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Propose
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古賀の作ったカレーは、それはそれは味薄かった。水入れすぎやで、っていうたのに、煮込めば濃くなるんだから大丈夫!とかわけわからんこと言い出して、まあ言うてることは間違ってないけど明日にはこのデカイ鍋は俺によってカラになるのにな、って思いながらも古賀の好きにやらせてみた。
古賀は自分が作ったカレーを食いながら、「薄っっっす!!!!」って、笑って、「ごめん、もっと上手く作れたらよかったのにね」と、眉を下げた。
「こんなんは気持ちやねん、初めてにしたら上出来上出来。むっちゃじゃがいも硬いけど」
「硬いどころか、噛めないよね」
「明日には噛めるんちゃう」
「明日もこれ、食べてくれるの?」
「そら古賀が作ったもんやもん、残すわけないやん。」
ガリッ、パキッ、口の中で半生のじゃがいもを咀嚼する。古賀はそんな俺をみてますます、ますます申し訳なさそうな顔をした。
「うーん、ほんと、ごめん」
「ごめんごめんごめんごめんうっさいのぉ!しょうみ美味しくはないで!?美味しくはないけど、俺、人の作ったもん食うの初めてやねんけど!」
「え!?あ、あ…そっかぁ」
「同情してんのかぁ?あん?いうとくけどお前の想像してる一億万倍は幸せな毎日過ごして生きて来とんねん、シケた顔すんなや」
ガリッ、ガリッ、パキッ。
じゃがいも、ほんま硬い。
ほんっまに、硬い。けど、俺は嬉しいわけや。古賀、包丁もロクに使われへん古賀が俺のために作ったもんやで、そんなん嬉しくないわけがないねん。
「おかわりよそってきて」
ずい、っと、皿を古賀に突き出す。でっかい目ぇ、一回だけぱちくりと瞬きして、へにゃあ、と緩んだ。
「そーいうとこが好き」
「あっそぉ!」
「てかほんと、良く食うね?」
「燃費悪いねん。無ければ食わんけどあれば食う。…俺ビールもう一本飲むけどお前どーすんの」
「んー、飲む!俺のも取ってー」
この3点男、ほんませこい。
いやせこいんは俺やけど!こんなな!ほんまにな!いい子を!こんな誑かして、こんな傷つけて待たせて!なーにしてんねんって感じやけど、これに心地よさ感じて甘えてんねん、アホちゃうかて。
アホちゃうか、て。
ビールを冷蔵庫から取り出しながら、冷蔵庫の中に突っ込んである食材を見渡す。男二人暮らしの冷蔵庫とは思われへんぐらい揃った食材。冷蔵庫を閉めて、部屋を見渡す。男二人暮らしとは思われへんぐらい片付いた部屋。俺の性分もあるけど、俺ら多分意外と相性がいいんやと思う。
「庄司くん?なにしてんのー?」
「……うち、綺麗やなぁと思って」
「え?そりゃあアンタが毎日綺麗にしてくれてるからさ」
「部屋にな、二人分のもんが増えていくんて不思議やなぁ。」
片手にに二本、ビールの缶を持って、古賀のまってるテーブルまで戻る。古賀にとってはきっとなんでもないんやろ、部屋に自分以外の誰かのもんが増えていくことも、冷蔵庫の中が満たされてることも。洗わなあかん食器が二人分のことも、洗濯物が多くなったことも。
誕生日に、誰かが自分を祝ってくれることも。
「お前はええ子や」
「何を突然。当たり前のこと言われても…」
「すーぐ調子乗る!」
「あはは、あ!そうだ!そういえばね。」
古賀の前にビールを置いて、俺も古賀の向かい側に座った時やった。古賀がおもむろにスマホを取り出して、俺にむけてくる。
「なんこれ」
「さっき、宮内くんと恋くんに、庄司くんの誕生日が今日ってはなししたんだよね」
「ちょ、おまなにしてんの!?」
「まあまあ、そしたらさ、二人から動画届いた!から!一緒にみよ」
再生。
真っ暗の画面が、切り替わる。カチッっていう、ライターを切る音。次に移ったのは爽司がタバコを咥えてる顔、そんで次に恋のギターを握ってる左手。
たん、たん、たんたんたんたん、ドラムが開始を知らせて、爽司のベースが唸る。すぐに恋のギターが乗っかってきて、ハッピバースデーの曲ロックアレンジ風みたいな感じのメロディーが、流れた。
