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朝、叶弥は蒼のベッドで目を覚ました。
だが、隣には蒼の姿が見えない。
不安と寂しさに襲われた叶弥は、涙目で周りを見渡す。
「蒼……?蒼……?」
名前を呼びながら周りを見渡して、力の入らない身体を無理やり起こしてベッドから這いずり出た。
目を覚ました時に、蒼の姿が見えないといつも不安で寂しくて、悲しくなる。
早く蒼の顔を見て安心したいと。それだけを考えて叶弥は力の入らない足で立とうとした。
だが、力の入らない足では碌に立つことは出来なかった。それでも、叶弥はただ、蒼の姿を求めて這いずったままドアへ向かう。
力の入らない足に、動かしづらい身体に、らしくない苛立ちを覚えて、それでも早く安心したくて必死に動いた。
蒼。蒼は何処にいるのと。
「.......何をしているんだお前は」
かチャリと音を立ててドアが開き、呆れた様な表情の蒼が叶弥を見下ろしてそう言った。
ドアから覗かせた蒼の顔を見た叶弥は安堵したのか、ポロポロと涙を零す。蒼は叶弥が急に泣き始めたことに驚きつつ、部屋に入った。
「どうした。何をそんなに泣いているんだ」
「だっ.......て.......蒼が居なくて不安だったから.......」
「もう昼時だったからな。氷と炎に頼んで軽食を用意してもらっていたんだ。お前は今日はもう動くのもままならないだろう」
手に持っていたものサイドテーブルへと置き、軽々と叶弥を抱き上げてベッドへと座らせた。
「そう不安になるな。俺はお前を置いてどこかへ消えたりしない」
「約束してくれる?」
「ああ」
口約束など、幻想に過ぎない。確約のない誓い。
それでも叶弥は、蒼の口から紡がれる約束に縋りたかった。
その約束が果たされないのだとしても。
その約束が口にされている間は蒼がそれを思ってくれているのだと思えるから。
「今日から休みだったな」
「うん。3連休だから3日間一緒だよ」
「そうだな。炎と氷にも3日間休暇を与えておいた。とは言っても、食事の支度以外はあの2人は部屋から出ないだろうがな」
やれやれと蒼は首を振る。そんな蒼を見て、ふと叶弥の頭には疑問が浮かんだ。
「そう言えば、どれだけ休みでも食事の支度だけはするの何で?蒼が料理苦手とか?」
そう。2人には定期的に休暇が与えられるが、絶対に料理だけは休むことをしない。
何がなんでも料理だけはと譲らず、蒼が諦めるような形で押しきっている。
もし、料理が苦手だとすれば完璧に見える蒼にも苦手なものがあると言うことだ。
「いや。あの2人が小さい頃は俺が食事を作っていたし、料理を教えたのも俺だ」
「え、そうなの……?」
やはり蒼は完璧だった。
「まあ、食事に関しては自分達も関わることだからな」
「それにしたっていつも引かないよね?ご飯ならデリバリーでも何でも出来るのに」
「嫌なんだろう。俺に対して何もせずにいるのが」
そう言って蒼は懐かしむような目をした。
「どういうこと?」
「以前、拾ったという話はしただろう?」
「うん。2人のこと連れて帰ったって話なら聞いた」
痩せこけていた2人を連れ帰って従者にしたということしか聞かされてはいない。
詳しい話を聞いたことはなかった。
「元は魔女の使い魔だったんだ」
「魔女……?」
おとぎ話だけの世界の存在だと思っていたが、今目の前にいる恋人のこの男もおとぎ話でしか知らなかった吸血鬼だ。
魔女が存在していても不思議ではないだろう。
「俺も詳しくは聞かなかったが、相当酷い仕打ちを受けていたらしい。本来使い魔や従者に与えられる筈の名前さえ持っていなかった。まさに名の無い奴隷だったんだ」
「そんな……」
あまりの過去に叶弥は言葉を失ってしまった。
優しく明るい2人の悲しい過去。
「俺は元々、使用人紛いの仕事はさせるつもりはなかった。従者だからと言って世話役などする必要もないからな。俺は面倒を見るつもりで引き取ったようなものだったから、最初は俺がやっていたんだ。だが、次第に2人は恩を返させてくれとせがんできた。仕方なく一通りの家事を教え込んでみたらこれだ」
はあ、と額に手を当てて溜め息を吐いて見せた。
何となく、あの2人らしい経緯だ。
