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「クロネ!」
凄まじいヤマトロックを浴びせ、酔っぱらいの野次をも黙らせた新人が倒れ、真っ先に立ち上がったのが菊蛍だった。
(へえ)
タカラ・シマは小袖の少年を助け起こす彼に驚く。珍しいものを見た。タカラ・シマの知る限り、菊蛍は何にも動じぬ温度のない人間だった。彼の境遇を思えば無理もない。
よくよく考えると、タカラ・シマの婿であるシヴァロマと菊蛍は似ているのかもしれない。
人格を許されなかった幼少期。戦い続けた青年期。自由のない生き方。
愛を、知らない。
「いやあ、凄かったなあ。なにあれ鷹ちゃん、一芸入社?」
「俺も驚きましたよ。あんな隠し玉持ってたとはなあ」
音の何が人の心を惹き付けるのか、熟知した弾き方だった。が、誰かに師事したような画一化された音ではない。おそらく独学だろう。
ヤマトロックの三味線弾きはいるが、ここまでくると三味線ジャックの領域だろう。暴風雨のような演奏だった。一種の才能だ。
才能と言えば……
『鷹鶴どの。ちょっといいか』
クローズドでトーキーを投げると、鷹鶴は周囲と会話を続けながら『はい』と応答する。
『今の子のことだが、何処まで分かって社員にした』
『どこまで、と仰いますと……あれは移民船に乗ってたのを、蛍が気に入って連れて来まして』
『そうか。困ったな』
タカラ・シマは悩んだ。あれはおそらく、志摩で保護したほうがいいウィッカーだ。能力自体は本当に微弱……本人も無自覚だ。
『よっぽどのことがない限り、本人も使い方を分かってないだろうから構わないが』
『何かありますか』
『意識体が異常に大きい。機械感応の効果範囲が広いんだ。たぶんまともな訓練は受けてないから、視界内にある機器の簡単な操作しか出来ないと思い込んでるだろうが、あれはもうソフトキル兵器の領域だ』
『……さようでございますか』
カサヌイに酌をしながらおどける素振りを見せていた鷹鶴だが、一瞬だけ表情を曇らせた。
『制御は出来てるようだから暴走の心配はない。ただ、政府機関、とくに軍事機関には存在を隠してやれ。困ったら、俺か婿殿―――シヴァロマ殿下に預けろ。悪いようにはしない』
悪用されやすい力だ。ロマには荷が重い。ウィッカーに理解のある志摩で預かるのが妥当な措置だが。
『……蛍がね、言うんですよ。ねこがかわいい、ねこがかわいいって』
『ねこ?』
『さあ。何か琴線に触れたようでして。しばらくは側に置いてやりたいんです』
そうだな、とタカラ・シマは通信を切った。
知る限り菊蛍という男は誰でも慈しんだ。そこが魅力でもある。多くの芸事に精通しており、多くの人間が彼を愛した。カサヌイも蛍のファンだ。
当主に関わることなので志摩王子も映像で様子を確認したが、何度か父と菊蛍が同衾したのを知っている。亡き妻への寂しさを慰めて貰っていた。あれは、魔性と呼んで差し支えない部類だろう。
ああして、父にしていたように、誰もの心の隙間を埋めていたのなら、彼が求める人は誰であろうか。人を愛することで自己肯定する性質ならとにかく―――
菊蛍はいま、酔いつぶれた例の三味線少年に膝枕をして、愛しげにその頭を撫でている。それこそ猫でも愛でるかのように。
(……言えねえ)
盃を傾けながら、志摩王子は乾いた笑いを漏らす。
少年の意識体の大きさ、つまり効果範囲の広さが、惑星ひとつ簡単に覆ってしまえる程だなどと。
***
「あっ、んぅ」
鼻にかかったぼやけた喘ぎ声、うるっせぇなと思って起きたら俺だった。
暗闇に行灯の照明。さすがに光源は火じゃないだろうけど。その中に浮かび上がる、浴衣を着崩した蛍の白い肌と、蛍が動くたびに揺れる、自分の太ももが見えた。