そうやった、俺らが先にこっちに来るあいだ、あいつらはGactじゃなくて部活限定バンドも組んでるんやった。誰やろ、このドラム。新入部員かなぁ、見たことない顔や。…全然、なまってない演奏技術。爽司は安定に上手いなぁ、恋は成長途中やけど、上手なったなぁ。そんなこと考えてたら、曲は30秒ぐらいで即終了、ガタガタっ、と、楽器を握ったまま爽司と恋がスマホに向かって寄ってくる。
『庄司くん!!!誕生日おめでと!!ハタチ!?もー大人じゃん!?』
『水臭いんだけど。誕生日って知ってたら、そっちに会いに行ってたよ』
『宮内お前単位足りなくなるだろ!?』
『単位より庄司くんでしょ。おめでとう、あと半年とすこし、待っててね』
『Gactでライブしてー!たまには並愛、帰ってきてね!』
『古賀と仲良くね』
『ぎゃははは!古賀!古賀げんきー?!』
『背、また伸びたんだってね。』
『ウケるわ、なに俺たちの身長抜かしてんの!寝るとき庄司くんのこと潰すなよー!』
『あ、ちょっと西浦、もう時間ない』
『やべ、ほんとだ、庄司くん!』
『世界で一番、尊敬してるよ。』
『俺もー!んじゃー!いい誕生日を!』
ぶつっ。
1分間の動画が、切れた。
部屋はしーんと静まり返って、10秒。
「ふは!!」
俺が吹き出す。
「なにこれ!?俺への扱いやっぱ酷くない!?」
「へへ、はははっ!おもろ!なにこれ?!あいつら恥ずかしーー!恥ずかしーもん送って来やがって!」
「ほんとだよ!びっくりした、二人とも庄司くんのこと大好きじゃん!?」
「へへ、おもろ、………あー、嬉しいなぁ。その動画、あとでラインに送っといて。」
「いいけど、いま返事しなくていいの?」
「うん、今返事したら泣いてまいそーやからな!」
泣きはしやんけど、嬉しい嬉しいっていらんこと言うてまいそうやから、明日返事しよう。俺は、恵まれてる。
「おめでとう。」
古賀の落ち着いた声が部屋に響く。
「おめでとう。俺も世界で一番尊敬してる。」
「…お前、面と向かってそういうの言うなって」
「意外と恥ずかしがるよねアンタ」
「慣れてへんねん、ほっといて!」
誤魔化すようにビールのプルタブをあけて、ごくごくと飲んだ。冷えたビールが喉を通っていく代わりに、カラダがカッと熱くなった。
「俺、俺さぁ。アンタに聞いてほしいことがあってさぁ」
古賀。大人びた顔してどうしてん。
俺は古賀の唇から、次に出てくる言葉を予想しながら、ビールの缶の水滴を拭った。なんやろ、今後の話?今の俺が宙ぶらりんな話?それとも、…。
「暗い話やったら聞かへんもーん」
「もーんじゃないから、可愛くないから!暗くないはなし!今日一日中、考えてた話なんだよ!」
「…へへ、なに?どうした?」
俺は幸せもんで、メンバーに恵まれて、人に恵まれて、人に好かれて。ほんでずっと蓋してた心に、小さい光が射した感じで。なんやろ上手く言えんけど、そうやなあ、とにかく、恋愛とか考えたくもなかったけど、考えてみんのもいいかとか、思って。ほんで俺、なんやっけ。なんでそう思ったかというと、すべてはこいつのせいやったわそーいえば。
そういえば。
ごちゃごちゃ考えなあかんくなったんもこいつのせいで、めんどくさい自分を掘り出したんもこいつのせいで、なあなあにしたくてもできひんって思ったのもこいつのせいで。なんやもう全部、俺が俺でなくなってきてるのはこいつのせいなわけで。
なんでこいつのせいかというと、俺は絆されてるわけで。…ちゃう、絆されてるわけじゃなくて、俺っていつから。…いつから。
人のこと好きになれる人間になったんやろ。
「別れよ!」
ぴく、と。自分の右耳が動いたのを感じた。なんでやねん、こういう言葉はお願いやから聞き取れへんかったことにしたいところやのに、アホちゃう、聞かなあかん言葉は聞き取れへんポンコツの左耳と、聞きたくない言葉を巧みに聞き取る性能よすぎな右耳。
別れよ、は。俺が常日頃散々、散々こいつに言い続けてた言葉。古賀、今やっとお前の気持ちちょっとわかったわ。
どえらい、腹立つもんやな?
