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「………………。」
がちゃり。部屋の鍵を回してドアを開けたら、玄関先で転がって庄司くんが真っ先に目に入ってきた。靴も脱がずにごろりんとして、寝ているのかと思えばそうでもない。バイト疲れの充電切れかな、ぴくりとも動かず床と同化してる庄司くんに声をかけることなく、靴を脱ぐ。そして小さい体の横にしゃがむと、大きくて鋭い目がコッチを見た。
「今日、早かったね?」
庄司くんに、「俺より先に帰ってきて」と、とても愛らしいことを言われたあの日から、出来るだけ庄司くんより早く帰ってくるようにはしている。けど、庄司くんは居酒屋バイトだから帰宅時間が不定期。暇な日は早めに帰されるし、毎度毎度俺が庄司くんより早く帰宅するのは不可能に近い。庄司くんもそれを分かっているみたいで、べつに文句も言ってこない。できるだけ、自分ができる範囲で、庄司くんのお願いを聞くことが楽しくなっていた。だから今日も予想外。何時もなら5時ごろにバイトに出かけて、深夜の2時ぐらいに帰ってくるのに。だから俺、今日のシフトは22時までにして働いてきたのに。ちなみに今は23時になる少し前で、普段通りであれば、庄司くんがこの家にいない時間のはずだ。
「………古賀ぁーー」
ずるり、と体をよじって、庄司くんの腕が俺の首に絡みつく。どきり、とした。心臓、黙らせるように唾を飲んで、そのまま庄司くんを見つめる。ずるり、ずるり。少しずつ体をこちらにずらしながら寄ってくる、庄司くんのつむじが俺の顎に当たった。
「やばい。」
やばいのは俺の心臓のほうですけど。と言いたくなったけど。なにが?と返す。というか、庄司くん。首が折れそうさ。めちゃくちゃ食い込んでるから!
「バイト、クビなった」
「………えっ、ハァ?何で?!」
「分からへん…よう分からんねんけど、もう明日から来なくていいよ とか言われた…あのゴリラ店長ほんまぶっ飛ばしたい」
「ああ、だからこんなとこで寝転がってたの。とりあえず靴脱いで部屋入ろう?」
「職のない奴に…家など豪華すぎると思えへんか?俺は床と結婚する。」
「いやアンタが結婚すんのは俺でしょ」
「うるさい」
「うるさい!?」
随分落ち込んでる様子の庄司くん。ずるっと、首から腕が落ちるように離れていった。本気で床と結婚するつもりなのか、ぺとり、と頬を冷たい床くっ付けたまま動かない。ふぅ、と息を吐いて、庄司くんの吐いている靴を脱がせる。
「おんぶする?」
「バカにすんなよ」
「じゃあ歩いてよ」
「うるさい」
「あーもう!」
庄司くんはわりと、めんどくさい。バイトクビになったぐらいでなんでそんなに凹んでるんだろう、俺なんか今まで何回クビになってきたか。数えられないほどクビにされてきたさ?それでも、落ち込んだりしたことはない。庄司くんは一度も、クビになったことなかったのかなぁ。庄司くんの体を抱き起こす。じたじたするのを押さえつけるように抱えて、膝を立てた瞬間を逃さない。ひょい、とお姫様だっこをすると、今度は死ぬほどびっくりした顔をして、「ぎゃーーーーーーセクハラやーーーなんやーーー!やめろーーー!!」と、暴れる。ちょっとうるさい。いや、かなりうるさい。俺の顔、両手で鷲掴みにしてくる庄司くん、痛いから。痛いってば。髪を引っ張られる。ちょっと、痛いよ。全部フルムシして、そのまま部屋にはいって、マットの上に投げ捨てた。
「アァァ信じられへんお前!」
「俺のセリフさ!玄関にへばりついてたら邪魔で仕方ないだろ!で!なんでそんな落ち込んでんの?新しいバイト探せばいいだけじゃん!」
「アホかーー!バイト決まるまでの期間、どうしたらええねん!」
「ごろごろしてりゃいいじゃん!作曲でもしてたら?」
「古賀ちゃん、知ってるか?生きるには金がいるねん」
「俺が持ってるじゃん」
「なんで俺がお前の金で生きなアカンの?お前にそんな負担かけられるわけないやろ」
「なに言ってんの?バイト決まるまでは甘えていいよ。その代わりすぐに決めてね」
頼るということが、どーしても分からないらしい。今までの人生、どうやって生きてきたんだろう。同じ家に住んでいるのに、同じ部屋で息をしてるのに。ついでに、俺はアンタが大好きなのに、アンタはどーにも、それが理解できていない。なんど言っても、態度で示しても。防御力の高さが凄い、それで自分の首を締めてること、気づいていないのかな。俺たちはいわゆる運命共同体、片方がピンチなら片方が助けるって当然じゃない?
「もし俺がバイトクビになったりしたら、その時は庄司くんが助けてくれたらいいし。」
「………………。うん。」
「なんでそんな顔してんのさ」
「迷惑かけてばっかやなと思って。」
「バカじゃないの?俺は、アンタがそんな顔してる方が迷惑だよ。ブスがますますブスさ」
「殺すぞ誰がブスや」
あ。やっと笑った。
庄司くんの浪費グセは知ってるけど、庄司くんってバカじゃない。
だから、きっとすぐ新しいバイトを決めるんだろう。俺は庄司くんから視線を逸らして、服を着替えるためにジャケットを脱いでハンガーにかける。どうしてスキニーって外では気にならないのに、家に帰ってきたとたん脚にぴっとりとくっついている感覚がするんだろう。クローゼットの中の収納ケースから、ジャージを引っ張り出す。………、視線が背中に突き刺さるんだけど、庄司くん、ずっと俺のこと見てるよね?