まだ酔いの中にいて、意識が湯の中にいるみたいだ。激しい快感じゃなくて、ぬるい心地よさ。
「起きたか」
正常位であやすような腰使いをしていた蛍が、体勢を変えてのしかかってきた。足をより広げられ、深く繋がったせいで一番気持ちい奥を突かれてぶるっとくる。
「酔いながら欲しがるので辛くないよう抱いたが……どうか?」
「うん、すごく気持ちい」
イくために激しく求めるのもいいが、こういう、行為を楽しむ感じもいいな。
い草と布団のいいにおいがする。木の家中にいると、心が豊かになるんだな。
「はぁ…ん、蛍は、さ…なんで、あっ…俺を、抱くの」
「成り行きであるのは否定できんな」
少し汗で濡れた髪を耳にかけながら、蛍は目を細めて笑う。
「お前が初めに、あんなものを使用されていなければ、抱くことはなかった。あのあと、覚えてしまったろう? いつもつらそうにしていた。俺の元へ来るかとも思ったが、お前はじっと耐えて何も言わん。お前のような頑固な子には、少し強引なほうがよいと思って、浴場へ行くのを見かけて追った……邪魔なのがおったが」
「そ、いや…ふぁ、あのおっさん、なに」
「知らんな。鷹が連れてきたのだろう。うちには珍しいタイプである。鷹鶴は面食いで、顔で社員を選ぶ」
やっぱ顔採用かよ。
「―――俺は皆とは違う仕事をしているゆえ、あまり社内のことは知らん」
「ほたるは…なに、してるひと?」
「主に営業である。作法に詳しく芸事が得意なのが俺しかおらんゆえ、身分の高い顧客と会う」
「まくらも、する?」
「……どうした、今日は知りたがりであるな?」
「あっ、それきつっ…ふ、ぁ」
「褥で他の男の話をしないでおくれ。今はお前だけを感じていたいよ」
急に悦いとこ抉りはじめるもんだから、ただでさえ酔ってる思考が霧散してく。
他の男の話って、あんたの男の話じゃん。逆じゃん。今はって、他に一杯いますって言ってるようなもんじゃん。
そりゃ恋人でもないし、よくてセフレみたいなもので、もしかしたらセフレ以下、発情期のペットの下の世話してるようなもんなんだろうけど。
「あ…やだぁ、きもちい、あぅう」
「ねこ、ねこ。かわいいねこ」
いつも思うけど、この人余裕だよな。
こっちは必死にしがみついて快感を追うのでいっぱいいっぱいだってのに。いつもあやすみたいに抱かれる。
「んあっ…いい…っ!」
絶頂が押し寄せてきてナカで蠢く肉棒を食いしめた。
そんで気がついたら朝。
何もかも整えられてて、一人で布団にぐっすや。場所指定仮想メモが残ってて、再生すると、
「仕事である。午後から観光へ連れていく」
蛍からの伝言だった。
酒の分解薬も投与してもらってたのか、あんだけ呑んだのに二日酔いにもなってない。ただ身体は重いし腰だってだるい。
ひとまず買ってもらった小袖袴に着替えて、回廊に出ると何故か鮫顔の人がぼんやり外眺めて電子煙管吸ってた。
その背後を通り抜けようとしたら、
「昨日はお楽しみでしたなあ」
厭味ったらしい台詞を投げられた。
「テメーが抱かれる方だったのな。へーえ、ほーん」
「あんたに関係ないだろ」
「珍しいからな。なんで志摩に滞在してっか分かるか、ヤマトマフィアの首領が来てっからだよ。今朝も首領のご機嫌伺いに出向いてった」
薄々分かってた。
志摩王族とも取引があるのに、船にいた蛍は「志摩王子に挨拶出来なかった」って言ってたからな。
それに、三ヶ月も前から船は志摩の側にいたのに、降りることはなかった。取引相手の到着を、志摩の周辺を飛びながら待ってたってことだろう。こっちは宇宙ロマだ、何処にいたって仕事は出来る。
「その首領の宿泊先ってどこだ」
尋ねると、鮫顔の人は鮫っぽい口元を歪ませて、俺をまじまじと見つめた。
「馬鹿か? 馬ァ鹿なんですか? んなもん一般公開されてるわきゃねえだろ」
