アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
43
-
海は波頭を白く光らせている。
しかし、見上げると頭上には張りだした岩と大きく枝を伸ばした木々。
おかげで洞窟の入り口の様相だ。
日がさえぎられているせいか空気は少しひんやりとしている。
「これが人魚の祠です」
爽の予想通り、それは小さくて、神々しさも禍々しさも感じられない。
しかし、村の人たちが大切にしているのであろうことは分かる。
木でできた祠は壊れたり傾いたりしておらず、蜘蛛の巣も張っていない。
「この尾ひれとウロコの持ち主だった人魚は人間に恋をして子供を残し、老いていく伴侶を哀れに思い、自らの血を飲ませた。いつまでも若々しく健康な彼らを妬ましく思った村人は、ついに人魚を殺し、その肉を食べた。その末裔が俺たちですよ」
爽は雅の祖父からも同じ話を聞いていた。
人魚の祟りを恐れた村人が人魚の怒りを鎮めるため、そして健康と長寿を授かったことへのお礼のため、この祠を作り祀ったのだという。
「神頼みなんて馬鹿馬鹿しいと思うか?」
「いや、いいんじゃないですか? それで頑張れるなら、やったもん勝ちでしょ」
頑張る、か―。
爽は鬱を発症した頃、その言葉が嫌いだった。
そんなものに何の価値があるのか分からない。
そもそも何を頑張ったらいいというのか?
智花を忘れる努力? 自分をごまかして無理に笑う努力? 他人に「大丈夫です」と言えるために?
「頑張れ」と言う人は自分に手なんか貸してくれない。
「頑張る」と言わないと受け入れてもらえない。
「頑張りたくない」と言うと憐れまれる。
「自分に頑張れと言うな」と注意された。
しかし、長年の習慣だ。そう簡単にはやめられない。
真面目で努力家と人から評された。
それは良いことと教わった。
だから無意識に努力した。頑張った。
結果がこれだ。
もう頑張るのはやめよう。いや、やめるのは無理だから、ほどほどにしよう。
そうやって頑張らない努力をしてきた。
自分にちょうどいい『頑張り』を見つける練習もしている。
今もまだ好きになれない単語だが、目標が見えてるなら、目的がはっきりしていて『ちょうどいい』なら、価値はあるかもしれないと思い始めている。
神頼みもいいじゃないか。
では何を頼もう。何を頑張ろう? 何のために頑張ろう?
そもそもは小出とのことを何とかするためだった。
でも、今は神頼みするならもっと大きいことをと考えている。
欲張りなのではなくて、自然と意識が小出の事よりももっと先へと向いていく。
もっと遠く、もっと長く―。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
43 / 49