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相合傘
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「しまった」
つぶやいた一言は重い雨音に消えていく。
朝の天気予報は毎日の事なので確認は必ずしている。
いつもなら毎日使っているカバンには折りたたみ傘を必ず常備させている。
そう、いつもなら…だ。
しかし今日は太陽を信じきったため気分を変えていつもと違う鞄にした。
さらに降水確率の0%を信じすぎたため折りたたみ傘を入れなかったのが敗因だと自分では思っている。
雨粒は大きめ。地面はぬかるみ、水たまりは乱立。
さてはてどうするかと悩んでいた午後15時28分34秒頃である。
彼が、傘をさしていた。
大きめな体に見合う大きなジャンプ傘。
広がった傘は彼を雨から守るように彼の大きな手のひらに柄を持たれていた。
これはしたり、なんと好都合であろう。
「おーい!斎藤!!」
轟音の中。
振り返った彼が俺を見て、音に紛れて聞こえはしなかったが、唇の動きが
「秋吉」と動くのがわかった。
俺に気づいてくれたのが嬉しく、今年17歳にもなって大きく手を振っていると傘をさした彼が近づいてきた。
「秋吉、どうしたん」
一旦傘を閉じて俺、秋吉秋(あきよししゅう)のいる校舎入口の屋根のある部分に入ってきた彼こと斎藤幹久(さいとうみきひさ)は身長189cm、体重78kg、A型のイケメン。
クラスの女子からも人気があり、男子からも好評で気さくだし気前のいいやつで通っている。
頭もいいが、読んでいる本は基本変なタイトルだ。たとえば『悪魔の種類』とか『西洋における悪魔の実態』とか。
実は俺は彼と同じクラスだがあまり会話したことが無い。
それなのに俺が彼について詳しいのか。それは俺が彼に絶賛片思い中なのである。
なぜ好きかは説明できない。しかし時々見せる、いやさっきも傘をさした時もしていた、すごく、寂しい瞳。
何故かその瞳に、俺を映して欲しかった。
考えよう。
これは絶好のチャンスではないだろうか。
俺の恋愛対象として大大大好きな彼が隣にいて、なおかつ外は土砂降り。
傘は彼の一本のみ。
これは、相合傘のフラグではっ!!!!
とかなんとかどこかのライトノベルの文のように冷静に語ってはいるが現実では胸がバクバクである。
てかなぜ俺は彼を呼び止めたのであろう。自分の心臓を自分で破壊するような自殺行為を何故した俺。
「秋吉…?」
うつむきげに考えていた俺の顔を覗き込んでいる俺ごのみの顔。近い。
「うをおお!」
勢いよく後ずさると俺の後頭部が校舎入口の壁に当たるのは必然だった。
「ぅをおお…」
後頭部を両手で押さえ込み、うずくまる俺。ちょーカッコ悪い。
二つの意味でダメージを負い、涙目の俺に影がかかった。
顔を上げるとデジャヴの発生。しかし今度は逃げ場がない。
しゃがみながら俺の髪を撫でる彼。
15cm定規で測れそうな距離にある彼の顔は、無表情に近いながらもどこか楽しそうである。
「大丈夫か?」
彼の手が後頭部に触れる。そこには俺の手があるが、彼の無言の圧力で「どけて」と言われたような気がした。
後頭部から手を離すと、するりとさすられる。気持ちいい。
どのくらいしてもらったかわからないが手当というかなんというか、痛みはほとんど引いていた。
「ありがと斎藤。も、だいじょうぶ」
ゆっくりと離れる手。
本当はもっと撫でていてと言いたかったが遠慮した。
恋人でもないし、第一あまりコミュニケーションをとったことない相手に子供のように大きく手を振って、たいした会話もせず悩んでたら壁に後頭部を大きくぶつけるという醜態を晒し、なおかつ痛みが引くまで撫でていてもらってさらになでなでしてもらうなどオコガマシスギル。
そんなドジで馬鹿な俺が斎藤を見ると、外の雨をあの寂しい瞳が映していた。
「なぁ斎藤」
「ん?」
「こんなこというのもアレだけどさ、お前って時々寂しい目するよな」
俺を見て目を見開いた斎藤。しまったと二回目。今回は口に出さず思うだけにした。
多分彼の地雷を踏んでしまったのだろう。誰でも触れて欲しくはないことはある。俺もそうだ。
「ごごごごごめん!そんなつもりで聞いたんじゃないけど、ごめん気にしないで」
もう一度うつ向いて罪悪感と格闘する。
しまった絶対嫌われた。なぜこんなこと聞いてしまったのだろう。
5分前に戻りたい。戻って過去の自分をぶん殴りたい。
もんもんとまた考えている俺の頭にぽんっと暖かい手が乗った。
「たしか俺らあんまり話したことなかったよな。だからさ、そのままでいいからちょっと俺の話に付き合ってくれ。このこと話すの初めてだけど」
話しだした斎藤の声は、豪雨から大雨になった音と混ざりながら俺の中に入ってきた。