「知らないならいい」
「あ、今オレを馬鹿にしたな? 知ってるわ、幹部様だからな。テメーと違って重役だから」
なんでこいつ幹部なんだろう。何の仕事してんだろうな。頭良さそうには全く見えんし、プロジェクトで名前見かけたこともない。
ともあれ鮫顔の人に場所を教えて貰って階下に降りると、鷹鶴社長が柱に凭れて腕組んでた。たぶん仮想次元に接続中。軽く会釈して通り過ぎようとすると、
「クロート。ちょっと早いけど、大型プロジェクトのお給料振り込んでおいたよ。遊びたいだろ」
言われて口座確認したら、けっこうな額が入ってて驚いた。
「こんなに?」
「それでも経費は引いてあるんだぜ。今回はいい仕事だった、次も予定入れてるらしいな。期待してるぜ」
社長に仕事を褒められたら嬉しくなるに決まってる。
ちょっといい気分で御殿を出て、目抜き通りに行った。昨日は浮かれて気づかなかったけど、屋台や土産屋、手頃な庶民の店もけっこうある。
店先で団子焼いてる光景なんてのは時代劇の中の出来事みたいで感動した。香ばしい醤油の香りが漂ってくる。思わずそれを包んで貰って、あったかい包みを抱えながら目的の場所へ向かう。
裏通りには裏通りの風情があった。徹底して古風にしてあんだな。
そこも通過してあぜ道を通り、森林に囲まれた場所にでーんと建った立派な旅館に着いた。
門前には志摩に不似合いな、武装した着流しのおっちゃんが二人立ってる。着物の下は戦闘用ファイバースーツだ。
「どこのモンだ」
低い脅すような声で問われた。
「電脳ワーカーから来た」
「ああ、菊蛍さんの使いか。社員証は? …よし。来い」
おっちゃんについて敷石の上を歩いてく。旅館の玄関には熊の剥製があって、ちょっと驚いた。野生の獣って今の時代、あんま見ないから…ってか生息してねえから。
「首領、電脳ワーカーから使いのモンが来てます。荷物持って……小僧、その中身はなんだ」
「団子。あったかい」
「……団子だそうですが。え? ああ、はい。わかりやした。小僧、来い」
押しかけて来ておいてなんだが、あっさりしてんな。蛍がいるからだろうけど、怪しい小僧を入れていいのか。実際、別に使いでもなんでもねえし。
奥座敷の襖開けて通されると、中に菊蛍と物凄い威圧感の爺さんがいた。すげえ、俳優みたいだ。いや、俳優がこういう人の真似をしてんのか。
総白髪を後ろに撫で付けて、鋭い眼光。皺のひとつひとつに人生経験がぎちぎちに刻まれてますって顔。
でも、そのおっかない顔が何か優しげに緩むんだ。
「蛍。これがお前さんの猫か」
言われて蛍が苦笑する。
こういう時の礼儀とか、全くさっぱりさかんなかったんで、ぺこっとお辞儀してから座敷の入り口で正座した。
「手土産、なにがいいか分かんなかったんで、団子持ってきました。まだあったかいです。押しかけてすいませんでした」
「ふん。で、何をしにきた」
「見に来ました」
何をって言われると凄い困るけど、とにかく見にきた。
「商談の邪魔したんなら謝ります。でも、大事な仕事なら門前払いになるだろうと思って」
「いいよ。おいで」
ぽんぽん隣を叩かれたんで、側までいって腰を落とした。お土産の団子を差し出すと、じいちゃんの相好がさらに崩れる。
「こりゃ、お前、そりゃかわいかろうな。ははは。お団子か。蛍、茶を入れてくれ」
「茶柱を入れようか?」
「意地悪な姑かよ。ちゃんとしたのを淹れてくれ、渋くするなよ」
言われて蛍は手際よく、茶器を茶筒を立派な茶箪笥から取り出した。湯はどうすんだろ、と思ったら、壁が開いて、似つかわしくない最新式の湯沸かし器が現れる。
「はは、忍者屋敷みたいで面白いだろ」
「うん」
他にも何かあんのかな。あの掛け軸の裏とか……天上の隅にある四角い枠はなんだろ。忍者下りてきたりすんのか?
