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年末年始の休みに、爽は約束通り雅の実家に滞在することになっていた。
小出とデートしなくていいのかと雅に聞かれた時、爽は「それもそうだな」と相変わらずの鈍感ぶり。
小出からカウントダウンイベントや初詣のお誘いは無かった。
聡凪は小出をつついたのだが、クリスマスパーティーに誘う時に年末年始の予定は聞いていたので諦めていたのだ。
そこを無理やりねじ込んでとか、強引なことをしないのが小出らしいと言えば小出らしいのだが聡凪をやきもきさせたのは言うまでもない。
だから聡凪はバレンタインデートは絶対に約束を取り付けろ、その前に1月中に食事くらいは行けと親友の尻を叩いた。
爽と雅は雪で交通がマヒするといけないからと1月3日ぎりぎりでなく、その前日に戻ってくることにしている。
それを小出は知らない。
特に聞かれなかったので爽は伝えていなかった。
その温度差を気に留めることもなく、12月30日の早朝に爽は雅と新幹線に乗り込んだ。
積雪は爽の予想をはるかに超えていて、夏に降りた駅と本当に同じなのかと何度も確かめたほどだった。
雅の実家では夏以来の顔が出迎えてくれた。
昔ながらの作りの家とストーブの匂い。
雪に囲まれているせいで耳に届く音は都市部では聞けない独特の響き方をする。
九州生まれの爽には目新しい体験のほうが多いはずだが、なぜか懐かしいという感覚が呼び起こされる。
夏に一度来たきりなのに不思議だなと思いつつ、肩の力を抜いてほっとため息をつく。
思わずただいまと言いそうになった自分に笑った。
ゆっくりする間もなく悟矢が課題を手伝ってくれと雅の部屋に飛び込んでくる。
自分でやれと聖志につまみ出され、入れ替わりに雅の父が「じぃさんが待ってるよ」と伝えに来た。
居間に行けば大きな炬燵で祖父は一杯やっていて、ほんのり赤い顔をしている。
台所では祖母と母がお節の用意をしていて、煮物のいい匂いがする。
掘り炬燵の大きさに驚きながら爽は足を入れた。
じんわりとした温かさが心地よい。
炬燵など何年ぶりだろうか。
爽はまだ酒を飲むことができないので、雅は徳利から祖父の手のお猪口に熱燗を注ぎながら釘を刺す。
子供の頃に見たホームドラマのワンシーンのようで、懐かしさと共に嬉しくなり、同時に安心する。
幼い頃は何も怖くなかった。
世界はワクワクするものであふれ、毎日楽しいことだらけで時間を忘れた。
自分は何にでもなれると思っていた。
子供らしい大きすぎる夢を持っていた。
あの頃の自分が今の自分を見たら驚くだろうか。
呆れるだろうか。
世界が色を失くし、光を失くし、まとわりつく罪悪感で時間も分からなくなり、自分を責める声以外何も聞こえない、そんな未来が来るなんて全く予想していなかった。
セピア色の記憶はあたたかい。
それに似た光景の中に今、自分はいる。
現実が遠くなり、爽は到着早々、帰りたくないと思った。
「爽さん、眠そうですね。疲れました?」
夕食まで少し横になったら、と雅に勧められて部屋に戻る。
雅が敷いてくれた布団に入ると爽はすぅっと眠ってしまった。
その寝顔は穏やかで静かで、雅はそれを見て安心する。
いくら隣に住んでいるとはいえ、爽がどんな様子で眠っているのかは知らない。
睡眠薬を飲んでいるとは以前に聞いた。
今も時々悪夢を見るという。
だから心配していた。
しかし、目の前の寝顔を見て、とりあえず今は大丈夫そうだとほっとした。
爽が眠れるならいい。爽が心静かに暮らせるならいい。平穏な日々を過ごせるならいい。
爽が幸せなら自分は嬉しい。
そう考えている自分に気付き、雅は大げさだなと自分に笑った。
先輩後輩というより、すでに友達になっている自分たち。
友達の幸せを願うのはありふれたことだ。
友達というより、とっくに親友の域まで近付いている。
会社の人、隣の人から友達へ、友達から親友へ。
ずっと付き合っていきたいな。
寝顔を見ながらそう思う。
親友ってもっと深く仲良くなったら何て言うんだろう?
大親友? 心友?
まぁ、名前なんてどうでもいいか。
雅は伸びをして、大きくあくびをした。
そして、掛布団だけ押入れから引っ張り出すと、爽の隣で横になる。
目を閉じると爽の寝息が心地よくて、雅も眠ってしまった。
夕食だと起こされて2人で居間へ行くと、大きな炬燵の上には鍋がのっていた。
爽は自分がここ何年も鍋など食べていないと気付いた。
最後に鍋を囲んだのは妻とだったか…。
最近は一人鍋なるものも売っているし、珍しくもないのかもしれないが、こう見るとやはり大人数で囲んでいるほうが絵的にはまる。
爽は「…だよな」と小さくつぶやき、炬燵に足を入れた。
今回は雅がきっちり釘を刺したおかげで、爽はアルコールを勧められることも口にすることもなく食事を終えた。
満腹で暖かくて楽しくて、結局遅くまで起きて悟矢たちとトランプに興じて盛り上がってしまった。
7並べは顕著に性格が出るゲームだが、聖志は意外と弱くて、雅はまさにポーカーフェイスで策略家。
悟矢に意地悪だの根性悪いだの言われていたがしれっとしたものだった。
夜更かしは体に悪いからと日付が変わる前に雅と爽は部屋に引っ込んだ。
夕食前に少し眠ったせいか眠気は強くない。
布団にもぐると柔らかさと温かさが心地よい。
何より、気分が軽い。
眠れるだろうかという不安もない。
眠りに落ちるまでの時間が不快でないのが嬉しかった。
薬も飲まずに、爽は自然な寝付きが幸せだなと感じた。
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