斎藤には大切な友人がいた。出会ったのは斎藤が骨折して入院した際に相部屋になったとき。
その友人は重度の病気で移植をしなければ生きられないらしい。
しかし適応するドナーがなかなかいなくて余命半年になるかもしれないみたいで。
その友人は小さな頃から病院にいて、その人の世界は病院の中だけ。
だから斎藤はその人が治ればはじめの一歩として、お花見に行く約束をしたそうだ。
優しい優しい彼の声。楽しそうな彼の声。
夢中で語る姿が見なくても想像できた。
そして俺は思った。
彼はその「友人」が好きなのだ。
そして俺は彼の「恋人」にはなれない。
勝てない。
泣きたくなった。
短かったが片思いが終を迎える。
辛い、けどまだ大丈夫。無理やり作った笑顔を貼り付けて顔を上げた
そして驚いた。彼の楽しそうな声とは裏腹に寂しい瞳からは雫が溢れていた。
優しい優しい声から、切ない苦しい声へと変わっていく。
これは去年の話で、一緒に花見は行けなかったそうだ。
すべてを察した。
そしたら、どうしようもなくて。
感情が一気に瞳へと集まってきて決壊した。
いろいろとまざって、いろんな思いが涙となって溢れてくる。
俺は泣き続けた。
斎藤の涙は俺が泣き出した時にびっくりして止まったみたいで、俺が泣き止むまで隣に座っていてくれた。
どれくらいそうしていたかは分からないが泣き止んだころには大雨から小雨になっていて、傘もあったらいいな程度の申し訳ない雨。
校舎にもわずかながら灯りがともっている。
俺たちは立ち上がってお尻の砂を払い、帰れる準備をする。
「秋吉、傘に入っていくか?」
斎藤が半分スペースを開けて俺に言う。
正直嬉しい、でも断った。
彼の隣には居たいが、彼に俺は見えていないから。
小降りだし走って帰ればだいじょうぶと言って彼をおいて、帰りの駅へと走り出した。
走る、走る…走る。
学校から大分離れたと思う。もう、いいだろう?
明日になったらただのクラスメートだ。この終わった片思いは、この帰り道に捨てていこう。
そう、斎藤を好きなんて思いはクシャクシャにしてぽいしてやる。
はははっ、ははははっ
「はははっ…はは…は……うぁああああ」
先ほど流した混ざりあった涙ではなく、純粋な彼への思い。
溢れる雫は好きだった証。
人通りの無い道を、街灯が俺を照らす。
その光がやけに、暖かかった。
「秋吉!」
怒鳴るような大きな声。
驚いて振り向くと、失恋したばかりの俺を見つめる彼がいた。
髪は僅かに濡れている。傘は閉じられ彼の手の中だ。
息も切れ切れで、俺を走って追ってきたのだろうか。
そんなはずはない。そんなはずはないと思いたい。
だって、期待しちゃうじゃないか。
涙を拭って笑顔を張り付ける。
「ごめ、さっきの話思い出してまた泣いちゃった。」
精一杯笑った。笑顔を作った。
「じゃあなんでお前はそんなにつらそうなんだよ」
凛とした声が響く。
笑顔を作ったつもりだった。しかし斎藤には、俺の本当の表情がわかったみたいで。
「お前も、俺の前からいなくなるのか?」
先ほどと同じ苦しそうな声。
「斎藤自身だけが愛する人がいなくなり、辛い」と言っているような気がして、俺の感情は抑えれなかった。
「俺はさ…俺はお前のことが好きだったんだ!! 撫でられて嬉しかった、そばにいてくれて嬉しかった!でも、でも…お前には大好きな人がいて、その人はもういないんだろう!」
吐き出した、自分でも何を言ってるのか分からない精一杯の思い。この小雨でも多分、届かない。
「かてない、勝てないんだ。どうしたらいいんだよ…!どうしたらお前の瞳に俺を…っ!」
言葉が遮られた。
俺は彼の暖かい腕の中にいたからだ。
「ごめん」
ぎゅ、と斎藤の力が俺の体を圧迫する。
どうして抱きしめるの?
俺が泣いたから?片思いへの同情?
訳もわからず立ち尽くす。
ゆっくりと彼は言葉を落としていく。
「まだ、俺は彼女を忘れることはできない。」
暖かい体温の中、心臓が跳ね上がる。
わかっていた、答えだった。
「俺の話聞いてくれて、泣いてくれて、嬉しかった。」
大きな手が俺の頭に乗る。
彼の高い体温がゆっくりと染みて、冷えきった心に熱が増える。
「でも俺はお前を恋愛感情として好きになることは出来ない。」
抱きしめられた体を斎藤から強引に引き離す。
とっさの出来事に対応しきれなかった彼がふらつきながら離れた。
「優しくすんなよ、嫌いになれないだろう。」
絞り出した声は、多分届いたと思う。
駅まで無言で歩いた二人は、電車が違うので改札口前でお別れ。
「また、明日。」
「また…明日。」
二人が友達として出会う明日など、もう来ないのに。
濡れたまま帰った俺は翌日風を引いたのは言うまでもないが記載しておく。
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