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Leb wohl mein lieber Bruder
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※ Leb wohl mein lieber Bruder(さらば、愛しの弟よ)
背中を打った衝撃で呼吸が上手くできない。
蹴飛ばされたせいで腹と背中が痛い。
だが、そんなことはどうでもいい。
今動けるのは俺しかいない。
痛くても、早く起き上がらないと。
助けに向かわないと……。
体を起こした矢先、先ほど俺を庇った父さんが目の前で倒れた。
刺されたのかお腹あたりからドクドクと赤黒いものが流れ出ているのが見えた。余りにも唐突な光景に、現状を理解することが出来なかった。
目の前の母はいつにもまして鬼のように見える。
逃げなきゃ、と本能的に悟るが足に力が入らない。
父の体から流れ出た血が着衣を染めていく。
俺は震える事しかできない。
りつ兄は先ほど投げ飛ばされた衝撃でまだ気を失ている。
動けるのは俺だけ。
何とかしてここから外へ連絡する手段を小学生の脳みそで考えていると、母が何かぼそぼそと話している声がした。
「……や、る。ゆる……し、こ……てや、る……」
『殺してやる』
そうはっきりと聞き取れた時には遅かった。まっすぐ俺の方に向かって歩み寄り目の前まで来ていた。
すっかり力の抜けた腰。動かない足。ただひたすらに自分の心臓の音を大きく感じる。
死の迫るカウントダウン。
皆を守ることも、抵抗をすることも出来ずに死ぬなんて。
父さん。りつ兄。無力でごめんなさい。
そう思い目を閉じた時、叫び声がした。
目を開けると、りつ兄が母の足にしがみついていた。
「クーは生きなきゃだめだ、今ここで死んじゃだめだ!諦めんな!生きろ!」
りつ兄の叫びに、邪魔が入ったと怒り、足から引きはがし床に投げ付けて母は兄に馬乗りになった。
「うっ……、クー?……生きろよ。死ぬ、な、はぁ。生……き!!くっ、」
兄の最後の言葉を遮るように母はわが子の首に手をかけた。
「やめ……て、」
細い声しか出なかった。
その声は母に届いたのか、大好きなお兄ちゃんは邪魔をしたから罰だよ?と言いながら薄気味悪い笑みを浮かべ、痙攣している兄にむけ腕を振り上げた。
俺はただ腕を伸ばし祈ることしかできなかった。
りつ兄の微かなうめき声を最後に、兄の体は抵抗をやめ動かなくなった。母は微動だにしなくなった体に永遠と刃を刺している。笑っていた。お前らから奪ってやったぞ、なんてやり切った顔に満ちていた。
兄が刺されたということは分かる。だけど何が起きたのか、現状がどうなっているのか頭が追いつかなかった。
赤黒いものが少しずつ足元の方へと流れてきて、徐々に現状を突きつけてくる。
視界が、徐々に染まっていく。
嗚呼、やめて、痛い、嫌だ……。
俺を置いて行かないで、俺を一人にしないで、りつ兄……。
唐突に起こった出来事への衝撃で、意識が徐々に遠のいていく感じがした。
そんな時、誰かが家に入り母を取り押さた。
父が通報でもしてくれたのだろうか。
俺はその隙に必死に兄の元へと体を這いずりながら手を伸ばした。
最後にその手を握りたかった。死んでしまう前に、もう一度だけ。外で歩くときは必ず手を繋いで歩いた暖かい手に、いつも俺を導いてくれる優しい手に触れたかった。
必死に手を伸ばしていると、急に体が持ち上がり兄の前に運ばれた。救急隊の人が気を利かせ運んでくれたのだろうか。
目の前には力の抜けた兄の手、そっと握ると生ぬるく、もう少しで冷たくなってしまうほどだった。
「りつ兄……お、れ……。生き、る、ね……」
最後に振り絞った言葉、意識の遠のく中そっと握り返された気がした。
『じゃあね、クー。僕の自慢の弟よ!』
***
なんだか長い夢を見ていた気がする。
兄と手を繋いで歩いている。途中風が吹き、互いにかぶっている帽子を飛ばされないよう押さえ、笑い合う。いつかの日。
しばらくぼんやりと眺めていると、天井が家とは違うことに気が付いた。
ここはどこなのだろうか。
少しずつ意識がはっきりしてくると、手にぬくもりを感じた。父が俺の手をずっと握っていたようだ。長い時間握り続けていたのか少し汗ばんでいるのが分かる。
起こさぬよう静かに手を離した時、父が勢いよく起き上がった。起こしてしまったと思ったが、それよりも俺の顔を見て急に抱きついては泣き出した。
突然の事でよく分からなかった。なぜ父は泣いているのだろうか。特に外傷は無いし普通に動けるくらいいつも通りの体の感覚だ。
何かあったのだろうか。
泣きじゃくる父。慌てる俺。なんだか変な絵面だなと笑いながら父の背中をトントンと叩いた。
落ち着いたのか顔を上げるとぐしゃぐしゃに濡れていた。俺がそっと袖で拭いていると
「お前は1ヶ月間ずっと寝ていたんだ」
と言われた。
頭にはハテナが沢山浮かんでいた。なぜ俺は1ヶ月もの間寝ていたのか……。
それから中学2年まで、俺は記憶喪失のまま日々を過ごした。
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