アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
8
-
黒音の誘拐と、返還の条件を届けられた時、菊蛍は力を失った。
黒音を救う手立てはいくらでもある。だが、どうしても時間はかかるのだ。今すぐにとはいかない。それまでにあの子が何をされるか……
ハイドウィッカーの性格からして、まず黒音は犯されるだろう。それ以上の危害を加えられないのが救いと言えば救いか。最悪の手合は強姦をした後、惨たらしい方法で虐殺する。それよりは、幾分かマシだ。ハイドウィッカーは愚か者だが痛めつける趣味はない。
「俺のせいだ。俺と関わったから……」
「落ち着け。お前と親しいから誘拐されて犯されるってんなら、俺なんか何百回されててもおかしくない」
鷹鶴に叱咤され、蛍は頷いた。つまらない自責は時間の無駄だ。とにかく黒音を保護しなければ。いま辛い目に遭っているのは、あの子だ。
下手に抵抗して拗れていなければいいが。
「しかし、どうする? あの子は助ける、身内を見捨てるような真似をロマはしない。だからって自分の身柄と引き換えに他のロマが危険に晒されるんじゃ、助かったって最悪病んで死ぬぜ」
「それについては問題ない」
菊蛍は祈るように組んでいた手から顔を上げた。
「俺たちは助けない。悔しいが、それが最善である。だが、ハイドウィッカーは失態を犯した。その報いを受けるだろう」
***
「……ド下手くそって、しっつれいなガキだな! 俺様の超テクで何度もイきまくったくせに!」
『下手くそは下手くそだ、ばか! 死ね!』
「やめろ、惑星放送すんじゃねえ! てめえ、嘘だろう、どんだけ効果範囲広いんだ」
スピーカーオンリーだが、たくさんの機器と繋がってる感覚はある。
すぐにマイクロチップの機能を遮断されたが。やっぱり能力の強さでは全く敵わない。
でも、なんでハイドウィッカーは効果範囲の広さに驚いたんだ? だってこいつ、宇宙の何処だって操作できるんだろ。
「このっ! この!」
「あっ、やぁ!」
「カマ掘られながらイキってんじゃねえ! オラ、イけよ。ド下手くそに犯されてイけ!」
「んぁあー!!」
ゴッツゴツ乱暴に奥突かれまくって、イった。イったけど尻ん中痛くてそれどこじゃない。
これまた乱暴に引き抜かれて、蹴飛ばされた。
「テメーなんかヤク漬けにして売り飛ばしてやる。変態爺のオナホ奴隷になって死ね! おいハッシュベル、ヒルサイト持って来い、中毒性強くて抜けにくいやつ!」
ヒルサイトって合成ドラッグの中でも一番ヤバイ奴じゃねえか……そんなもん打たれたら廃人になる。しかもその中で「抜けにくいやつ」と指定してるってことは、打たれた時点で人生が終了するレベルだろう。
「よろしいので?」
「何がだよ! 俺が言ってんだから早くしろ」
「修復不可能な細工をすると、菊蛍の報復があるかもしれません」
「なんにも出来やしねえよ、全星系のロマの命はこっちが握ってんだ」
「かしこまりました。ただし、処方が難しいので少々お待ちください」
「ふん、やっとけよ」
チンコしまいながら憤然とハイドウィッカーは出ていった。
長髪オールバックの人、ハッシュベルと呼ばれた人が歩み寄ってきて、尻剥き出しの俺の服を整え、そっと横たえてくれた。
「ボスは今、頭に血が昇っているだけです。落ち着けば冷静になるでしょう。ヒルサイトは処方しません。筋弛緩剤は打ちますが、こちらはすぐに抜けて後遺症もありませんので」
まともな人だ。ハイドウィッカーよりは。
「ボスの手前、今は治療が出来ません。痛み止めも処方しますので、そちらで暫く我慢してください。酷くされたようなので、熱が出るかもしれません……もし困ったことがありましたら、すぐにこちらを」
手元に小さいボタンを握らされた。
「薬と経口補水液などを用意して参ります。もしボスが戻ってくるようなことがあれば、迷わず押してください」
ハッシュベルさんは足早に出て行った。状況とボスの我儘の板挟みで一番辛い立場にあるのかもしれない。なんか、同情する。
蛍とした後にはない、じわーっとした苦しさや痛みがある。薬がまだ残ってるから麻痺してるけど。