そわそわしてる間に、蛍は薬缶を高く掲げて、焼き物の器につぅーっと湯を注いだ。噴水みたい。
「こうして空気を含ませ湯冷ましをする」
蛍が説明してくれた。
「並べた湯呑に湯を注ぐ。茶碗を温めつつ、計量するためだ。茶葉を入れた急須に湯を入れ、今回は三十秒。茶葉の量や蒸す時間は色々あるが、今回はこうである」
親分と俺のところに湯呑が置かれた。湯呑って初めてだ、取ってがない。親分が片手でぶら下げるみたいにして持つのを真似しようと思ったが、
「縁を親指と他の指で包むように持ち、左手で底を持て」
蛍に指示されてそのように。
凄い、いい香りだ。日本茶なんて高級品、初めてだから他と比べようないけど―――緑茶とほうじ茶「っぽい」飲み物は合成できるけどな。香りが全然違う。鼻から入って、匂いだけで味がする。
団子も甘辛くて凄く旨い。茶に合う。昨日、俺そういえば宴席で何食ったっけ? 空きっ腹に酒呑んだだけか。
20本も手土産として買って来たのに、半分自分で食った。
「手、汚れた。どうしたらいい」
「仕方のない……」
蛍は微笑んで、手ぬぐいを湯に浸して俺の手を包むように拭いてくれた。
「口にもついとるわ」
じいちゃんが俺の口端を親指で拭って、自分で舐めた。
「オオタチ。若いものに行儀の悪いところを見せんでくれ。覚えてしまう」
「可愛うて、つい。猫や、名はなんと言うんじゃ」
「黒音。クロに、オト」
「クロのネか」
蛍と同じ解釈をする。クロートくんなんて、ブリタニア人みたいな呼び方されるよりゃいいけど。
じいちゃんは俺の頭を撫でながら、優しい目で覗き込んでくる。
「くろの音。無鉄砲さは褒めてやるが、危ないところに乗り込んできたのは分かっとるか」
「うん」
「儂だったから良かったものの、中には道理の分からん奴もいる。ヤマトマフィアなんてのは、お前のようなのが、訳も分からず会いに来ていい相手ではないよ」
「諦めて後悔するより、来て後悔するほうがいいと思った。それに門前払いされると思ってた」
「お前、そうは言うが、真っ最中の部屋に誘い込まれたらどうする気だった。そういう悪趣味な奴もいる。もっと酷い目に遭うこともあるぞ」
「蛍がそんな目に遭ってるのに知らんままでいるよりはいい」
「いい目をしている」
じいちゃんが眩しそうに皺まみれの目を細めた。
「その猫は、移民船で犯されかかっていたところを助けた。ニードルガンを何発も打ち込まれて全裸であったが、それでも挑みかかるので相手が泣いて許しを乞うていたよ」
「ああ、それで連れ帰ったか。いい兵になる、お前のようなのは」
頭撫でながら子供扱いして言うことでもねえよな、いい軍人になれるって。ほっぺた指でうりうりされるし。
「向こう気は強いが、人と関わろうとしない。なかなか馴染まないので訓練も先延ばしになっていてな。そういう訳でそろそろ暇する。狙われるようになっては困る」
「そうか。またな、猫」
ぐりぐり撫でられて開放された。蛍について旅館を出る。
来た時のあぜ道通って、裏通りまで戻ってから、蛍が盛大に溜め息ついた。
「お前、本当に、オオタチだったから良かったものの……」
「そんなに危ない取引相手いるのか」
「場合によってはな。オオタチはヤマト星系に居を構えるヤクザどもの総取締役で、皇族との繋がりもある。ヤクザがあまりに惨いシノギで稼がんように見張っている、謂わばヤクザの政府だな。各星系にそれぞれあるのだ。その座を巡っての抗争も多い。それに巻き込まれて人質にでもされれば、何をされるか本当に分からんぞ」
「それは蛍もだろ」
「俺は強いからよい。ともかく、俺は仕事を邪魔された。二度はないぞ」
「うん」
叱られたし、悪いことをしたのも分かってるが、後悔はしてない。二度はしないのも本当だ。
と、蛍は眉を顰めた。
「このまま観光に連れていってやろうかと思ったが、急な用事が出来た。三時頃まで待てるか」
