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無法惑星ウィッカプール。
海賊たちが開拓した、無法者の楽園である。
その昔、世間の理解がなく、異端として忌み嫌われていたウィッカーたちの殆どは海賊だった。名の由来はここからきている。
闇競売にロンダリングに他所で禁止されているカジノに売春、ウィッカプールでは様々な悪事が行われているが、要人を誘拐したり人身売買を行わない限り政府は干渉してこない。
この星をなくすと、ヤクザや海賊が利権を争って宇宙規模の抗争が起きる。謂わば必要悪の土地だった。
様々な組織がとぐろを巻くこのウィッカプール、基本的に支配者は存在しないが、この時代にはそれに該当する存在がいた。
「なんなんだこの小僧はよぉ!!」
壁いっぱいに拡げた仮想パネルに菊蛍と黒音の秘め事を映し、その前で頭を抱えてブリッジするモノゴーグルの男、ハイドウィッカー。
あらゆるセキュリティを無視し、遥か遠くの星にある機器をも操作する機械感応の王と呼ばれていた。
超AIたちが成長して別宇宙に移り、AI産業が頭打ちになった今の時代、政府も制御しきれない、最悪の犯罪者として扱われている。
ただ、彼とて物量で押し切られれば一溜りもない。政府と彼の間には、暗黙の線引きが存在する。
そうした危うい立場にあるハイドウィッカーと宇宙政府の橋渡し役を担っているのが、菊蛍だった。
ハイドウィッカーは生まれ落ちたその瞬間から危険分子だった。データクリアランス最高位にある皇族を脅かす者、あらゆる機器とAIを狂わせる者。異端の中の異端。彼の人生は波乱に満ちていた。
強大な力を持つゆえに狙われ続けたハイドウィッカーに菊蛍は手を差し伸べてくれた。はじめに出会ったのは15の年。ウィッカプールの片隅でけちなこそ泥をして生きていた彼と、皇帝との密約を交わしてくれた。だからハイドウィッカーはウィッカプールで生きていられる。
その愛しい大恩ある菊蛍、美しく気高く冒し難い存在である菊蛍の腕の中で、あんあんにゃんにゃん喚いて媚びる小僧。
多くの大物と肉体関係があることは承知している、そのことについては「流石」としか言いようがない。しかし、この小僧はなんだ。あざとらしいだけではないか。
菊蛍の度重なる調教によって最中は甘えん坊の子猫ちゃんに成り果てる黒音。ここだけ切り取って見ると「誰?」状態。
『あんっ、ほたるぅ、もうやっ…あ、あ、きすしてぇ』
普段の警戒心を露わにした仏頂面はどこへやら、幼い顔で眉を下げ、ひたすら菊蛍に甘える様は、媚びた男娼にしか見えない。菊蛍だけが知る秘密の黒音なわけで、覗き見たハイドウィッカーに文句を言う権利はないが、
「許さん」
彼の目には若さと可愛さだけで菊蛍を誑かした害虫にしか見えなかった。
「おい、お前ら。このガキ攫って来やがれ」
「えっ」
「菊蛍も俺と悶着起こしゃ、宇宙ジプシーどもが海賊に襲われて困るんだ。この小僧が損得の天秤にかけられて見捨てられるところが見てぇんだよ」
鷹鶴と菊蛍は宇宙ロマの裏の顔役といって過言ではない。懐は深く、多くのロマを保護しているが、大勢のために少数を犠牲にせざるをえない時、彼らが非情さを発揮することをよく知っていた。その決断が出来るからこそ、多くのロマが安心して宇宙で過ごせるのだ。
調べた限り、小僧はただの社員で、菊蛍が手元に置いているのも特に理由はない。
この甘ったれた小僧が菊蛍に捨てられ、泣き叫ぶ様を間近で観賞したいのだ。
***
「遅くなったけど、これがクロートくんのファイバースーツな。非常時に備えて服の下に着ておくのがロマの嗜みだぜ。
そしてぇ、こいつがクロートくんのトレードマークになる三味線だぜ!」
なんだこの三味線すげえ。紺地に白の猫だ。和風なのにとってもロック。
「ファイバースーツに小袖袴、三味線担ぐのがデフォルト衣装ね。帽子やマフラーは気分でチョイス。今後きみはそういうキャラで売ってくから」
「キャラ?」
「全く聞いてないよ、ヤマトロックいけるなんて。宴席の三味線、大ウケだったぜ。うちは芸人レンタルもやってるから、一芸持ってる人材は大歓迎。今度プロモーション撮るよ。積極的に顔出ししてくから、美容に気を遣うこと。今までみたいに不摂生したら駄目だかんな」
物凄くややこしいことになった。
予定通り経理体系のプロジェクトやってたんだけど、ある日突然スタイリストがやってきて、部屋から引きずり出された。