ふわふわした嫌な感じ。熱が出てるのかな。ガキの頃以来だなあ、けっこう丈夫なほうだったから。
熱出したら不安になったのか、おふくろのこと思い出した。今まで連絡しようとも思わなかったのに。
幼児返りしてた時、蛍がずっと寄り添ってくれたことも思い出して、あのぬくもりが恋しくなった。
他の男に抱かれてみて、つくづく思ったけど、蛍って優しいんだ。蛍の撫でる手、そうっと羽みたいに抱いてくれる腕。
「ねこ、ねこ。かわいいねこ。良い子、可愛い子」
歌うように口ずさむあのフレーズ、どっかの星の子守歌なんじゃねえかなって思う。ねこって、寝子とも書く。地方によっては「ねんね」という喃語にもなるそうだ。
だからあれは、もしかしたら蛍のお母さんが、小さい頃の蛍を寝かしつけるために歌ってたんじゃないかって。蛍とおんなじ優しい声で。
『蛍……』
無意識に蛍を呼んだ。
『会いたい…蛍…どこ…?』
呼んではマイクロチップの制御を受ける。熱に浮かされながら、制御が途切れる合間に蛍を呼んでたみたいで、
「うるせぇよ! ハッシュベル何してる、さっさとガキを黙らせろ!」
「ボス、落ち着いてください」
「言うことを聞けねえってのか!」
夢うつつにそんなやり取りを聞いた。
騒ぎが起きたのは何時なのか。
「ハッシュベル、何が起きてる!? なんだあいつらは、何しに来やがった」
「クロネを開放しろと口々に言っております。コンサート参加者ではないかと……」
「嘘つけ、海賊の見知った顔もいるじゃねえか。あいつらがそんなもんで動くもんか。舐めやがって、畜生」
「ボス、突入してきます!」
「セキュリティ作動させろ、厳戒態勢、戦闘員出ろ!」
爆音や銃声が聞こえる。薬で朦朧としてる俺を、何かが乱暴に掴んだ。たぶん、ハイドウィッカー。
「ボス、観光客を殺すのはよくありません。皇軍警察が介入してきます。クロネの誘拐も悪手でした、人身売買の疑いをかけられています。なぜか志摩王子から圧力がかけられました。志摩はまずいです! ヤマト文化財どもが……」
『詰めが甘いよな』
朦朧とする視界の中で、蜘蛛っぽいドローンがドリフトかましながら現れた。それはモノアイをちかちか赤く点滅させ、アームを動かす。
『よお、ハイドウィッカー。今までさんざん、俺の可愛い妹にコナかけてくれたよな。今度は俺の友人に手出ししてくれた訳だ』
「て…てめえ、タカラ・シマか。なぜこんなとこに」
『各星系とウィッカプール付近の衛星バンクに遠隔操作モビルギアを預けてんだ。得意の機械感応で操作してみろよ、俺に敵うものならな』
やだ…志摩王子かっこいい……濡れる。トゥンク。
どんなにハイドウィッカーが驚異の機械感応能力を持っていても、ウィッカーとして志摩王子に敵うわけない。ヤマト星系が誇る最高のウィッカー家系の御曹司なんだ。
俺を盾にしたハイドウィッカーは、乾いた笑いを漏らす。
「よかったなあ、小僧。王子様が助けに来てくれたってよ。けっきょく菊蛍は来ねえってよ!」
『菊蛍なら、泣きすぎて過呼吸起こして動けねえよ。俺は鷹鶴から救援要請受けて来たんだ』
『蛍……?』
あんまり話が頭に入って来ないが、蛍の名前だけは聞こえた。
『蛍…大丈夫?』
『大丈夫だ。今から君も助ける。だから……』
『蛍……』
どこにいるか分からない蛍のために、繋がったスピーカーに呼びかけた。
『ねこ、ねこ。かわいいねこ。いいこ、かわいいこ』
いつもそうして貰ってるように、歌を歌った。本当の俺の声じゃあないけど、気持ちくらいは届いてると、いいなあ。
『待て待て落ち着け。そんな健気なことされたら菊蛍が泣きすぎて死ぬ』
『ねこ……』
「俺を無視するんじゃあねえ!」
銃口をこめかみに突きつけられて、首を背後から腕で締められる。
けど、その腕が引き剥がされてハイドウィッカーが吹っ飛んだ。俺は倒れずに抱きとめられる。凄く固い、バストに。
「全くフザけた話よね。せっかくヴィーヴィーとウィッカプールくんだりまでデートに来たのよ。わかる? 予定をこじ開けてのデート壊される気持ち」
黒いドレスのゴージャスな巻き毛の女性。でか…でかい。二メートルはある。
『クラライア皇女?』