「とにかく、俺に対して何もせずに休むということが気に入らないらしくてな。せめて食事だけでもやらせろと言って聞かない。一度、無理矢理休ませて俺が食事の支度をしようとしたらそれは大惨事だった」
「大惨事……」
「炎は猫の姿で暴れまわるし、氷は猫のまま鳴いて俺にしがみついて離れない。ならばお前達が飯を作れと言ってみたら嘘のように大人しくなったことがあってから好きにさせている」
思ったよりも強引だったことに叶弥は反応に困ってしまった。
そこまでして食事を作りたいのかと。
「主人に対して何もせずにいるなんて従者として耐えられませんよ」
そう言葉を発しながら、蒼の扉を開けたのは氷だった。
「飲み物をお持ち致しました」
「ミルクとお砂糖はここに置いておきますよー」
ひょっこりと炎が氷の背後から顔を覗かせる。
「ごめんね、2人の話勝手に聞いちゃって……」
「いえ、構いません。聞かれて困るようなことはございませんから」
「そうそう。気にしないでくださいね」
涼しい顔の氷と、あははと笑う炎。
この2人の過去がそんなに悲しいなんて思えない程に幸せそうな顔。
心からの安寧を得ている証。
「懐かしいですね、本当に」
「主人に拾われなかったら餓死してたね俺達」
「がっ……餓死……」
なかなかにハードな言葉だ。
「少し過去話でもしてやったらどうだ。折角の休日の暇潰しにはなるだろう」
「そうですね。では、少しだけお邪魔致します」
氷と炎はベッド近くのソファへと腰を下ろした。
「私と炎は元々町の片隅で生まれた、ただの野良猫でした。それを魔女に拾われ、中途半端に使い魔へと昇格させられ、名前も与えられず、満足に食事さえ頂けない環境に置かれ、終いには役立たずは要らないと捨てられたんです」
淡々と氷は話すが、既にヘビィな内容に叶弥は愕然とした。
「そこからは残飯漁りとかして生きてたんですけど、主人にたまたま拾われて、名前にご飯、綺麗な服に暖かい寝床まで用意して貰って。だからね、俺達は主人の為なら何でもしようって思うんですよ。主人の為に何かしら動いていたいんです」
少し照れ臭そうに笑い、それでも嬉しそうな炎。
同意するようにこくりと頷く氷。
「一度、私達が成長した姿を見た魔女が返せと主人の元へ怒鳴り込みにいらっしゃったことがありましたね」
「ああ……あの女が来た時のことか」
「主人が蹴散らしましたよね。しかも俺達がまだ魔女の契約物だと思ってたらしくて、何度も命令されて困りましたよ」
「何故言うことを聞かないのかと問われましたが、何をバカなことをと思ってしまいましたね」
何故、この3人はそんな話を穏やかに出来るのだろうかと叶弥は驚いたが、きっとそれは今が穏やかで幸せな日々だからだろう。
2人は心から蒼を慕っているし、主人として忠誠を誓っている。
蒼も2人のことを信頼していて、きっと我が子の様に可愛いのだろうと思うと、叶弥は自然と笑顔になった。
「あれからもう100年は経ちますか」
「ひゃ……っ」
それは聞いてない。
年月に驚いてしまい、叶弥は変な声を出してしまった。
「そうだな。100年は前だったと思うが」
「あの魔女さんどうなったんです?」
「あんなもの、他の吸血鬼に餌としてくれてやった。久々の女の血だと喜んでいたな。生きているかは知らん」
やはり、3人は規格外だった。
驚きつつも、3人らしい会話に叶弥は何とも言えない。
そこでふと、気になったことを聞いてみることにした。
「いつから2人は恋人なの?」
「いつ……関係性に名前がついたのは成長して暫く経ってからですね」
「恋人なんて言葉を知らなかったもん俺ら。確か……翡翠様に聞かれて知ったんだよね、恋人」
「ひすい……?」
見知らぬ名前に叶弥は首を傾げた。
「十彩色の1人だ。佇む翡翠と呼ばれていて、名の通り笑顔のまま佇んでいることが多い。十彩色メンバーか従者の前でしか喋らない奴だ」
「その翡翠さんに教えてもらったの?」
「正確には恋人なんだねと問われて初めて関係性が分かった、といったところですね」
「そっか、俺達って恋人なんだ!みたいな。好きって感情も欲情もあるのに、その関係性が分かってなかったんですよね。主人も興味なかったから教えてくれないですし」