「んもう、若いからってお手入れ欠かしちゃダーメ」
全身ひん剥かれて美容機器に突っ込まれた。パニックになってたらしく、後から社長に聞いた話によると、
「まさに風呂に入れられる猫」
のようだったらしい。本当にフギャーって言うから皆に笑われてたってさ。
適当に散髪機でジャキジャキ切ってた髪はそれっぽく整えられ、軽く血色をよくするメイクまでされて。
「かわゆいかわゆい」
仕上がりに蛍が乙女のようにキャピキャピ喜んでた。なんだ蛍くっそ可愛いな。ゴリラのくせに。まあ、あんたのそんな顔見られるなら悪くはない。
「社長。言い忘れたけど、俺おなじ演奏できない。そのときの気分がモロに出る」
「一期一会ってやつか。いいじゃん、そういうの売りになる」
良い風にとってくれたけど、落ち込んでる時は恨み節になるんだぜ。そういうのプロとしてやってくならどうかと思う。
蛍がご機嫌だから俺の機嫌もよく、プロモは一発撮りで成功した。逆にリテイク要求されたって困るからな! 細かいところは編集で修正するってさ。
「言っとくけど、俺に話術なんか期待しないでくださいよ。演奏しかやんねえからな」
「うーん、そこはケースバイケースかな!」
頼むよ。分かってんだろ、社内でも未だに浮きまくってんの……お客様と楽しいトークが出来るような性格に見えんのか?
電脳ワーカーは会社ブランドのチャンネルを仮想次元に持ってて、けっこう人気がある。鷹鶴社長のトークショー、蛍菊の舞踊と和楽団。その効果のせいか「書生の三味線小僧」は一躍有名に。
誰だこの子は! って誰でもねえよ、ただのロマだよ。
おかげさまで週イチで生放送で演奏させられることに。ボーナス貰えるのはいいことだ。この場合、同じ演奏できないのが却ってウケたらしい。
今週はどんな演奏だろうと期待されるんで、毎度新しい演奏しなきゃいけないプレッシャーがかかる。週イチから月イチに変えてもらった。無理。
エゴサとか怖すぎるけど、絶対あの社長なんかやらかしてる…と不安になった俺、仮想次元を検索。クロネちゃんねるという仮想次元のライブハウス建ってた。三味線書生のアバター売ってた。今までの演奏の録音売ってた。
ライブハウスの外観がさ、側面に三味線弾いてる俺の二次元ムービーを縦ライン状に一部切り取りなの。なにこれカッコいい。ライブハウス内も和風とロックの融合でさ。
誰が作ったんだろうと思ってデザイナー確認したらな。
鮫顔なんだよ。
あいつチーフデザイナーだったんだよ! サノっていうのか。知らんかったわ。なるほどな、幹部な、いい腕してるよ。
いつも俺に突っかかってくる鮫顔が、俺をあんなかっちょよくデザインしてくれたんかと思うと、複雑な気分。
「才能はあるが、基礎がなってない」
という一部の批判はそのとおりで、だって独学だもん。
思いがけずヒットしたせいか、基礎を勉強することになった。
先生誰だと思う? 蛍だよ。
何でか知らないがすっごい笑顔で嬉しそうに三味線持って部屋で待ってんの。
「そのうちセッションしような、な」
何がそんなに嬉しいんだよ。こっちまで嬉しくなるだろ、くそっ。
が、蛍先生はけっこう厳しかった。
プラス、戦闘訓練が始まった。体捌きに銃の撃ち方。作戦における行動のイロハを、死んだ目のビスクドールこと咲也教官に叩き込まれる。
「思い切りがよく恐れないので実戦向きですね。あなたはウィッカーなので能力の使い所をよく考えてください」
執事っぽい人、戦闘教官だったんだなあ。元グルカ兵だって。蛍といい、人は見かけによらないなほんと。
鮫顔といい、やっと幹部のお仕事わかってきたよ。今更になって。あとはバサラさんか。あの人何してるひとなんだろ……
三味線と戦闘訓練がメインになったんで、経理体系のプロジェクトが難航し、リーダー交代の指示が出た。俺は構わなかったんだけど、食堂の隅でもそもそメシ食ってた時に「あの」と声をかけられた。
ちょっと気が弱そうな好青年。みたいな人。ぎゅっと眉を寄せて勇気出して声かけました……って雰囲気。
「僕、サガキと言います。路頭に迷ってたところを鷹鶴社長に拾って貰って……黒音さんより少し前に入社しました」
「そう……」
先輩なのか。なんで敬語なんだ? 年もちょっとだけ上って感じだし。仮想次元で社員情報検索したら、25歳だって。今の時代だと昔の感覚より若いと思うよ。
「リーダーに戻ってきてくれませんか?」
なんで?
