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カレーライス1
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終わりがない。どこにもない。
右側のこめかみがずきずきと痛むからおさえたまま時計を見れば、時刻はもうすぐ二十二時だ。
誰もいないオフィスの中は静まり返っている。
何時間働いているんだろう。
まともな計算もできなくなってきて、むしゃくしゃしながらコーヒーを一口煽ると手元のスマホに通知がきていた。
『今日も遅くなりそう?カレー作って待ってるよ』
なんだか気の抜けたメッセージに肩の力が抜けて苦笑した。張り詰めていた気分が少しゆるむ。
文面だけ見たら恋人だと勘違いされそうだが、差出人は俺の幼なじみだ。
小さな頃から世話好きな輝(てる)は、現在社畜まっさかりな俺を心配してたまに夕飯を作りに来てくれる。
輝の作る料理の味を思い出したら、もうひと踏ん張りできそうな気がした。
『頑張って帰る』
返信してもう一度パソコンの画面に向かう。
まとめきれない膨大な資料を見つめていると、川上課長の声が頭の中で何度も再生された。
『赤根(あかね)、これ朝イチな』
なんて残酷なんだろう。
約五時間前に輝の手料理を食べられる、なんてうきうきしてた俺をどん底へ落とした一言だった。
ここで許される返事は「はい」の一択しか存在しない。
川上課長はうちの課で一番の営業マン。そして俺はといえば七年という勤続年数のわりにぱっとしない平社員。
力関係は明らかだった。
要は仕事ができないやつは資料でもまとめて一ミリでも貢献しろってことだろう。
どうして終業時間直前に頼むんだろう、とか、この膨大な量をひとりきりで、とかそういう事実は見ないフリをする。
それがどんなに情けなくてもここで生きていく術だった。
二十三時を指す頃にようやく一段落ついた。始発で来て最後の仕上げをすれば間に合う。
さっきよりも増したこめかみの痛みと共に目が霞む。長時間パソコンに齧りついていたせいだろう。
オフィスを後にして、早足で駅まで急ぐ。なんとか終電には間に合ってほっと息をついた。
輝のカレーだ。駅から出て夜空を見上げると、口元に笑みが浮かんだ。
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