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お盆休みに爽は再び雅の実家に滞在することにした。
相変わらず騒々しく歓迎する弟の悟矢、温かく迎えてくれる祖母と母、今年は呑めるかと笑う祖父、それをたしなめる兄の聖志と苦笑いで謝る父。
九州の実家よりも心が緩む。
爽は自然と顔がほころび、嬉しくなって思わず「ただいま」と言いそうになった。
相変わらず空はきれいな青で、夜は何度見ても息をのむほどの星空だ。
畑は今年も爽を待ち構えていたかのように豊作で、飽きるほどにトマト、キュウリ、枝豆、獅子唐、トウモロコシ、茄子を食べた。
爽はここで冬の海を見ることに成功した。
そして春の海も雅と一緒に見ることができた。
しかし夏の海は当然、妻の思い出と重なる。
だから、それが海と気付いても動揺しなかったことに驚いた。
それは雅と畑にいた時に起こった。
良く晴れて暑い日だった。
木立に囲まれた畑の端で体を伸ばした時だった。
立ち上がり、両手を上げて伸びをして、ふと横を見たら木立の向こうが青だった。
どこまでも広がる青が空ではないと数秒して気付いた。
驚きはした。
しかし、それは空と海が同じ色で、境目が分からないほどきれいな色だったからだ。
動悸も震えも起きなかった。
恐怖も涙もわいてこなかった。
呆然と木立の向こうを見て立ち尽くす爽に気付いて慌てたのは雅の方だった。
海を見てすくんでいるのか、パニックで固まっているのか、と。
焦って駆け寄る雅に爽の方がびっくりして「何?」と振り向いた。
「何じゃないですよ。大丈夫ですか」
「え?」
「そっち側、端からだけは海が見えるから、言っときゃ良かったですね。すみません」
ようやく雅が何に動揺しているのか悟った爽は、目を木立の方へ戻した。
「いや、大丈夫だ。きれいな景色に見とれてた」
爽は自分が落ち着いていることを確認すると静かに言った。
「なぁ、人魚の祠に行ってみたい」
夜、布団に横になってから雅は再度確認した。
本当に明日、人魚の祠に行くのか、と。
昼間、畑で突然そんなことを言い出した時、雅は理由を聞いた。
「夏の海も見られた。だから、今度は近付いてみたい」と爽は答えた。
そして、こう付け加えた。
「この村の人が強い理由が人魚なら、それを拝めば俺も強くなれるのかなと思ってさ」と。
小出との関係をはっきりさせるには勇気がいる。
その勇気を何かからもらいたい、何かに縋りたい気分なのだと爽は明かした。
「あそこにあるのは鱗と尾ひれだけですよ?」
と言う雅に爽は、なんで拗ねるんだと笑った。
拗ねてるつもりなど全くなかった雅はなぜそんなことを言われるのかと、その時は不思議だった。
しかし、約半日考えてみて、自分は嫉妬しているのだと理解した。
畑で太陽に照らされながら抱いた疑問は、日も暮れ、夕食も入浴も済ませて就寝する頃になって、やっと解けた。
嫉妬-。
つまり、効果のほども分からない鱗と尾ひれに頼るなんて不確実なことをしないで、今目の前にいる自分を頼れよ、という嫉妬だ。
しかし、それは違う、と頭の中でのもう一人の自分が反論し、それで再確認となったのだ。
「ああ、行くよ」
隣の布団からきっぱりとした返事が返ってくる。
「きっと期待外れなくらい小さいだろうとは思ってる。でもさ、俺は人魚の血を受け継ぐことも、その肉を食べることもできないけど、お前の強さの源にあやかりたいんだよ」
「強いのは爽さんですよ」
「俺?」
自分のどこが強いのだろう。
弱いから折れた、弱いから少しずつ回復するしかなかった、弱いから今も縋る先を探してる。
「爽さんはちゃんと小出さんと向き合おうとしてる。逃げてもいいのに踏みとどまってる。真剣に考えて、自分自身をちゃんと見てる。それは強さです」
「…そう…なのか…」
「そうですよ。でも、俺は爽さんが弱くてもいいです。俺はとりあえず頑丈だから、爽さんを守れるから」
爽が笑いだす。
「何だよそれ、プロポーズかよ」
「は?」
「一生守りますって続くかと思ったぞ」
ああ、それもいいかも。
雅はナチュラルにそう思った。
何の抵抗もなく、するっと出た思い。
一生そばに置いて守れるなら安心できる。
この丈夫な体も役に立つ。
いや、人魚の血を引く身だからこそ爽にふさわしいだろう。
「おやすみ」
笑いが収まらない声で、爽が瞼を閉じる。
雅も「お休みなさい」と返し、室内が静かになる。
しかし、しばらくしてから爽が雅を呼んだ。
「なぁ、独り言だから聞いてもいいし、寝ててもいい」
「何ですか、それ」
「だから独り言だよ」
橙色の常夜灯を見上げて爽は話し出した。
ゴールデンウィークに海へ行った時、足首まで水に浸かった雅を見てなぜ怖かったのか、何が怖かったのか、を。
「お前を失いたくない、また海に大事な人を奪われるのか、って怖かったんだって、あとになって気付いた」
再び掛替えのないものを失ってしまったら今度こそ立ち直れない。
もう、あんな這うように生きる日々は嫌だ。
回復してきている、それを実感させてくれた、支えてくれた人を失うなんて耐えられない。
だから、怖かった。
「お前が死ぬのが本当に怖かった」
「俺はそう簡単に死にませんて。人魚の末裔ですよ?」
「うん、だからさ、それがなんていうか嬉しいっていうか、安心する。お前は俺を残して去ったりしないんだな、失う心配しなくていいんだ、怯えなくていいんだなって思うと、ほっとする」
互いに互いのそばがほっとするなら、それは共にあるのが正解なんじゃないだろうか?
雅は眠い頭で、そんなことを考えた。
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