俺、新人で、学校で教わった程度の技術しかプログラムできない。それしかなかったからプロジェクト参加してただけなんだ。それも末端のパーツしか作ってなかったし、難しいところは専門家に投げてた。
「黒音さん、人を使うの巧いです」
「できねーとこ出来ねえから分担してもらってるだけなんだけど」
「それがすごく巧いんです。これが出来る人のためのパーツ作りっていうんですか。でも、サイザキさんはそれが下手で、何で出来ないんだって怒るばっかで」
サイザキって、あのホクロのスケベ親父だった。
あのおっさん、学園惑星の公立大学の出身なんだとよ。私生児できちゃうと、金持ちはそこに子供放り込むことが多い。金さえ出せばあとは勝手に教育してくれるからな。なにげに博士号までとってんだって。
サガキと俺が話してんのに気付いたのか、他の面子も出てきた。みんな若い。言っても俺よりは年上だけど。
「俺たち、はっきり言ってそんなに有能って訳じゃない……だから黒音さんみたいに問題見つけて大胆なプロジェクトやれなくて」
「俺だって分かんないことだらけだよ。やりながら調べて頑張ってるだけ。ショッピングモールんときは、あんたたちに助けられた」
「あのプロジェクト、楽しかったです! やりがいあって……他の業務と並行だったから大変だったけど、先の見えないルーチンワークと違ってやれば報われる仕事だったから」
「とにかく、サイザキさんにはうんざりなんです。二言目には俺は有名大学の出身だ、博士だって。確かに俺たちより技術も知識もあるから、指示に従うしかなくて……注意もしたし、違うんじゃないかって言うと、プロジェクトから排除される」
「それ社長に言ったか?」
「サイザキさんのやり方が正しいなら、俺たちのほうがクビになる……行き場がなくなっちゃうんです」
ロマだからな。駄目なら転職します! とは行かないんだよな。ここは居心地がいいし、待遇もいい。
とりあえず黒子おっさんの業績を調べた。あのバグプロジェクトのこともそうだけど、根本を無視して小狡い手柄立てる仕事ばっかしてやがる。会社の癌だな。
「鷹鶴さん、なんでアレ雇ったの?」
それらの証拠を並べて社長に報告。
そしたら鷹鶴社長、イイ笑顔で、
「君はこういう潔いところが本当にいいよね!」
褒められた。そういうのいいから、説明をしろ。
「あの人はねえ、金蔓の息子なんだよ。今までもあっちこちのベンチャーを辞めてたらい回しになってる。そんで親御さんが泣きついてきたのね。犯罪者になられたら困るから」
「要するに飼い殺してんのか」
「ちょっと気性の激しいとこもあって、突くと何しでかすか分からない。かといって殺す訳にもいかねえし、不祥事起こしたら工場星にでも送ろうかと思ってんだが、なかなかボロも出さない。若い衆の邪魔になってんのは心苦しく思ってんだけどな」
癌どころか爆弾じゃねえか。どうすんだあのおっさん。
おっさんが気に入らないなら気に入らないで、自分でリーダーやればいいだろうに、若い連中(年上)はそれもしないんだよな。輪からはずれて自分が矢面に立つのが怖いらしい。
俺は嫌われ慣れてるしな。あいつらは嫌われ慣れてないから、孤立すんのが怖いんだろう。
「ずいぶんと音が憂鬱である」
三味線のレッスンの時に蛍に指摘された。
「社内で扱いに困った奴がいて、俺はあんま関係ないけど、他の奴らが頼ってくる」
「お前が煩わされ、音が曇るのは嬉しくないなあ。鷹鶴はなんと?」
「ボロ出すの待ってるって。今のままじゃ処分できないから」
「ふうん」
伏せた蛍の瞳が艶っぽく、悪く輝いた。我が社のジョーカーがアップを始めましたよ。
でも、目下の問題は三味線でもおっさんでもなく、戦闘訓練だったりする。
いや、順調だよ。けっこう筋がいいと褒められる。
けど多分、それ以上にはなれない。
そもそも三十年囚人兵勤め上げた人を守ろうってのに、今からベンチャー企業で訓練してたって護身以上の意味はねえよな。
そこで俺は志摩王子にメールを送った。
「どうやったら強くなれますか?」
忙しい人だし、偉い人だし、返事は期待してなかった。でも、連絡していいから連絡先教えてくれたんだよな。
俺も送ったこと忘れる数日後、返事がきた。
「なんで?」
ってボイスチャット形式で。てことはいま、リアルタイムか。
