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「うああー! 戦闘機だぁー!」
黒音の精神年齢が十歳若返った。まあ、他の面子も似たようなものだ。
ガリアの惑星バイエルンに着き、展示場へ向かったところ、男の子たちがはしゃぐはしゃぐ。
「咲也はいいの?」
「見慣れております」
ロボットよりロボットらしく、戦闘教官は受け答えする。はしゃいでいないのはバサラもだが。鷹鶴は苦笑した。
「お前ら、汚すなよ。それと最新は買わない、定番の品にしろ。クロート以外のは全員同じのか同じシリーズのにするからな」
「なんで猫野郎だけ特別すか!」
「あの子はウィッカーだから」
「………」
口をひん曲げる、サノ。これでハイドウィッカーより年上なのだが。こんなところも可愛いといえば可愛い。ハイドウィッカーと違い、サノは人によって態度を変えない、裏表のない男だ。扱いさえ覚えればすぐ懐く。
「扱いの難しいウィッカーと違って、サノは何でも乗りこなしてくれるからな、助かるよ。お前の審美眼も期待してるぜ」
そう言うとサノは納得した。
「そういや蛍、戦闘機は?」
「よく回収不能になったデブリ群を破壊して回ったなあ」
「ですよねー」
菊蛍は囚人部隊強化随伴歩兵。モビルギアのサポートをするフォロワーだった。分類すれば葛王子も同じ系統として育てられたが、彼にはフォローするモビルギア自体が存在しなかったので、独自のスタイルを確立している。
「クロートがモビルギアに乗るなら、バディ組めるぜ。良かったな」
「………」
菊蛍は袖で口元を隠し、ぽっと頬を染める。
一般的に、モビルギアとフォロワーのツーマンセルは、フォロワーのほうがベテランであることが多い。モビルギアに搭乗するのは素人でいいが、フォロワーはそうも行かない。兵器を積んで大火力で敵を粉砕するのがモビルギアの役目で、その阻止を狙う敵からモビルギアを守るのがフォロワーの役目であるから、フォロワーがぽんこつでは話にならないのだ。
と、先のほうでサノの笑い声が響いた。
「何? お前の戦闘機、それ? ダッセー!」
カサヌイが手配したツクモシップは、売れ残りの中古品。ガリアにはツクモの伝統自体がないので、古いものは解体されがちなのだ。それでこんなものしか用意できなかった。
黒音がへそを曲げては大変だと駆け寄ろうとしたが、
「俺は気に入ったから、いいよ。シャチにそっくりだ。まるくて、かわいい」
戦闘機の鼻先を撫でて喜んでいる。その姿を激写するモンペ。
もう、好きにすればいい。
***
ツクモシップとツクモビル、来た! あと母艦、母艦すげえ。
ガリアはテラのヨーロッパあたりの文化が集合した星系で、ドイツ系の文化惑星は特に宇宙船やモビルギアの開発が活発だ。ドイツ車やドイツ兵器に魅せられた連中が集って作った文化だからな。
ヤマトもそうだけど、別にヤマト人の末裔がヤマトを作ったんじゃない。ヤマト好きな輩が作った星系がヤマトだ。それがたまたまデカくなっただけ。
なんで星系の名称がガリアなのかっていうと、シーザーが大人気だったから。ローマにするかガリアにするかで大揉めに揉めた結果、シーザーの著作で人の耳に残ってるガリアになったそうな。
ちなみにガリアにはスパルタに憧れたイカレ野郎どもが集う傭軍がある。超強い。ハイランダー、グルカ、スパルタン、シンセンは宇宙四大傭軍と呼ばれ、その中でもスパルタンは特に強い。
昔はシマヅも強かったんだが、今は衰退してんな。
母艦はブリタニア式のやつ。あたりまえだけど。
あれに似てる。ホタテ。ちょっと英国面出てますね……こんな伝統まで受け継がなくていいんじゃねえか。
「ホタテ号であるな、ホタテ号」
「たぶん設計者はアコヤ貝のつもりだったんじゃねえかなー。たぶんヴィーナスの誕生に見立てて」
と、中核のお二方もお喜び。鮫顔は不服そうだったが。
部屋はどこになんのかな? と思ったら、データリンクルームの真隣で、広い部屋。
「同室である」
にっこにこの蛍。聞いてないよ。愛人から貰った母艦でプロポーズした相手と同棲するその神経、すごい。さすが蛍。
「でも、規模が大きくなったせいで宇宙見えないな」
「母艦ゆえ、そこは仕方がない」
母艦にしたってことは、それだけ人員詰め込めるってことでもある。
ランデブーポイントから次々と宇宙船が集まって、人が乗ってきた。それを全員並べて、鷹鶴社長と菊蛍が前に出る。人数多いからスピーカーとモニタまで出てら。
「はい、電脳ワーカー裏社員さまご到着です。電脳ワーカーの平社員くんたちは、これから辞令が下るので、その指示に従ってくれな。
で、これから中核になる人物を紹介します。
まず俺! 社長の鷹鶴だ。お前らに指令を下すのは基本的に俺。
こっちは菊蛍。ロマ全体の指導者だ。お前たちと直接関わり合いになることは少ない。まあ、ここにいる連中は分かってるな。
そんでロマ私掠船バッカニアリーダーのサノ。現在は自称解放軍の海賊と戦う日々だ。
戦闘教官の咲也。ギアライド、フォロワー、有翼騎兵、コマンド、何処の何の戦いでも咲也に聞いて間違いないなし。
メカニックのバサラ。あらゆる星系の色んな機体弄ってきた猛者だ。宇宙船で困ったことがあったら、バサラに報告すること。
そしてみんな大好き三味線書生のクロネちゃん!」
俺?