「うん」
もともと、昼過ぎからって約束だったしな。それに給料入ったし、無駄遣いは出来ないけど、ちょっと店ひやかすくらい、いいだろう。
観光案内見ようと仮想次元に接続したら、新着の連絡先が二件も出来てた。
志摩王子と、さっき会った爺ちゃん。オオタチ。
オオタチ爺ちゃんはノリでやりそうだけど、なんで志摩王子のプライベートナンバーゲットしてんだ、俺。すげえ面子と繋がりできちゃったな。
さっそく、爺ちゃんにメール送った。
「時間出来た。暇ならデートしない?」
蛍の仕事の邪魔はしてねえからいいよな。
返事がないからスルーかな、と思ったけど、爺ちゃんはフロートライナーに乗って現れた。
「お前さんなあ、蛍に叱られたばっかりじゃろが」
「ガキじゃあるまいし。プライベートで付き合う人間くらい、自分で決める。蛍は会社の上司ってだけだ」
「蛍も苦労するな」
「爺ちゃんはいいのか。貴重な休みなんだろ」
「孫みたいな可愛いのと遊べるなら、無駄な時間ではないさ」
護衛が後ろからついてくるけど、それはあんまり気になんない。かまってこないし。
爺ちゃんのフロートライナーに乗せて貰って、ステーションから見えた稲穂畑にいった。風に揺れる一面の黄金。夢みたいな光景だ。テラ時代では当たり前だったみたいだけど。それもすげえな。
「かわゆいなあ、目をきらきらさせて……儂の孫は即物的で、志摩の良さなどは分からなかった。年寄りの趣味だとつまらなそうにしていたよ」
「分からないってのは勿体無いってことだ。分からないより、分かったほうが楽しい」
そういえばふと、年とってもでかいオオタチを見上げた。
「爺ちゃんは凄いな。俺、こんなに人と喋んない」
「そうは見えないが」
「ぜんぜん喋れない。話すの苦手だ。たぶん、あんたは怖い人なんだろうけど、怒っても本当のことでしか怒らないからだ」
「ふうん」
「俺が一番いやなのは、言いがかりで怒られることだ。だから人が苦手だ」
人生の大半、怒られることといえば言いがかりだった。殴られたから殴り返しただけなのに、いつも俺が先に殴ったことにされる。ときどき喧嘩もしてない奴に「あいつに暴力を受けた」と嘘をつかれる。
女は告白を断ると嘘の噂を流す。陰口叩く。人間って苦手だ。
「お前のような生き方も、悪くないと思うよ。何が何でも人付き合いしなきゃならんってのは、苦痛だろう。
だが、お前さんの言葉を借りるなら、分からんってのは勿体無いことだ」
「………」
「な」
頭を撫でられて、そっか、と納得する。分からないままは、つまんないか。
それでも憂鬱だけど。
街に戻って甘味処であんみつ奢ってもらった。すごい、なんか豪華なやつ。クリーム乗ってて、果物いっぱいで。生の果物って高いんだぞ。すげえなあ、志摩白桃のあんみつだよ。口の中でとろける。
「蛍のこと聞いていい?」
「ん?」
「よく分かんないけど、蛍は俺を抱くんだ。でも会社のやつが、お前なんかその他大勢だ、蛍は抱かれる方だって言う」
「まあ、そうさな。儂も蛍を抱くよ」
「だろうなと思った。別にいやじゃない。ただ、なんか、誤魔化されるし、知らないから自分がなんなのか分かんなくて、ごちゃごちゃ考える。ごちゃごちゃするのは、集中できない」
「蛍の一番の客は皇帝陛下だ」
「へ」
さすがに目玉かっぴらいた。カサヌイ様も、ヤマトマフィアの親分もすげー大人物なのに、宇宙で一番えらいひとと関係あるって。なんだそれ。
「蛍が何者かってのは、儂にすら分からんことだ。真意がどこにあり、目的が何か。蛍と……鷹鶴と繋がることで、儂にも多大な益がある。お前はまだ知らんでいいことだ。
儂が知るのは、あれが王族の私生児として育てられたことと、跡取りの兄に陥れられて三十年ほど囚人兵であったこと、今は電脳ワーカーに身を寄せていることくらいだ。ミステリアスだろ」
兄ちゃんに騙されて三十年も囚人兵……?