トーキーは要するに電話。離れてても会話できる機能な。
メールは文章やボイス、データを届ける機能。
ボイスチャットはボイスデータを任意再生する機能。通常はメールで十分だけど、こっちのほうが臨場感がある。
「蛍守りたいです」
「マジか。かっこいいなお前」
噂通り気さくな方だなあ、志摩王子。ろくに話したこともないのに、いきなりメールの返事に超フランク。旧知のように話進めてくるよ。
「どうして俺に聞こうと思ったんだ?」
「俺の知る限りで一番強い人なんで」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、単体ではそう強くない。ウィッカーとしては強い部類だけど、軍人として強いかって言われると悩むな。俺が得意なのは宙戦だ。それも艦隊がないから艦隊戦は経験がない。
君の場合はウィッカー能力をいかに制御するかによる」
「制御は出来てると思うけど……」
「可能性を試すことだよ。同時に発動できるか、何を操作できるか。どこまで操作できるか。
機械感応なら、敵の銃が生体認証式だった場合、簡単な制御で無力化できる。何の機構をどう制御するかは、銃の仕組みをよく把握しなければならない。ドローンやタレット、宇宙船やモビルギア。機械感応はあらゆる機器の構造やAIの理解から始まる。年々新型になってくし、逆に古い機構も把握しする必要がある。強い敵が必ずしも最新機器を使ってるとは限らんからな」
めっちゃ面倒じゃねえか。
大した能力じゃないから、あんまり重視してなかった……強くなるには勉強しなきゃいけないんだ。面倒くせぇえ……
とりあえずデータをマイクロチップに片っ端から記憶させてくところから始めた。知識の咀嚼は後回しだ。
目が回るような毎日を過ごして、三味線の授業がちょっと疎かになった。
「疲れているようだな。今日は休め」
三味線を爪弾く蛍に言い渡された。
そういえば最近、蛍と全然してない。主導権はいつも蛍にあるし、俺からねだっていいものか分かんないから、黙って引き下がった。
部屋に帰って、昔みたいに自分でヌこうと思ったけど、一時間経っても二時間経ってもイケないでかえって疲れた。
「クロートくん、ちょっといいかい」
翌朝、社長から通信入って起きる。勤怠システムとかないから起きる時間は自由でいいんだけど、それにしたって寝すぎた。疲れてたんかな。
「なんですか」
「ひと月後にウィッカプールでライブやる?」
「そんな予定はないです」
「会場おさえたから演奏しないかって聞いてんの」
「……前座じゃなくて?」
「メインだね」
なんで?
寝ぼけた頭で混乱した。今時分、仮想次元になんちゃってアーティストや自称アイドルが星の数ほどいるんで、現実のライブハウスで生演奏できるのは相当人気があるプロにだけ許された特権みたいなもんだ。
「君、エゴサとかしないの」
「ひと月前にしました。仮想ライブハウスかっこよかったです」
「三味線書生のクロネちゃん、大ブレイクしてっから。俺も予想外でびっくりさ。蛍も乗り気で、ボーカルやるって」
あの人、歌もいけるんか。したら蛍のライブみたいなもんだな。ならいいや、承諾。
ただし蛍が歌って舞踊を披露するのは一曲で、後全部俺。楽団とセッションする曲もあるけどほぼ俺。
選曲好きにしていいって言うから、好きなゲームサントラのヤマトアレンジ入れてやった。昔弾き込んだから特訓しなくても引けるし。許可申請は社長に任せる。
ウィッカプールって初めてだ。
海賊の蔓延る無法惑星って怖いイメージだけど、けっこう一般人も来る。窃盗や事件も多いけど、自治も厳しくて、特に観光客に対してのガードはきっちりしてるみたいだ。
金落としてくれる人がいなくなったら困るもんな。
ステーションに着いて降りるぞって段階になった時、咲也さん及び戦闘員の方々が武装してんの見て、やっぱウィッカプールって危ないんだなって思った。
「クロート、おいで」
鷹鶴社長が手招きするんでついてったら、
「キャー!!」
猿みたいな奇声がキーンと響いて硬直。
「クロネちゃぁああん!」
「こっち見てぇええ!」
ボーディングブリッジの下、警備兵並んでる。人、いっぱい。こっちに向かって色々振ってる。ステーションの柱とかに、三味線抱えて立ってやぶにらみの俺のホロポスターある。
