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朱い水 第1章⑩
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「お帰りですか?」
「あっ、あぁ」
やっぱり声はでかい。
「あ、あの、あの」
「ん」
「おおお疲れ様でした!」
「ぷっ」
「??」
あはは、と声を出して笑うと、何故そんなに笑っているのかわからない姫川の頭からハテナマークがたくさん飛び出ている。
「お前、それ言うためだけで走ってきたの」
「はっはい。先輩を見つけたんでっ」
「タオル握りしめて?」
「はいっ」
なんとも可愛らしい。
清野がからかうから少しビビっていたが、ただの可愛い後輩だと思えばなんともない。
それに、ここまで慕ってくれるのは嫌じゃない。
「今日姫川凄かったらしいな」
「へっ」
「20周レース。30人以上の中で6位だろ。特待の奴も抜かしたみたいだし」
「えっとあっえっあのっ」
まさか褒められると思っていなかったのだろう。
暗闇でもわかるぐらい姫川の頬は火照っていて、タオルがどんどんグシャグシャになっていく。
「体力があるのはいいことだよ。技術なんかいつでもいくらでも身に付く。頑張れな」
「はいっ!!」
「……お疲れ」
「っしたっ!!!」
深く深く90度体を曲げて礼をすると、ブンっと音がなり風が吹き起こった。
くっくっくっ…おもしろい奴。
嬉しそうに笑いながらその場を後にすると、姫川はその智希の後ろ姿を見えなくなるまでずっと見ていた。
泉水先輩………
もはや、目はハート型である。
そんな穏やかな空気の中、危険因子が潜んでいた。
「あいつ、なんかうぜぇな」
「泉水さんに軽々しく話しかけんなっての」
体育館の隙間から先ほどの一部始終を見ていた(実際には姫川の大きな声しか聞こえなかったが)置田、菅沼、長谷部だ。
3人もまた、智希に憧れ普通科で入ってきた一年生だ。
「ちょっと、やっちゃいますか」
「制裁制裁」
「やっぱスポーツマンだし、縦社会わかってねーとな」
ニヤリと笑うその影に、スポーツマンらしさなんて微塵もない。
3人はまだ智希のいた所を見ている姫川を睨みつけると、更衣室へ戻っていった。
「……………ふーん。くだらね」
その、さらに3人を見ていた。
佐倉だ。
大きく溜息を付きながら更衣室へ向かった3人から目を反らすと、やっと戻ってきた姫川を見つめる。
「……姫川…お前も…」
それ以上は声が出ず、佐倉も体育館を後にした。
「忘れもんない?」
「うん。じゃあ行って来る。なるべく日付が変わる前に帰って来るよ」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
土曜日の夕方、有志は呼ばれていた結婚式の2次会へ行った。
見送り家の鍵を閉めると小さく溜息をつきながらリビングへ向かう。
昼ごはんは一緒に食べたものの、折角部活も有志の仕事もないっていうのに夜は一人だと思うと少し憂鬱だ。
時計を見れば17時を回ったところで、何かおもしろい番組はないかテレビをつけたものの夕方の土曜日は正直、おもしろくない。
「そういえば晩飯どうすっかなー」
ソファにもたれて天井を見ながら呟くと、まるで盗聴でもされていたのかと思うほどタイミングよく携帯が鳴った。
体を乗り出してディスプレイを見ると、どうもメールではないらしい。
「電話か」
透明なテーブルの上に無造作に置いていた携帯を取り着信者を見ると、そのまま通話ボタンを押して再びソファにもたれた。
「よぉ、どうした」
『すげぇ、携帯ちゃんと持ってたんだ』
ケラケラと笑い声が少し篭って聞こえる。
電話をかけてきたのは、クラスで一番仲の良い真藤だ。
「なに」
『今暇か?』
「それほど暇ではない」
嘘だ。
暇すぎて近くの公園にバスケでもしに行こうか考えていたぐらい暇だ。
『そうなんだ。時間あるならさ、飯行こうかなーって思って』
「行く」
『暇じゃないんだろ』
再びケラケラ笑う声が聞こえた。
真藤もわかっているのだろう。それほど智希は忙しくないと。
「ご飯なら行く」
『いいのか、親父さん』
「今日は飲みに行った」
あぁ、だからか。とまた笑い声。
なんとなしにつけたテレビを消し立ち上がると、リビングを去り部屋へと向かう。
「それにしてもどうしたんだ、いきなり」
『いや、実はさ』
「…………」
この沈黙は、経験がある。
「……合コンか」
『正解!なんかお前のこと気に入ってる女の子がいるみたいで、3対3で飯行かね?って』
「真藤の奢りな」
『なんでだよっ』
部屋に入り扉を閉めると、ベットに崩れ落ち時計を見た。
「何時から」
『18時。どうする、行くか?』
「晩飯食いに行く」
『おっけ』
クスクスと優しい笑い声が聞こえなんだかその声に安堵すると、思わず寝てしまいそうだったので起き上がり音楽をつけた。
「どこで待ち合わせ」
『いつもの西口駅のミスド前』
「オッケー、んじゃあとで」
『おー』
ピっと音を立てて携帯を切ると、もう一度ベットに崩れ落ち目を閉じた。
合コンか。
つい先日だったら喜んで行ったのに、なんだか気が気じゃない。
佐倉だ。
あいつ、俺に彼女が出来たらどうするんだろう。
やっぱり、物分りの良い言葉を言うのだろうか。
それにしても自分は悪魔だな。
人の気持ちに付け込んで、と自己嫌悪する。
「やばい、寝ちまいそう」
