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朱い水 第2章㉔
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「な、何があったんだよ佐倉」
智希の退場にザワつく中、姫川が慌てながらやってきた。
智希と怒声が結び付かないのだろう。真剣に意味がわからないという顔で佐倉を見ている。
「ううん、ちょっと。今の先輩は繊細だから」
「?」
「なんでもないよ」
「??」
わからない。
そんな顔をした姫川を置いて佐倉はボールをゴールへ投げ、簡単にロングシュートを決めた。
散々。
今日の智希にはその言葉が似合うだろう。
授業中は教師に当てられても聞いておらず答えられないし、部活では朝練で怒鳴ったことが響きみんなピリピリしている。
監督にも、あまりにも身が入っていない為帰れと怒鳴られた。
鞄を背負い、まだ明るい道路を歩く。
何回目か、何十回目かわからない溜め息をつきながら近所の公園に寄った。
ベンチに鞄を置いて座ると、背もたれに身を預け目を閉じた。
静か。
ではない。
子供達が集まってサッカーをしている。
キャッキャッとじゃれ合う子供に全く罪はないけれど、正直煩い。
「…帰るか」
やはり落ち着くことは出来なくて、智希はゆっくり立ち上がるとまた、溜め息をついた。
「ただいまー」
バタン
ガチャ
返事はない。
有志は肩を落として靴を脱ぐと、リビングのドアの隙間から微かにおいしい匂いがした。
「智希っ」
帰っている。
晩御飯を作って待ってくれている。
嬉しさのあまり靴を直さず脱ぎっぱなしのまま中に入り勢いよく扉をあけた。
バンっ
「智っ希、」
電気はついている。
料理もちゃんと用意されている。
でもそこに、一人分の料理しかない。
そこに、智希の姿はない。
有志の鞄が音を立ててフローリングの上に落ちた。
智希のいないリビングを後にして、鞄も床に落としたままゆっくりと二階に上がる。
靴はあった。
きっと部屋にいるのだろう。
階段を登りきり、何かの恐怖に震えながらコンコン、と二回ドアをノックした。
「智」
コンコン
「智希、いる?」
返事はない。
まさかいないのだろうか。
そっとドアに耳をあて中の様子を伺う。
『……シャカシャカ…』
微かに音楽の音が聞こえる。
智希の好きな洋楽だろう。
智希は、中にいる。
「智、ごめん。ちょっと…いいかな」
でも、返事はない。
動こうとする音も聞こえない。
「智、話だけ、話だけでも……させて」
ドアに額をつけ寄りかかると、小さく、時には大きく。
何度も智希の名前を呼ぶ。
「智、智希、お願い智、智お願い……開けて」
智希の部屋に、鍵はついていない。
しかし今の有志に、このドアを開ける勇気はなかった。
開けてもらうまで。
話を聞いてもらうまで。
そう思い部屋の前から離れることは出来ない。
「……智希」
何十分、何時間もここにいるつもりだった。
しかし突然足音が大きくなり、その扉は開かた。
ジャージにTシャツとラフな格好のまま智希が現れた。
「っ…智」
パァっと有志に笑顔が戻った。
しかしすぐに。
「明日、朝練早いから」
「あっ、ご、ごめん」
バタン
すぐに閉じられた。
また目を見てくれなかった。
「ごめん」
とても小さく、中の智希に聞こえたかは定かではない。
智希は扉をすぐ閉めると、真っ暗な部屋の中立ちすくんでいた。
ダメだ。
見られない。
有志の顔が見られない。
逃げる事しか出来ない。
「ぅっ」
智希は自分の髪の毛を鷲づかみにし、喉の奥で悔しさを漏らした。
朝目が覚めて、すぐリビングに行ったけれど智希はいなかった。
テーブルにはお弁当と朝食が置かれている。
一人分。
決して大きくはない家なのに、こんなにシンと静まり広く感じたのは生まれて初めてではないだろうか。
「朝起きられなかった俺が悪い…」
有志の独り言が宙を舞っていて、時計を見ると7時5分。
はぁ、とため息をついて、倒れるように椅子に寄りかかり座った。
おいしそうな匂いのみそ汁は湯気がたっていて、さっきまで智希がいたことが伺える。
いつも通り。
ただそこに智希がいないだけ。
「いつも通りってこんなに辛かったんだな」
重く頭を垂れて、テーブルへ崩れるように体を預けた。
「智さ、最近元気ない?」
「そうっすか?」
部活中、シュート練習の順番を待っていた清野がぽつりと喋った。
前から少し気になっていたのだろう、躊躇いながら首を傾げる。
「なんつーか。月曜日からおかしいよな。月曜日は怒鳴ってたみたいだし」
「忘れてください」
最低だ。
佐倉にあたるなんて。
佐倉とその場にいた部員全員に謝ったが、自分の中であの日のことは許されない。
その苛立ちの意味を唯一知る佐倉は最近智希に寄ってこない。
一部で、佐倉と智希が喧嘩をしているのではないかと噂がたっている。
「姫が心配だーって顔してんぞ」
清野にガシリと腕で首を組まれやや息苦しくなりながら横を見ると、ボールを持ちながら二人の行動を見ている姫川がいた。
「そういえば清さん、姫川になんかした?」
「…なんで?」
一瞬間を置いて清野はとぼけた表情でそう言うと、智希に振りほどかれ簡単に後ろへ下がった。
智希は清野のせいでゆるんだシャツを戻しながら、もう一度姫川を見る。
今度は見てない。シュートを打ちに行ったようだ。
「最近あいつ、清野さんがいる時絶対俺に声かけないんですよ」
「へぇ」
気づいてたか。
「で、最近清さん俺の所ばっかいるし」
「そう?」
これも気づいてたか。
「あいつ純情なんだから、からかったらダメですよ」
「からかってないよ」
即答で驚いた。
しかも表情は真剣だ。
「からかってなんか、ない」
そう言いながら姫川を見つめる清野の目は、どこか暖かくて鋭かった。
「まさか、好きとか?」
「どうかなー」
思わず絶句。
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