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日常
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カーテンの隙間から漏れ出た朝日で目が覚めた。
「 ……p.m.5:30か」
どうやらアラームより早く目覚めてしまったようだ。
今朝もいつもと変わらぬ夢を見た。同じ日の夢。同じ場面。繰り返される目の前の行為。息絶えていく兄の姿……。
今は昔と違い目覚めから硬直することなく起きられるようになったが、体のこわばりだけはどうにもできない。
よりいっそう着色された世界に、いつも動けなくなる。
事件以降、ショックに耐え切れず中学2年まで記憶を喪失して過ごしていたが、記憶が突然戻ってからはより鮮明にそのシーンの夢を見るようになった。
最近では夢を見る頻度も次第に少なくなり、高校入学前の時点で頻度は月一程度と落ち着いていた。しかし、入学式以降またよく見るようになってしまった。
原因はなんとなく心当たりがある。多分あの懐かしい匂いに触れたからだと思う。
落ち着くような兄さんが好んでいた香りだったから……。
朝食と身支度をすませ、挨拶をしに和室へと向かう。
兄が亡くなってから変わらない外出前のルーティン。
いつも通り和室に置かれた仏壇へ向き合い挨拶をする。線香の香りが染みついた和室は、祖母の家へ兄と遊びに行った日のことを思い出す。落ち着く匂いだ。
右手で持った線香の火を左手で消し、香炉(ころう)に立てる。
チーン、チーン、チーン
陽光な空気の中、静かに死者への音がその場の空気を染めていく。鐘の音色の余韻に浸りながら、静かに手を合わせた。
――俺はもう、大切な人は作らない。これ以上特別を作ったら、俺はもう立ち上がれない気がするから。
軽く和室の掃除をしていると、誰かが起きてくる音がした。
「あぁ、黒羽おはよう。もう行くのか気をつけてな。父さん今日は早く仕事が終わりそうだし、游ちゃんと一緒に久しぶりの外食でもどうだい？」
「いいよ別に、それより游まだ起こしてなかった」
「昨日は緊急で実家に戻ったみたいで朝帰りだったからね、父さんが起こしておくよ。行きたい店は二人で決めていいから決まったら連絡頂戴ね」
「分かった。行ってきます」
「はーい、いってらっしゃい」
父さんに向けてと、もう一人心の中で挨拶を送る。
――葎羽、行ってきます。
＊＊＊
游とは生まれてからの幼馴染だ。一身上の都合で引っ越しと同時に県外の高校へ行くこととなった俺に着いてきて、現在は同居している。
俺と游の父同士が高校の同級生で、同じ職場の同僚でもあり、子供たちは幼馴染と互いに家族ぐるみで仲が良かった。游が俺と同じ高校に行きたいと言った時、一人暮らしの案が出たが高校生の間だけでも同居するかという提案に游一家は即了承した。むしろ行ってきなと後を押すくらいの賛同だった。
大学ならまだしも、急に県外の高校へ行きたいという意向を了承したのかが気になり直撃したことがあった。答えはただ単純だった。
「自分で選んだ道なら行ってきなさい。選んだからにはしっかり向こうでも楽しんで、家のことは特に気にすることないから、ね？」
と逆に追い出されたらしい。
游の母さんらしいと思う。人の意見を否定せずに肯定して背中まで押してくれる。流石看護師という仕事をしているからだろうか。
俺自身も記憶を取り戻した時の情緒はひどいものだったが、游と游の母親が寄り添ってくれたおかげで急なフラッシュバックからのパニック障害はそれほど起こることはなく、普通に過ごせるまで回復できた。
色々と過去のことを思い返しながら駅に向かって歩いていると、後ろから誰かが激突してきた。
「クロー！はぁ、おはよ、ぉ、ゲホッゲホッ」
「……!?」
俺は余りにぼーっとしていたせいか驚きが大きく、数秒動きが停止してしまった。
「え、あ……なんか悪かった。そんな驚かす予定なかったんよ」
「あぁ、別に、おはよう。上の空だった俺が悪かった。てか走って来たのか？急がなくても十分間に合う時間だったろ？」
「あんね？何年一緒に登下校してると思ってるの？俺の隣には常にクロがいないと違和感しかないくらいなんですよ。もうその日常が馴染み過ぎて、今度からは置いていかないでね？俺泣いちゃう」
そう言いながら犬みたいなかわいい顔を全力で作っていたのを見て、いつもの游だと笑ってしまった。
「それにクロはいつも何考えてんのか、上の空っていうか、とにかくぼーっとしてることが多くて危なっかしいじゃん。気を付けないとそのうち転ぶよ？まぁ、俺が受け止めてやっけどな！」
「そんな俺がドジっ子みたいな言い方をするな」
余りにも年齢に合わない会話をしていたことに、互いに顔を合わせて笑った。
子供の頃から変わらない俺たちのやり取りだが、こんな風に游がどこにでも着いてくるようになったのはいつからだろう。
あまり覚えてはいないが、きっと事件以降だと思う。
過去に一度、もう大丈夫だと伝えたことがあった。だが、好きでやってるだけだしとはぐらかされてしまった。
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