「………」
俺は黙って船内に戻った。よろよろ隅っこに腰を落とし、膝を抱える。
「あれっ、びっくりしちゃった? 言っただろ、大人気だって」
「………」
「心閉ざしちゃった! 蛍、蛍来てくれ!」
なにあれこわい……ひとがいっぱいでこっちみてる。なんかさけんでるし。
「これ、クロネ。行かねば」
ぶるぶる震える俺を抱えてあやす蛍に宥められ、蛍の袖を掴んで何とか外へ出た。
「キャー!」
と悲鳴が上がって、俺は蛍の背に隠れる。
「蛍、嬉しそうだな」
「かわゆい。が、これでは歩けん」
足が完全に竦んでた。俺にとって群がってくるやつイコール根も葉もない悪口を言う輩なので、過去の悪い記憶が次々にフラッシュバックする。
エアフロートで下まで降りたはいいものの、至近距離からの悲鳴に怯えて一歩も歩けなくなったんで、社長と蛍に引きずられるようにして移動する羽目に。
ステーションを出てフロートライナーに押し込められたけど、放心状態。
「大丈夫かよ。ライブは万単位で客入るぞ」
なにそれこわい……
この辺の事情は色々あるみたいだ。先述の通り、リアルでライブ行えるようなのは人気があって事務所がしっかりしてるところのみ。よくてちっこい食堂で演奏するのがせいぜいなんだ。
けっこう稼いでるアーティストでも、個人じゃライブ開くのも難しいのが現状。
鷹鶴社長は俺を菊蛍に次ぐ「商品」に定めて宣伝を打ち、プロデュースした。それで受け入れられるは世の風潮によるけど、書生の三味線小僧は社長の想像を越えて拡散された。
もともと電脳ワーカーは多芸な菊蛍で有名だったからな。
それでも菊蛍は富裕層向けの「伝統的なヤマト芸」を売りにしてたんで、若者人気はそんなになかった。俺も入社するまで菊蛍のこと知らなかったくらいだ。
業界じゃ知らない人いない程らしいんだが、三味線の名手ってわけじゃないからな。三味線、名手で検索すると出てくるシュンカさんのことなら知ってたけど。
俺の三味線ロックはまさに中二の時に嵌って始めたもんで、若い感性にビンビン響いたらしい。
菊蛍という土台、鷹鶴社長の手腕、俺の中二病が流行に火をつけましたと。
「だ、だってこんなの初めてだから、こんなに怖いと思わなくて」
「困ったなあ。君の音は精神状態モロに出るから」
「時間があれば、ドラッグを使うのもありだったが」
医師監修のもと、適切にドラッグ扱うのはよくあること。アスリートがドラッグ使用するのは普通になってる。それも含めて人間の限界突破しようぜって風潮だから。ただし、やっぱり厳しい規定があるけど。
で、いま「時間があれば…」って言ってるのは、ドラッグが俺にどういう作用するか調べる時間がないって意味。
「一時的になら、クロネの気分を高揚させることも出来なくはない」
蛍がそんなことを言うので、フロートライナーの中で首をかしげた。
「本番前、三十分ほど時間をくれ」
「何とかしてみるよ」
その日はホテルに直行で、咲也さんたちがガッチリガードしてくれた。宿泊先まで漏れてなかったから人はいなかったけど。
翌日は実際にやるコンサートホールでリハーサルを行った。
当たり前だけど、宇宙船の中とは響きが全然違うなあ。つい集中して楽団を置いてけぼりにし、蛍に叱られた。
蛍の歌は、演歌とも違う不思議な節回しで、よく響く現代風民謡って感じ。今回、あくまで俺のライブだから、端でスキャット入れるらしい。民謡風ヤマトロックスキャットってのもすげーな。
メタく言うとヒラサワススムに近い。
練習が終わってホテルに戻ってから、溜め息ついた。
ウィッカプール、観光行きてえなあ。
高いビルの上にある部屋から窓覗いて、ネオン街を見下ろす。眠らない星って呼び名がまさにウィッカプール。あちこちに宣伝ホロが流れてて、電飾テクスチャだけどがケバケバしい華やかさを発している。
俺は自分の格好を見下ろした。
ここはヤマト星系じゃないから、小袖着てるだけで目立つんだ。シャツに着替えちゃえば、ただの地味な男になれる。小袖と三味線がなけりゃバレやしない。
出るな、なんて命令もなかったし、俺はうきうき部屋を出た。
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