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ウジウジ考えんのがもうしんどい。
自分を語ることがもうしんどい。
いつも視界の端が色あせて、いつもどっか、心の底では泣いてしまいたい。
人の好意が苦手。
人の口元が苦手。
安易に愛を語られることがこんなにも嫌いや。のに、最近はそれに心地よさを感じ始めてまたギリギリ、喉仏の下が潰されてるような感覚を我慢してる。
「ねー庄司くん、カレーの中になにいれたい?」
「何いれたいってなに?じゃがいも、にんじん、たまねぎ、肉でええやろ」
「ほらもっとなんか、ホウレンソウとか?」
「アホか。初心者はシンプルなん作ればええねん!」
スーパーの買い物かごの中に、野菜を放り込んでいく。古賀はちょっと不服そうな顔をしながらも、俺の言うことを素直に聞いた。酒売り場でビールのケースを手にとって、お菓子売り場でつまみを幾つかかごにつっこむ。カレーとビールとおかし、へんな組み合わせ。
そういや今日は俺の誕生日で、こいつはこいつなりに祝おうとしてくれてる。カレーを作る!とかいうてたけど、カレーの作り方を教えるのは俺。なんやそらって話やけど、まあ、それはそれでいいか。とか、うん。やから、せやから、なんていうか。
「俺って、アホやと思わへん?」
「なんで?」
アホやんなぁ?
3つも違う年の差を時々感じることはあるけど、古賀は俺よりずっと賢い。人間的に?というか、なんというか。心が賢いんやわ、きっと。
大きい、くりっくりの目玉がこっちをむいて、不思議そうに首をかしげる。こんなめんどくさい質問なんて、からら、と、カートが床を滑る音と、店内のBGM、それのせいにして聞きのがせばいいのにな。
こうやって、二人でスーパーで食材選んでるだけで、なんか家族?持った気分。今までそんな経験なかったから胸の底がむず痒い、なんなら指と指の間もむず痒い。親指の爪で、中指と薬指の間をひっかく。
絆されてもいい、っていうのは嘘じゃなくて、いつのまにかたくましくなってた後輩にイエスを告げるんは簡単なことやとさえおもう。
けど、そうせんのは俺の女々しさ。
なあ知ってるか、めんどくさいねん俺って。
レジで精算を済ませて、俺らの家に帰る道のあいだ、買い物袋は古賀が持ってた。じゃがいも、にんじん、たまねぎ、肉、缶ビールのケースに、おかし。重いはずのものを、重いなんて一言も言わんと。片方もつで?と言うと、今日は特別だから。次からは庄司くんにも持たせるから。なんて、次を匂わせる。
こいつは明日死ぬ可能性を考えてない。
こいつは今日俺が失踪する可能性を考えてない。
まあどちらも限りなくゼロにちかいもんで、ああでも、ゼロではないもんで。
ようするに俺の考えすぎ。
俺なんかに惚れた腫れたで毎日頭抱えてるお前に、楽になる言葉をかけてやれんくて悪いなぁ。
早くイエスっていえばいい?それとももうホンマに無理やでっていえばいい?どっちにも、踏み出せへんのはなんでやと思う?
イエスをいうほど腹括れてない。
ノーをいうほどナシではない。
ごめん。
今はそれしか言えん、自分に整理がついてないから。
がちゃ、と、部屋の鍵をまわしてドアをあける。そしたら換気してても部屋にしみついたタバコの匂いと、古賀が焚くよくわからんアロマの匂いが鼻に沁みた。ただいまぁ、といいながら部屋に入って、古賀はテーブルの上に食材を置く。その指の腹が赤くなってんのをみて、またちょっと心が痛かった。
「赤なってるやんけ。」
「へへ、指先痺れてるや」
「やから片方もつでっていうたのに」
「いーの!」
ぐー、ぱー。ぐー、ぱー。手のひらを握って開いて握って開いて、古賀は指先の感覚を取り戻そうとしてる。俺はそんな古賀をみて、ぼんやり、考えた。
ほんまにデカなった。出会った当初、そんなに目線変わらんかったのにな。今や俺の倍ぐらいあるんちゃうかっていう、体格。体格に合わせてしっかりした、骨格。成長期遅すぎやろ、っていいたい。
たった鼻筋、デカイ目、薄い唇、緑の瞳。まつげ長くて、手がでかい。その手の平は、マメを何度も潰した痕があって、硬くて、それから、マルボロの匂いがする。16歳?じきに17歳か。まだまだクソガキ、俺よりもはるかにクソガキで、せやのに俺を『待っている』。
俺は、いつも自分に甘くて、保身ばっかり考えてる。傷つきたくない、嫌われてもいいから、俺は俺を傷つけたくない。嫌われてもいいから。
…嫌われ、たく、ないなぁ、古賀には。メンバーには。特別に大事な人間には。
古賀には嫌われても当然なことをしてる。その自覚はある。16歳の子供に「俺を選ばなくてもいい」なんて言葉を言わせてしまうぐらい、俺は酷い人間やのに。お前なんで、そんなに俺を好きでおれるねん。
わからへん。
「庄司くん?」
「んあ、あーすまん、目あけたまま寝てたわ」
「まじかよスゲーな!?ねえ、ビール冷蔵庫に入れといてくれない?俺、野菜洗うから」
「はいよ。………野菜べつに洗わんでよくない?」
「なんで!?」
「皮むくやんどっちみち」
「あ、そっか。…いやでもほら、気持ち的に?」
「ふぅん?まあええけど。」
ジャーーーっ、と、水道から水が流れる音。でかい男のでかい手の中で洗われる野菜。それを横目にビールを冷蔵庫に入れて、古賀の隣に立った。
「洗ったら皮むいてテキトーに切ってな」
「テキトーでいいの?」
「うん、まあ小さ切ったほうが早よ煮れるけど」
「みじん切りってやつですか!?」
「それはやりすぎってやつですわ。皮むきするやつなんかウチないで、包丁気ぃつけや」
「う、うん」
危なっかしい手つきにはらはらする。ああ、あ、あー、手ぇ切りそう、見てられへん!
