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パタン、とドアを閉める。
ついこの前──シャワールームで倒れた時も、この部屋で先輩と二人きりになったのに……
何でだろう。今の方が緊張してて、ドキドキが止まらない。
先に部屋に入った先輩が、物珍しそうに部屋の中を見回す。造りはどの部屋も一緒なのに……等と思いながら、背を向けている先輩にそっと近付く。
「……椅子代わりに、ベッド使って下さい」
声に反応して振り返った先輩が、僕の顔をじっと見る。その真っ直ぐな視線に耐えきれず顔を逸らすと、ベッドの掛け布団を捲り上げ、下から覗いたベッドシーツの皺を両手で伸ばす。
「んじゃ、伊江も座れ」
綺麗に整えた場所の隣に、先輩がドカッと座る。
「………は、はい」
適正な距離を置き、慌ててそこに腰を下ろす。
休憩所の長椅子に座っていた時と全く同じ状況なのに、凄く緊張する。……顔が熱い。
「……さっきの話だが」
「……」
「こんな世界に変わっちまった頃、伊江はまだ学生だったんだな。……どんな感じだったんだろうなぁ」
此方を見ず、真っ直ぐ前を向く先輩の目尻が少し下がり、穏やかな色を含む。
僕の緊張を解そうとしてくれたんだろう。先輩らしい。
「………本当に、普通の平凡な男子高生ですよ。仲のいい友人がいて、好きな女の子がいて……」
「好きな……女?」
「はい。髪はショートで、とても活発な元気な子で……」
あれ──言いながら、ふと気付く。
瞬間記憶能力のある僕が、何故か彼女の顔をハッキリと思い出せない。
あの頃の僕は、確かに彼女の事が好きだった。密かに想いを寄せていて、恋心を募らせ、卒業式当日には告白しようとまで決めていたのに。
……なのに。彼女の事を思い出そうとすればする程、その顔は──
「……先輩に、似てる……かも……」
「ハハッ。俺に似た女子って、どうなんだソレ」
僕の言葉に、先輩が吹き出す。
逞しくて男らしい先輩の太い腕。ふわりと香る、先輩の匂い。
そこから視線を外し、直ぐに目を伏せる。頬が、熱い。
「………あの、先輩」
「何だ?」
「少しだけ、寄り掛かっても……いいですか?」
ドクン……ドクン……
『生きていてくれて、良かった』──カズもあの時、同じ事を言ってくれた。
酒浸りで引き籠もり、人として駄目になっていく僕を抱き締めて、正面から受け止めてくれた。僕がここにいる事を、否定もせず。
虚無感に襲われ、渇ききっていた僕の心に潤いを与えてくれて……それから──
「──!」
肩に手が回され、力強く先輩に引き寄せられる。
ふわりと鼻腔を擽る、先輩の匂い。柔らかな温もり。
ドクン……ドクン……
そっと先輩の横顔を盗み見れば、それに気付いた先輩が僕を見下ろす。
向けられたその瞳が、柔らかくて優しくて。視線を合わせたまま逸らせない。
逸らしたく、ない。
「……んな可愛い事言って、蕩けた顔してると……さっきの続き、すんぞ」
さっきの続き、って……?
ぼんやりとしたまま、先輩を見つめる。
揶揄するように放たれたものの、僕を見下ろすその瞳は、真剣そのもので。
「………ん、」
「『ん、』って……お前……」
「……はい」
いけないって、解ってる。
そんな事をしたら、きっと止められなくなるって。
でも、今は……今だけは、先輩の優しさに溺れていたい──
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