……。ジャージを取り出して、ついでにインナーも着替えるためにTシャツも取り出す。あ、これ庄司くんのだ。俺のシャツより一回りも二回りも小さいTシャツをびろん、と開いて、自分のものではないと判断して膝の上に置く。俺のシャツちゃん〜どこかな、とごそごそと収納ケースを漁っていると、………やっぱり視線。ずっと見てるよね、俺のこと。庄司くん、ずっと見てるよね?!
そういえば庄司くん、バイト着のままだったな、俺の着替えも取ってくれってこと?かな。膝に乗せたままのTシャツを握って、くるりと振り向いた。ら、やっぱり。ジィッと俺のことをみてる、大きい目。
「お前、デカなったなぁ。」
「なにそれ、親戚の叔父さんかよ」
庄司くんが真顔でぽつり、呟いた言葉に思わず笑ってしまった。俺の成長期は終わったと思っていたんだけど、全然そんなことなくて。その逆、成長期が遅くやってきた。次の誕生日で17歳になる、のに、成長期。去年より10センチ以上伸びた身長。いまも、成長痛が酷くて寝れない日がある。でもそんな時は、庄司くんが湿布を貼ってくれるんだ。優しいんだ、庄司くん。俺の成長期、一番近くでみてるのは親でも友達でもなく、アンタなのに。なんで突然そんなことを言い出したんだろう、と思うとますます面白い。「何笑ってんの」という庄司くんの顔面に、庄司くんのTシャツを投げつけた。
「ぶっ、…………こーーーーがぁーーーー」
「あはは、だって。変なこというから!それにずっと俺のことを見てたじゃん、Tシャツ、取って欲しかったんでしょ?」
「あ?あー、ちゃうけどまあええわ、ありがとう。」
「ちゃう?じゃあなんで見てたの?」
「デカなったなって思ってな…。背もやけど、なんていうんやろ。ココロが」
「まーじー!?やったね!ちょっとは頼れる男になったさ?」
庄司くんの言葉が純粋に嬉しくて、だけど少し恥ずかしくて。適当言って誤魔化そうとしたんだ。いつも通り「まだまだやわ、アホ」とか「調子のんな」とか、そんなことが言われたくて。…けど、庄司くんのばか。
「せやなぁ。」
そう言って、目を細めて笑った。
あーーーーーもう、も、も、もう!
うっ、ってなって、息詰まるし、心臓おかしいし、なんなんだろう、アンタという人は!どうしてそう、予測してないことするのさ!?
クローゼットの前でしゃがみこんでいた俺は、す、と立ち上がる。マットの上に座っていた庄司くんの前にまたしゃがんで、大きくて、鋭くて、第一印象最悪だった彼の顔を見つめる。あ、あ、あ、あー!あーもう、抱きしめたい、抱きしめたい、抱きしめたい、チューしたい、ぎゅってしたい、思いっきり、ぎゅってしたいよ!!もう!!
庄司くんの、顔。ちいさいな。俺の手のひらで鷲掴みできそう、な、気がする。
「なんやねんコラ、着替えんねんやったらはよ着替えや」
大きい口、唇が薄いから、いつも尖って見える口が動く。チューしたい。チューしたい。チューしたい!!考えてもみてよ、俺、健全な思春期さ。庄司くんよりずっと子供で、こんなに我慢してるほうが凄いと思わない?好きな人と同じ家で、生きてるんだよ!?
もんもんと襲い来る欲望と、戦う毎日さ!
きっと凄く嫌がられるんだろう、拒絶はしなくても凄く嫌な顔されるんだろう、だって約束したもんね、チューはナシ!とか言われちゃったもんね、だから唇、噛んで。俺口なんかついてなかったかのように、我慢。
「ぶさいく!」
「ぐぇっ!」
だけど。この両腕はこの世に無かったかのように振る舞うのはムリだったさ!ごめん!ごめんね庄司くん、我慢できない子供でほんっとごめん、嫌だよね、嫌だよねぇ…!!?
「ううぅぅぅ………この、ぶさいくぅ…」
庄司くん小さい、潰れそうなぐらい小さい、ぎゅーってしたかったからってこれはないわ、もうやだ、俺ほんとこのままじゃ嫌われちゃうかもしれない。ぎゅーって、していい?ぐらい聞けばよかった。庄司くん、タバコ臭い、でも香水の匂いする、あーむりむりむり可愛いすきすきすき、庄司くん…ううぅぅぅあああ好きだよーー!むりーーー!俺のにしたい、俺の庄司くんにしたい、可愛い、すき、愛しい。
「お前は俺が嫌いなんか?!誰がブスやねんしばくでほんま!!」
「…………、ムリほんと」
ねえ、いきなり抱きしめたのに、なんでいつもみたいに暴れないの?なんで腕の中から逃げようとしないの?なんでされるがままでいてくれるの?
「へっへっ、お前はそのムリなブスがそんなに好きか」
「うん、なんで分かってて逃げないんだよ…」
「分からんけど。別に嫌ちゃう。」
「……なんなのそれぇ…!!」
ほんと、生殺しだ。
目の前にいる、腕の中にいる、こんなに、すきでたまらないのに、抱きしめさせてくれるのに、アンタも笑ってるのに、どうしても、どうしても、俺のものにならない。俺の庄司くんにならない。
手もつないだ、ハグも許してくれる、あと少しのはずなのに、なんで全然フラグが立たないの!?
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