囚人兵って、国際犯とか、凶悪犯とかが入れられる刑務所の懲役だ。死んでもいい過酷な戦場に積極的に投入される。刑期がくる前に殆どが死ぬ。事実上の死刑みたいなもん。
それだけじゃない、囚人だぞ。あの顔で凶悪犯の坩堝にいたんだ。他の奴よりハードモードだったのは間違いない。
「儂がお前の誘いに乗ったのはな、デートをしたかったのもそうだが、危険が何かってことを教えようと思ったからだ」
「なに?」
「マフィアや政府の上層部、蛍の繋がっている輩というのはな、本当に危ない。
お前が儂や蛍に通ずる人間、人質になりうる、あるいは情報を持っていると目をつけられれば、捕まって拷問されることだってある。
ニードルガンの銃口をケツや女のアレに突っ込んで何十発と撃つ奴もいるし、生皮を剥ぐやつもおる。
だからな、出来れば強くなりなさい。強く、強くなりなさい。儂はお前を気に入ったから、これきりはつまらん」
爺ちゃんは、また俺の口端についたクリームを指でとって、舐めた。
爺ちゃんは三時まで遊んでくれて、蛍を呼んだ。別にそのへんで別れてよかったけど、
「保護責任は果たさねばな」
だから俺は子供じゃないし、法律でも保護責任なんか発生しない。
道脇に停めたフロートライナーの中でうとうとしてたら、外から窓がこんこん叩かれた。蛍だ。
「じゃあ爺ちゃん色々ありがと」
「またな、子猫」
子猫に格が下がった。
釈然としない気持ちで車を下りたら、蛍がぐっと俺の腕を掴んで引っ張り出した。フロートライナーの中を覗き込んで、
「あまり悪い遊びを覚えさせるでない」
「あんみつ食いに行っただけだよ」
「お前と遊ぶことが十分に悪い」
いつも穏やかな蛍にしては、険のある声だった。爺ちゃんは中で笑い声を上げてたけど。
爺ちゃんを乗せたフロートライナーが発射してからら、蛍は表情のない顔で俺を見下ろした。
「クロネ。ヤマトマフィアと付き合うことの危険性は教えたはずだが」
「どうせあの爺ちゃん、一夜限りの相手とか沢山いるんだろ。そんなのまで狙われんのか?
それに郊外まで行ってないから、抗争が起きたって志摩宙軍が駆けつけてくる。俺がヤクザなら、志摩王子のお膝元で騒ぎ起こそうと思わない。志摩王子も怖いけど、シヴァロマ皇子はもっと怖い」
志摩王子率いる志摩宙軍も海賊狩りで有名な、ウィッカーの多い強い軍だが、それ以上にもし抗争で志摩王子になにかあれば、志摩王子を溺愛してるシヴァロマ皇子が激怒する。下手するとシヴァロマ皇子に要請されて、双子のデオルカン皇子まで皇宙軍引き連れて出張ってくる。
そんなん、ヤマトマフィアなんかよりよっぽど怖い。だから爺ちゃんもここでバカンス楽しんでたんだろ。
「……全くの考えなしではないようで安心した。だが、少し危なっかしい。今のうちに躾けておくかな」
頬を撫でる指が、いつもより優しくない。悪い予感をさせる、怖い指だ。
でも、なんでかな。怒られてるのに、今、俺はすこし嬉しい。
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