起き上がると音楽を止めパーカーにジーパンというラフな格好のままバスケボールを持って部屋を出た。
階段を降りながら携帯を見ると17時30分ほどで、15分ぐらい汗を流すため公園に行こうと思いつく。
携帯、そして家の鍵とバスケットボールだけを持って外へ出た。
4月といってもまだまだ肌寒い。
太陽はまだ沈んでいないけれど、寒さのせいか人通りは少ない。
土曜日の夕方ともなれば近所の子供達が親に連れられて家に帰ったり、買い物から戻ってきたりするというのに。
「やべ、寒いな」
運動しに行くからといって軽装過ぎたかと身震いすると、向こうから仲良さそうに手を繋いで歩いてくる親子がいた。
「…………」
子供は5歳ぐらいだろうか、前をドロだらけにしてニコニコしながら歩いている。
頬が赤くやんちゃそうな男の子だ。
そのドロだらけの子供に、怒っている様子は全くない母親が幸せそうに子供を見下ろしていた。
誰が見ても思う、幸せそうな親子。
「母親か」
通りすぎたとき、ちょうど子供の声が聞こえた。
「今日ね、お父さんと一緒にお風呂に入る約束したの」
「そう、よかったね」
「うん!」
「…………」
母親との記憶は全く無い。
恋しいとも思わない。
むしろ、後ろめたい。
智希は目を閉じその親子とすれ違うと、ぎゅっと手を握り少し、震えた。
家から徒歩2、3分ほどにフェンスで囲まれたバスケット場がある。
バスケット場といっても1面のみで、ここの土地の持ち主が元々バスケが好きで作ったらしい。
今では誰でも使っていい公共の場となったが、たまにガラの悪そうな奴等がタバコを吸っていたりするのでよく確認をしてから。
智希はiPodを付け音楽を聴きながらそっとコートの中を見ると、先約があったようでゴールが揺れる音がした。
「ち、先約か」
残念そうにその場を去ろうとすると、ふと誰かに似ていることに気づく。
「ん?」
もう少し目を凝らして見て見ると、佐倉だった。
「っ…ほっ」
もう何時間もここで練習をしているのだろう、汗だくだ。
シュートを打ってはボールを取り、またシュートを打つの繰り返し。
いつ終わるかわからないその表情は少しゾクっとした。
「………」
思わず、フェンスの扉を開けて入ってしまった。
イヤホンを取ってゆっくり中に入っていくと、気づいたのか佐倉が警戒しすぐ後ろを振り返った。
「っ…はぁ…はぁ……え、泉水さん??」
「あ、やっぱり佐倉か」
佐倉は本当に驚いた様子で持っていたボールを思わず落としてしまった。
ポンポンと跳ねながら智希の方へ向かっていく。
「お前んち、近所なの」
「あっ…いえ………秋田に…この辺でバスケできるところ聞いて…チャリで…」
「秋田?あぁ、特待の奴か」
「あいつはこの辺近所らしく…」
「へぇ」
なぜか佐倉は緊張していた。
いつものような余裕さはない。不思議だ。
「?なに、なんでそんな驚いてんの」
「いや、まさか休日も会えるって思ってなかったんで……」
「嬉しい?」
「はい」
「……………」
こっちが照れるっての。
言われた本人ではなく、おちょくろうとした本人が顔を真っ赤にした。
佐倉のボールを取り自分のボールと重ねて器用に持つと、照れ隠しのように近づいてボールを返した。
「……どうも」
「お前、どのぐらいここにいんの?汗びっしょりじゃん」
「……今何時すか」
「………17時30分過ぎ」
「じゃあ…3時間ですね」
「そんな?!」
「はい」
呆れた。
そう顔で言うと、佐倉はクスっと笑い汗を袖で拭きながら返されたボールを手にして走り出した。
「泉水さんに追いつきたいからね」
「…………」
綺麗に弧を描いてシュートされたボールは、吸い込まれるようにゴールの中に入っていった。
思わずその綺麗なフォームは言葉を失う。
「先輩」
「……ん」
「ワンオンワン、しませんか」
「……別にいいけど汗だくじゃん」
落下したボールを拾い振り返ると、その爽やかな笑顔のままボールを床に置き指を差し出した。
「1日だけ」
「ん?」
人差し指を出して智希を見つめるその行動はまだよくわからない。
「ワンオンワンで、10分以内に俺が泉水さんからポイント取れたら、1日だけ俺のこと好きになって」
「はあ?」
「いいでしょ、1日ぐらい」
ニコリと笑いその妖艶さに負けそうだ。
「1日だけって……」
「ずっとでもいいですよ」
「それは無理」
「即答っすか」
機嫌悪く口をへの字に曲げると、諦めないと智希に近寄りもう一度人差し指を出す。
「お願いっ!1日だけっ!」
「………いいよ。そのかわり本気出すからな」
「了解です」
智希はiPodをコートの端に置くと、軽く柔軟をしながら佐倉の元へゆっくり歩いた。
「……容赦ないですね」
「いやあでも何回か危険だったよ」
佐倉はコートに寝転びゼーハーと息を荒くして倒れている。
智希も座り込み汗を流しながら空を見上げると、澄んだ空が暗くなり始めていた。
勝敗は、智希の勝ちだ。
佐倉は悔しい反面、憧れの人とワンオンワンが出来ることに喜びを覚えていた。
これで1点入れてたった1日だけでも自分のモノになればいいのに…と、少し後悔は残るが。
「…また……勝負してくださいね」
「しないよ」
「なんで」
「賭けが、不純すぎる」
「…………」
言い返すことができず黙っていると、足音が聞こえ智希が近くにいるとわかった。
でも、顔はまだ上げない。
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