炎にジト目で見られている蒼は涼しい顔をして紅茶の入ったティーカップを口元へ運んでいる。
「身体の関係は以前からありましたけれど」
「なっ……」
「ちょっと何言ってんだよ氷!」
氷の言葉に叶弥と炎はほぼ同時に声を上げて氷を見た。
蒼は余程面白かったらしく、声を殺して笑っている。
「最初は擦り合い程度だったんですよ。教えてくださったのは藤様ですね」
「とう……?その人も十彩色の人?」
「はい。翡翠様の恋人です。翡翠様とお付き合いなされる前はかなりの遊び人だったと聞いております。ですから色々と教えてくださったんですよ」
色々、という言葉に叶弥は蒼を見た。
「藤が氷や炎に手出しするわけないだろう」
「そんなことがあれば間違いなく、藤様は主人に殺められていますね」
「初対面でいきなり、俺と氷に可愛いねって言って頬撫でてきた瞬間には主人に首締め上げられてたもんね」
想像に易い。蒼ならやりかねない。
2人に対しても蒼は過保護なところがあるからだ。
「因みに、あの頃には翡翠と付き合い始めていたらしいが破局寸前になったと聞いた」
「おや、そうなんですか」
「翡翠様よく別れなかったですね……」
「別れ話をしたところ死ぬ気で拒絶され、別れを撤回するまでそれこそ死ぬ程に犯されたらしいな。以降は遊びもパタリと止んだ」
吸血鬼は激しい者しか居ないらしい。
叶弥はまだ見ぬ藤という者に恐れを抱いた。
「そんなわけで今に至ります。余談ですが、私と炎にはどちらが上かという概念はありませんから、その時によって変わります」
「俺の方が下役多いですけどね……」
氷の明け透けな話に叶弥は顔を赤らめた。
淡々と恥ずかしい話をするものだから困ってしまう。
「主人に擦り合いを見られた時は焦りましたが」
「俺も終わったーって思いましたね」
「元から行為をしているのは知っていたが、流石に目撃したのはお前達を不憫に思ったな」
自分ならそんな恥ずかしい局面に当たったらどちらの立場でも死にたくなるだろうなと、叶弥はぼんやりと考えた。
「さて、そろそろ私達は部屋へ戻りますので、また何かあればお申し付けください」
「じゃあ、失礼しましたー」
話を終えると2人は軽く一礼をして部屋を出ていった。
叶弥は思いの外、衝撃的な話ばかりで未だ頭がぐるぐるしている。
「……蒼は2人が元は猫っていうのも知ってたの?」
「ああ。猫に姿を変えられるようになる前から分かっていた」
「何で?」
それは当然の疑問だった。
猫になる前なら人の姿でしかないはずだ。
それなのに分かるのは不思議でならない。
「シャノワール。フランス語で黒猫を指す言葉だが、同時に魔女の使い魔である黒猫もまたその名で呼ばれる。初めて触れた時に、魔力を帯びていたから、人間ではないことはすぐに分かった」
「でも、何で分かったの?」
「生粋の魔物や魔女の類でないとするなら、人間か動物が魔術によって魔力を得たと考えるのが自然だ。力を与えるとすれば悪魔か魔女だが、2人を見ると捨てられた奴隷の様だったからな。そんなことをするのは人間上がりの魔女くらいなものだ」
「なるほど……」
長く生きているだけあって、蒼は考察も早かった。
きっと、たくさんのものを見てきたからこそ、すぐに見付かった答えなのだろう。
「2人が初めて黒猫の姿になった時、恐らくシャノワールなのだろうと思ったくらいだな」
「2人も色々あるんだね……」
そして、不意に思うことがあった。
「蒼って拾い物好きだね?」
氷と炎にしても、己にしても。
拾い物をしている気がする。
「たまたまだ。だが、お陰で良い拾い物が出来た」
蒼は叶弥の右頬に手を伸ばし、左頬へとキスを落とす。
触れる程度のキスがくすぐったい。
「さて、折角2人が作ったからな。昼食としよう」
「そう言えば何を作ってくれたの?」
「ホットサンドだ。卵とハムチーズの2種類がある」
「わぁ、どっちも好き!ね、早く食べよ!」
「そうだな」
嬉しそうにホットサンドにかぶり付く叶弥を、蒼は愛おしそうに目を細めて眺めていた。
3日間。休暇を楽しむことにしようと思いながら、蒼もホットサンドに手を伸ばしたのだった。
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