「俺、アンタがほんとにすきでどーしようもないけど!形だけでも付き合ってたら、さっきみたいにキスとか、したくなっちゃう。」
「…。」
「アンタを困らせてばっかりだから、俺、イチからやり直したいっていうか。…ほんと、ずっと好きでいると思うから、好きをやめることはできないけど、好きっていってアンタを苦しめたりしないから。好きなんて言葉にしないから、」
「……。」
「庄司くんの特別な人になれるように、もっと頑張りたいっていうか。…いつも誰よりもかっこいいアンタに弱みを見せてもらえる人間になりたい。…だから、」
「マイナス300点やな」
ズキ。
っと、痛んだのは、左胸か右胸か、それとも肺か頭か、心か。わからへんけど、目の前で何かを悟ったみたいな顔して、古賀が俺から離れようとしてる。
俺がずっと、望んでたことは。
俺みたいなロクデナシに恋とか愛とかそういうの向けるなってことで。なんでそう、思ったかというと、いろんなトラウマがいちいち俺を殺そうとしてきたからで。ようするに、人の好意からダッシュで逃げてたわけで。
俺が弱虫拗らせただけやねん。
それをしつこく、お前は待ってくれてたやんけ。
なんで今更、なんでそんな決意に満ちた声で、それを『暗い話』じゃないって言い切ったんか。俺には分かるけど分かりたくない。
すきってなんやねん。
恋愛感情ってどこからやねん。
抱き合いたければ恋か?愛か?
それなら俺のこの気持ちはなんやねん。お前、ほんま、ほんっま要らんことばっか教えてくれた。
手離したくないって執着は、甘えか?恋か?ごちゃごちゃお前のことばっか考えてんのは、絆されてんのか?恋か?ほらもう、あかんわ。
「どーも気づかせてくれてありがとう」
「…好きでいることは許してほしいんだけど、いいかな?」
「古賀、お前俺の弱みがみたいんやったっけ」
「え?あ、…うん」
「へーーーー。」
むかつくわ。むかつく、ほんまむかつく。年下のくせに子供のくせにむちゃくちゃに引っかき回してこの野郎!
缶ビールから目を背けて、古賀のほうを向いたら、古賀は眉をハの字にして俺の答えを待ってる。
しんど。
…しんどい。なあ、お前、自分勝手もいい加減にしてくれへんかな。なんて?もう一回やりなおしたい?好きでおることは許してほしい?
はあ?
そしたらお前を、いま、ここで、好きやと思った、俺の気持ちはどこに仕舞えばええねん。
「なあ。古賀」
「うん、」
「惚れてる以上の弱みって、あるか?」
失恋の傷を癒すために、俺に代わりになって欲しいって言ってきたボケに、惚れるはずがないって油断した。よーわからん居酒屋の女に声かけられて困ってる姿みて、安心した。抱きしめられたらそれにヤケに苦しくなった。クソまずいカレーも、古賀が作ったもんやったら絶対残さへんって思ったし、今、別れよとかいわれて、こんなに焦ってる。
恋かどうかなんか知らんわ。ただ、
これが惚れてるって感情じゃなければ、一体なに?
名前付けられへんねんから、これは恋や。ボケ。
「…………ねえ、また俺誤解するし、期待するし、そういうのやめて。もういいんだよ優しくしなくて」
「俺がほんまに優しかったら、今ここでお前のことフッてるわ」
「…っ、それって、」
今にも泣きそうな顔、期待と焦りの混じった顔、染まった頬。
待たせた。むっちゃ待たせた。むっちゃ傷つけた。ごめん、それでも俺、やっぱイチからこの気持ちやり直すなんて、無理やわ。
今で精一杯やもん。
「惚れてもーたやん、どうにかしてくれ。」
「っ、庄司くん!本気!?ほんとに、ほんとに、!?俺、今マイナス297点の男だよ!?」
「そーやな!297点の男やわ、ほんま!それ!今も半泣きやし鬱陶しいし面倒くさいし子供やし!?俺よりアホみたいにデカイし頭もアホやしむちゃくちゃやし!でもな!お前はずっと、ずっとずっとずっと待ってくれた!!」
好きなんや。と、この気持ちが恋やと、知ってもーたら意地でも手放したくはない。
「…古賀を好きにならんほうが、おかしい。これが答えじゃ、あかんかなぁ。」
別れてたまるか。
「俺が彼氏じゃ、あかんかなぁ?」
手離してたまるか。
古賀の両目から、さっきのタマネギの皮むいてるときよりひどい量の水が溢れでる。ふいても、ふいても、ふいても、ふいても、とまらへんそれ。見てられへんくて、ティッシュを握って、古賀の隣に腰掛けて、顔をふいてやろうとしたら、長い腕が伸びてきた。
「…あかんわけ、ないじゃん…っ!」
痛いぐらいに抱きしめられた。俺は何の抵抗もせず、古賀の背中をさする。ひろいな。ひろい背中やな。
あったかいなぁ、古賀、俺の。俺の、古賀。
「骨折れるわ!」
長かった曖昧な関係を終わらせるように、バシッと古賀の背中を叩いた。もう泣かせたりせぇへんから、絶対せぇへんから。
お前こと、すきやねん、いやになるほど。
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