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[序幕] 第一話【死者の日の夢】
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『夕立《ゆうだち》』
『夕立や』
なんだよ……うるせぇな……
『夕立』
『美しい夕立』
静かにしてくれ……
『こっちへおいで』
『夕立』
『はやくおいで』
厭だ……そっちには行きたくない……
『お前は私のものだ』
違う……
『さあ』
『さあ』
『さあ』
『さあ』
やめろ……
『おいで』
『おいで』
『おいで』
『おいで』
やめてくれ……
『逃しはしない。お前は必ず、私のもとへ来る』
黙れ……
『もうひと押しだな、夕立』
『はやく楽になりたかろう?』
『こちらへ来るんだ』
厭だ……行きたくない……もう放っておいてくれ……
『やれやれ、相変わらず強情よのぅ』
『どんなに抗おうと無駄なこと』
『お前は私の片割れだろう』
違う……お前らなんか知らない……
『愛しい夕立』
『はやくおいで』
やめろ……やめてくれ……俺は誰のものにもなりたくない……
そもそも……お前らは誰だ……?
『おかしなことを』
『とうに知っているだろうに』
もう疲れた……考えたくない……
『お前はなにも考えなくて良い』
『ただ答えればよいだけだ』
そうか……最初からそうすれば良かったのか……
『さあ、来ると言え』
……でも、なにか……なにか忘れている気がする……
『夕立や、かわいい夕立』
『さあ、さあ』
『考えるな』
『はやく来い、夕立』
うるせぇな……わかったよ……楽になれるのなら、もう……
【よせ、夕立】
今度はなんだ……
【ぬしには大事なものがあるじゃろうが。あちらへ行ってはならん】
大事なもの……? そんなもんねぇよ……
【やつらの口車に乗るでない。必ず後悔する事になるぞ】
なんなんだよ……お前らいったい誰なんだ……
俺になにを求めてる……?
『かわいい夕立』
『ただお前が欲しいだけさ』
『美しい夕立』
『おいで』
『さあ、はやくこっちへ来い』
【見てはならぬ。耳をかしてはならぬ。答えてはならぬ。しっかりせんか、夕立】
めんどくせぇ……
うるさい、うるさい……てめぇらみんな、うるさくってしかたねぇ……
【思い出せ、ぬしのかたわれを。ぬしの大切なものを】
〝君と私は2人で1人だ。何があろうと、それだけは忘れないでくれ〟
嗚呼……思い出した……
俺とお前は────────
「──ち……起きなさい、夕立」
「……ん、ぅ……」
「いつまで寝ているつもりですか。起床時刻はとうに過ぎていますよ」
深い眠りの底から意識をすくい上げたのは、陀津羅《だつら》の声だった。重い瞼を開くと、美しい白髪を額の左にある角《つの》で分け、穏やかな笑みをたたえた見慣れた顔がある。怠い体を起こして辺りを見回すが、何の変哲もない自分の部屋だ。
漆黒のざんばら髪をかきあげ、先程の夢を思い出す。何人もの声にしつこく名を呼ばれ、うるさくてしかたがなかった事は覚えている。最後に呼びかけられた声は聞き覚えがあるような、無いような、懐かしい声だった。
まだぼんやりと半覚醒に呆《ほう》ける夕立を、陀津羅は苦笑を浮かべて見下ろしている。
「しっかりなさい。ただでさえ今日は忙しいんですよ。企画係の貴方がそんな調子でどうするんです」
「……企画? 今日、なんかあったか?」
気怠く答えると、陀津羅は深く嘆息して額に手をやった。
「貴方が言い出したんでしょう。今日は現世がハロウィンだから、こちらでも地獄なりのハロウィンをやってみよう、と」
「……そう、だったか……」
夕立は煙管に火をつけ、紫煙を吐きながら得心した。ハロウィンは日本古来の催しではないが、やはり死者の祭りという点で何かしらの影響を受けるものらしい。だからあんな夢を見たのだ。通常、繋がるはずのない所や相手へ、夢という特殊な空間を介して繋がってしまったのだろう。
仏教において人は没後、よほどの善人か悪人でない限り、7日ごとに十王による裁判を受ける。
ここは冥府。十尊庁がひとつ、閻魔庁である。閻魔王が取り仕切り、右大臣の夕立、左大臣の陀津羅が補佐につく、第五番目の裁判所だ。
「Trick or treat《いたずらか、お菓子》、か……」
「さあ、はやく着替えてください。貴方が焚きつけたせいで、獄卒たちは昨日から浮かれっぱなしなんですよ」
「んー……わかった、わかった」
夕立は頭を掻きつつ寝台から起き上がる。背に黒い曼珠沙華の紋《もん》が入った紅緋の着流しに着替えると、仕上げに愛用の鉄扇を黒い帯の間に差し込んだ。
身支度を終え、扉を開けて待つ陀津羅の後を追う。先を行く黒い着流しの背には白い曼陀羅華《まんだらげ》の紋が咲いており、それを見てふと夢の言葉を思い出した。
〝君と私は2人で1人────〟
遥か昔、確かに聞いたそれを懐かしむように、夕立はひっそりと口角を上げるのだった。
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