「貸して、皮だけむいたるから」
「だめ!俺がやんなきゃ意味ないの!」
「手ぇ血だらけになったら野菜も血だらけなるやろ!よー見て、覚えて」
「うっ…………、ごめん、よろしくお願いします…」
「初めてやねんからできひんで当たり前じゃぼけ!お料理ビギナーな古賀ちゃんはたまねぎむいといて、それはできるやろ?」
古賀から、包丁とじゃがいもを奪い取って皮をむく。じゃがいも、5個入りのやつ買ってもーたけど、こいつなんぼほど食うんやろ。見た目によらず全然少食の古賀と、古賀の食う量×5杯はかるい俺。まあ、カレーなんか余っても明日も食えるし、ええか。全部むこ。
「しょうじぐ〜ん゛……」
「んー?うわ!お前なに泣いてんの!?」
「た、た、たまね、たまねぎ、めっちゃくちゃ目に染みるさー…」
「あーあーあー!目こすったらアカン!余計痛なるで!」
「ん、」
鼻声の古賀の方を見ると、ぼろぼろ涙を流しながら、手にたまねぎを握ってる。ぎゅっぎゅっと瞼をなんどもきつくとじて、開いてはとじて、なんか、その姿がおもろくて、思わずぶはっ、と噴き出してもーた。
「…なんで笑うのー!」
「ははっ、くっ…ははは!へへ、おもろ!お前、イケメン台無しやで!」
「庄司くん、俺のことイケメンだとおもってたんだ…」
「そら顔面偏差値はな!はは!あかんめっちゃオモロイ、でもはよ手洗いや」
「う、…そーしたいんだけど!目開けられないさー!」
「目ぇ擦るからやんか。しゃーないなぁもう、ほらしゃがんで」
水道で、軽く手をあらった。
その間に古賀は俺に顔を突き出すかたちで腰を曲げて、俺は古賀の目元を拭いてやる。ぼろ、ぼろ、ぼろ、たまねぎにやられた眼球から、水。
「………、」
ゆっくり瞼が開いたら。鼻先が触れる10センチの距離で、ビー玉みたいな目玉と目が合う。
「…ほら、もう大丈夫やな?」
「…うん、でも、俺の心臓は全然大丈夫じゃない」
「…マイナス5点やわ」
目があったまま、古賀は体制を変えへん。あ。これは、って思ったら、逃げられへんくなった。
「3点男だけど、キスしていい?」
「…………いいわけないやろ」
顔を、背けようとしたのに。古賀の顔が近づいてくる。あかん、シバかなあかん、右手を振り上げようとしたら右手を握られた。
古賀の唇を覚悟して、瞼をきつく閉じる。あーあかん、あかんなぁ俺。やっぱアホやんけ。アホ。
むにゅ、とくちびるの触れる感覚がしたのは、俺の唇ではなく。頬でもなく。瞼でもデコでもなく。右手の、指先。
「だよね、ごめん」
やめろ、そんな顔すんな。
そんな、こっちが泣きたくなる顔すんな。
優しくすんな。甘やかすな。
愛情をむけんな。
ぱ、と古賀が俺から離れていく。
古賀は「さー!続き!たまねぎを倒す!」とか言いながらまた、たまねぎと格闘をはじめる。
俺はいつからこんなずるい人間になってたんやろ。古賀のその表情に、なんにも言えんかった。
なんにも言えんまま、右手の指先の熱に、死にたくなった。
古賀ぁ、俺さ。
お前のことなあなあにできひんわ。
時間が解決するやろ、なんてほんま、もう思われへんわ。
そろそろ俺が、腹括らなあかんよな。
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