」
言いながら雅はまな板とボウルを取り出し、爽に渡した袋からニンジンを取るとピーラーで皮をむいていく。
「慣れてるね」
「はい、子供の頃からやってますから」
「子供の頃から?」
驚く爽に雅は料理は祖母仕込みだと答えた。
それから家族のこと、出身地のこと、村の様子、上京してからのこと、色々なことを話した。
「意外だな。気付かなかった。この辺の人なのかと思ってたよ」
「よく言われます」
茹でた野菜をザルにあけ、冷水にさらす。
水気を切っている間に先に茹でてあったニンジンを一食分ずつラップで包む。
「海音さんもこれくらいならできます?」
料理は丸きりダメだと言っていた爽に聞いてみたのは、見ているだけは退屈だろうという気遣い半分、どれくらいダメなのかを知りたいという興味半分でだった。
キッチンは狭いのでカウンターテーブルにニンジンの入ったボウルを持っていき、雅がラップを渡すと爽は
「それくらいなら」
とラップを引き出した。
そして、切ったラップを広げようとしてクシャクシャにしてしまう。
くっついてしまったラップをはがそうとすると破けてしまい、爽は眉間にしわを寄せた。
それを見て雅が笑う。
「スマートそうに見えて案外不器用なんですね」
「笑うな」
むくれる爽の手からラップの箱を奪い、
「ここを指で押さえて、こうやって切れば、ほら」
雅は手本を見せながらラップをテーブルに広げて置いた。
「包むのはできますか?」
「できる」
馬鹿にするなと言わんばかりの表情で答えると、爽はラップにニンジンを載せて包み始めた。
力仕事でもないのに力みながら手を動かす爽がおかしくて、雅はまた笑った。
さらには包み終えたものが見本とは余りに違うので、雅が肩を震わせる。
「隙間開けちゃダメです。なるべく平らにして、ぴったり包むんです」
「なんかむかつく。貸せ」
爽はやり直されたニンジンのラップ包みをにらむと、ラップの箱を手に取った。
茹でられた野菜をラップで包む。
たったそれだけの単純作業に没頭する。
最初はラップがよれていたりピッタリつかなかったりだったが、最後のほうには雅がやったものと同じ出来栄えになる。
ひとつ包み終えるごとに上達が目に見えて爽は達成感と満足感に口元をほころばせた。
「うまくなりましたね。じゃ、次これ」
切って洗われ、ザルにあげられた小松菜がテーブルに置かれる。
「これは茹でないのか?」
「はい、それはそのままで。あ、水気はきっちり拭いてください」
キッチンペーパーをロールごと渡されて戸惑う爽。
「こうやるんです」
雅が手際よく手本を見せる。
感心して手元を見つめる爽の口から「これ、ホウレンソウか?」と質問が出たものだから雅は堪え切れず笑いながら「小松菜ですよ」と答えた。
「ほんと、海音さんて料理しないんですね」
「うるさいな」
先ほどの満足感はどこへやら、彼は再び不慣れな作業に挑み始めた。
今見た手本をまねて水気を拭っていく。
洗われた小松菜をラップで包む作業は意外と頭を使う。
そのあとにも雅が次々と茹でた野菜を持ってくる。
爽は作業に没頭し、気づけば小一時間ほど無言で過ごしていた。
きれいになっていく包み方。
包まれた野菜が積み上がっていく様子。
成果がすぐ目に見えるのは仕事と違ってシンプルな充足感がある。
窓からの日差しで日が傾きだしていることに爽は気づいた。
爽が顔を上げると無心な表情の雅がいた。
彼も黙々と野菜を包んでいる。
静かな表情だが冷たさはなく、柔らかさは無いが棘も無い。
爽はしばし雅の顔を見つめた。
視線に気付いたのか雅が目を手元から正面へ移すと、呆けたようにも見える爽がいた。
一心不乱に包んでいる時の爽は遊びに夢中になっている子供のようだった。
それを見て雅は話しかけるのを止めていたのだ。
思いがけず長い時間会話が無かったが苦痛ではなかった。
時々様子を見るために目を上げると見えてくる爽の表情は、むしろ飽きることなく見ていられそうだった。
集中している時特有の目、笑顔ではないが見ようによっては楽しそうにも見える表情。
没入している彼の邪魔はしたくないと、雅は何も言わずにいた。
その爽が口を半開きにして自分を見つめている。
「どうしたんですか?」
言われて初めて自分が手を止めていたことに爽は気付いた。
「いや、別に」
「全部終わりました?」
「あ、ああ」
手元に目を転じると最後の一包みに置かれている自分の指が見えた。
達成感より、むしろ残念という気持ちが大きい。
物足りない顔をしていたのだろうか、雅が干物を渡して1枚ずつ包むように言った。
「そういえば海音さん、夕飯どうするつもりですか?」
「何も考えてないけど…」
「ちょっと早いけど食ってきます?」
「え、いや、それは悪いよ。こんなに頂いた上にごちそうになるなんて」
雅はその堅い反応に笑った。
「10才以上後輩にそんな遠慮して、ほんと真面目というか生真面目というかクソ真面目というか」
「馬鹿にしてんのか」
からかう雅に爽はむっとした表情を作って返す。
「はいはい、いいから、その干物包んでください。俺の分も入ってるから大量ですよ?」
「うぉっ」
渡された干物の山に爽がたじろぐ。
「その間に俺が夕飯作ります。うんざりするほど見た野菜と干物ですけど、いいですか?」
笑いながら尋ねる雅の口調は質問文でありながら決定事項を伝えるようだった。
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