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第十六話
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結局バイトが終わった後、結斗は純の家に行かずに、自分の家に帰った。一日ぶりに見た息子の顔に、母親は「まーだ、ぶすっとした顔してるし」と呆れた顔をした。
夕飯も作らずに無言のまま自分の部屋に籠城していると、珍しく母親が料理している音が台所から聞こえてくる。
結局、結斗が何もしなくても、家事は回るし、純のそばに自分がいなくたって純は楽しくやっている。楽しくないのは、寂しいのは自分だけだった。ひとりで歌ってわかったのはそれだけ。
(……寂しい)
ベッドの上でごろごろしながら迷っていたが、このまま純を無視することはできなかった。
枕元のスマホを手にとって純にメッセージを送る。きっとバレる本当と嘘を書く。
――ごめん、今日行けない。お腹痛い。
ゴメンって謝っているクマのスタンプを送った。返事はすぐに返ってきた。
――また、今日もあのラーメン食べたの?
猫の頭にクエスチョンマークが付いているスタンプが返ってきた。
めったに送ってこない純からの二度目のスタンプを見て、結斗は、純は純なりに何か結斗のことを気にしているのかもしれないと思った。
――今日は、ふわとろオムライス。
――そう、お大事に。ねぇ、結斗。
急にメッセージで、名前を呼ばれてドキリとした。二人で会話しているのだから、相手は結斗しかいない。
それなのに名前を呼ばれる。
――なに?
――寂しい。
何言ってんだよ。誰が? お前? ありえないだろ。結斗は昼間の部室と同じように、また泣きそうになった。お前は、俺と違うだろ。そう叫びたくなる。
――ばーか、嘘つけ。
――ホントだよ。
純の言葉が、頭の中でずっとこだましている。こうやって、純が甘やかすからいけないんだと思った。
寂しい時に、寂しいって言われる。そうして、まだ一緒だから大丈夫だって安心してしまう。全然大丈夫なんかじゃないのに。結斗は大丈夫だけど、純が駄目になる。
――なぁ、なんで俺のこと分かるんだよ。
そう返していた。会話になっていない。寂しいって言ったのは、純だ。
けれど、寂しいのは結斗だ。
――俺もお前も、そう変わらないってことじゃない?
――答えになってないし、もう寝る!
――はいはい。おやすみ。
気づいたら、そのまま夕飯も食べずに寝ていた。多分、昨日、純から返事がこなければ眠れなかったと思う。いい加減、安定剤代りに純を使うのをやめたかった。
そして、翌朝、目が覚めたら、結斗の望み通り世界が変わっていた。
昨晩のうちに、瀬川が投稿した、MOMOの動画が、サイトのカテゴリーランキングで日間一位になった。
結斗は、その結果を見て、過去の自分のことを思い出していた。
クリスマスイブのこと。
調子が悪い中で歌った、不完全燃焼の歌。後悔しか残っていない。もっと自分はいい歌が歌えるのに、最低な歌を純に聴かせた。本当に聴かせたい、大好きな歌が純に届かなかった。
下手くそな歌。
周りの評価に対して、自分の声を、歌を好きになれなかったのはこれが二度目だった。
瀬川からのメッセージの最後には「お前、この先どうしたい?」と書いていた。結斗自身、結果を見て嬉しいよりも戸惑っていた。純へのあてつけで歌った。それが想像していた以上に周りから評価された。
――ただ、それだけのことだろ。
結斗は勢いをつけベッドから上半身を起こし、枕元にスマホを放り投げる。
土曜日は母の仕事が休み。まだ寝ているだろうと思ったが、リビングへ行くと休みの日にしては珍しく化粧も身支度も終えた母は、ちょうど出かけるところだった。
「起きたの? 私もう出るけど」
仕事に行くにしては手に持っている荷物がいつもより多かった。
「……土曜なのに仕事?」
「あれ、言ってなかった? 今日から父さんのところ泊まってくる」
聞いてねぇよと思ったが、いつものことなので聞き流す。母親がいなければ生活できない小さな子供でもない。
「いつ帰るんだよ?」
「月曜日の夜」
「あっそ、行ってらっしゃい。父さんによろしく」
洗面所で顔を洗っていると、顔を上げた時に母と鏡越しに目があった。
「あんた、もう元気になったの?」
「何が?」
「母親がめずらしく作ったご飯も食べずに、爆睡してたから」
「いつも作れよ」
「えーなになに、ママのご飯がそんなに好きだったの? 言ってよ、作らないけど」
「自分で作ったご飯の方が好き」
濡れた顔をタオルで拭いていると「この正直者め」と言われ、寝癖だらけの髪をさらにぐしゃぐしゃにされた。
「そうだ今日純くんの家行くなら、机の上に置いてるお菓子持って行ってね。東京出張のお土産」
「なんで、息子の俺にじゃなくて純に土産なんだよ」
「どうせ行くじゃん。あんたは純くん家で一緒に食べたらいいでしょう。じゃあ、行ってきます」
事実、今日こそ純の家に行く予定だ。そのまま母を送り出し、昨晩作ったという母親作のオムライスをレンジで温めた。
「また、オムライス」
そう、ひとりごちる。
昨日は、昼に大学でオムライスを食べた。冷蔵庫にある残り物の食材で作るのは良いにしても、計画を立てるとか調整をするということをしない。母親のこういう部分を見るたび彼女に何十人も部下がいるなんて嘘だと思う。チキンライスのなかに入っている刻んだ玉ねぎも人参も、絶妙に炒め足りないから苦いし味付けも薄い。文句を言えば「じゃあ、ご自分でどうぞ?」と返されるだろう。その結果が今の自分の料理の腕だ。
最後まで食べた感想は変わらず「自分で作った方が美味い」だった。それでも、母親の料理だなと思うだけで改善して欲しいとは思わない。わかりにくい母親の愛情みたいなものを感じるのは、いつだって、このくそまずい料理を食べた時だ。
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