「あら、志摩王子。愚弟が世話になってるわね。聞いてよ、ヴィーヴィーとお忍びでライブ見に来たの。菊蛍と、噂の子猫ちゃんのライブ。彼女が前からお菊のファンでね? ライブも急だったから時間空けるのもチケットとるのも大変だったの。あたし皇族なのに。あたし以外にも怒り心頭なのが一杯いるわよ、たまたま最初に突入したのがあたしだっただけ」
個人戦闘能力ではアダムアイル最強と誉れ高い、皇陸軍総帥第一皇女クラライア殿下。らしい。信じられない。
部屋の中にたくさん人が雪崩こんできて、俺は救急隊とおぼしき人たちの手に渡された。その場で担架に横たえられ、処置を施される。
「パパから伝言。あんたクビよ」
パパって、皇帝かよ……
たぶん宇宙一重いクビ宣言。たかがロマ一人拉致ったばっかりに。つーか、皇帝に雇われてたのか、ハイドウィッカーって。
なんにせよ薬効いてたし、今まで意識保ってたのも奇跡みたいなもん。
俺は助かったと感じると殆ど同時に、意識を落とした。
何度もうっすら起きては眠るを繰り返し、その間、泣き声を聞いて魘された。起きなきゃ、起きなきゃ、と思うけど、二度打たれた薬の効果は強くて、意識が浮上しなかったらしい。
「ほた……?」
ベッドの上から首だけ動かす。ベッド脇に付き添ってくれてたらしい蛍の姿見て、ほっとした。
蛍、目を真っ赤に腫らして、綺麗な顔がむくんでら。
「クロネ…無事で……うっ」
袖で口元をおさえ、ひゅーひゅー言い始める。なんか変だ。マイクロチップから付近のナースコールシステムに接続して人を呼ぶ。
看護師と一緒に鷹鶴がやってくる。蛍のほうは看護師が呼吸器をあてがい、社長が俺を覗き込んでくる。
「大丈夫か? 薬で眠っていただけみたいだが」
「ん…のど、かわきまし、た」
「水な」
起こされて、支えられながら経口補水液を哺乳瓶みたいにちゅうちゅう吸う。あー、沁みる。五臓六腑に沁み渡る。風呂上がりのビールより最高。こんな快感覚えちゃいけないだろうが。
俺のほうは落ち着いて、苦しそうな蛍を見る。
「蛍、どうしたんですか」
「君が誘拐されて、凄く心配してね……直接は助けに行けないから、皇帝陛下や志摩王子、ライブ参加者に訴えてハイドウィッカーを追い詰めた」
「皇帝陛下の手まで煩わせたんですか……」
「そこが蛍の怖いとこ。泣いて過呼吸起こしながら助けてくださいって言ったら皇帝が動くのも凄い話よな」
凄いし、やりすぎかと。
「所在不明の君が、スピーカー越しに蛍、蛍って呼ぶもんだから、心配しすぎて恐慌状態。長い付き合いだが、こんなに取り乱すのを初めて見たよ」
嬉しいを通り越して申し訳なくなってきた。元はといえば、俺が好奇心で飛び出したのが原因だ。出るなとは言われてなかったものの、危ない街だってのは分かってたのに。
止められたらイヤだから蛍に報告しなかった。誰かに言うべきだったんだ。弱いくせに、身も守れないくせに、単独行動して皇帝陛下にまで迷惑かけて、蛍をこんな目に遭わせた。
まだふぅふぅ言ってへたりこんでる蛍に眉を下げる。
「蛍、ごめん。ごめんなさい。心配かけて、ごめん」
「謝るな。俺がお前を構えば、誰ぞがちょっかいを掛けてくるであろうことは分かっていた。だというのに……」
「それはやめろよ!」
かっとなって怒鳴ってしまった。
「俺に構うのを間違いみたいに言うな! 自分がしたかったこと間違ってたみたいに言うな! そんなふうに自分に嘘つくな。俺、嘘つき嫌いだ」
支離滅裂な主張をぶちまける。俺はもうちょっと言語能力をどうにかしたほうがいいかもしれない。興奮すると余計に酷い。
蛍は濡れた目を見開いていたが、くしゃっと顔を歪めて微笑む。長い睫毛にいっぱい雫ついてら。
「そうだな。お前に嫌われるのは、嫌だなあ」
袖を濡らす。こするなよ、余計腫れるぞ。
俺はベッドから下りて、蛍を抱きしめた。
「ねこ、ねこ。かわいいねこ。いいこ」
呪文みたいに囁いて、いつもしてもらってるように背や髪を撫でる。
どうしてか、蛍はもっと泣いて唇を噛んでいた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 53