びくっと身を竦めたら、乗員の目が俺に集まった。ひっ……思わず隣にいた鮫顔の後ろに隠れる。
「ハイドウィッカーとは違うタイプの機械感応ウィッカーだ。範囲は惑星ひとつ覆うほど、感知に強くセキュリティ侵入が巧い。大規模戦になるほど彼の世話になるだろう。
まだ発展途上なんで期待しすぎないこと」
「おいこら。しゃっきりしろ。幹部がそれじゃ締まらねえだろうが」
鮫顔にやんわり叱られた。そもそも俺はいつ幹部になったんだ。聞いてねえよ。不意打ちやめてくれ。何の心の準備も出来てない。
「あと、分かってると思うけどクロネちゃんは保護者の方が大変怖いです! あんまり意地悪しないこと。命の保証をしかねます。俺は庇えねえからな」
いくら蛍でもクルーまで殺さないと思うが……よっぽどのことがない限り。
「では次に、ニューフェイスの紹介。
宙戦・陸戦総指揮官となられるクレオディス将軍です。元ハイランダーの将校でした」
カリブの海賊じゃん。蛍の愛人じゃん……?
進み出てきた色男を見つめていると、甘い笑顔を頂いた。やだ色男。憎らしいほど格好いい。鮫顔の後ろに隠れてる場合じゃないな、お…俺だって。
そっから先は怒涛すぎて覚えてない。マイクロチップで照会はできるけど。経理担当の人とか、船長とか、砲撃手とか、今までうちに居なかった人材が紹介された。
新しいラウンジも収容人数に比例して巨大だ。そこが宴会場になった。角の角で小さくなって皿とグラス抱えてやり過ごしていた。
「―――クロネちゃん、本物だぁ」
コーカソイド系の美少年が話しかけてきた。いかにもな王子さま顔。
頭ぐるぐるさせながら蛍の言ったことを思い出した。まず相手を認識する、相手を認識する……!
「コスモスキーマのクヴァドくん」
「あれ、僕のこと覚えててくれたの?」
「あ……いまデータ照会しただけだ。ごめん」
「いいんだ! 僕の職業がなんなのか分からない人多いからね。わかりやすく言えば航海士で、宇宙マッパーだよ。宇宙は捻じくれ曲がってるから群れで飛ぶ時、隣の戦闘機が違う場所に出ちゃうこととかよくあるんだ。
コスモスキーマは観測できうる宇宙の状態を把握して、観測できない箇所の状態を推測できる人種のことだ。
こういう母艦では船長とセットで任命されるよ」
「むずかしい」
「だよね! 気にしなくていいんだよ」
いい人だ……!
こんな隅っこに隠れてる奴を見つけて気さくに話しかける対人能力。つよい。
感心してクヴァドを見上げてると、彼はぽっと頬を染めた。
「あのさ、菊蛍さんの恋人なんだよね?」
「恋人じゃない。恋人以下。今のところは」
「たくさん恋人がいるって聞いたけど、僕も立候補していいものなのかな?」
言っちゃった! とばかりに顔を覆うクヴァドくん。
「クロネと3Pとかしたい! だめ? だめかな!」
「ああ、ぅう」
「いきなりは無理かなあ。でも努力するのは自由だよね。紹介してくれない?」
出たよ、若くてイケメンで有能で対人能力高い奴……! しかも俺を押しのけようとする訳じゃないから拒みきれない。ライバルになる気すらないってのが。
そうは言っても重要なポジションみたいだし、紹介したくないなんて心の狭いこと言ってられん。
「蛍、コスモスキーマのクヴァドくん。挨拶したいって」
「おお、友達が出来たのかクロネ……!」
人に囲まれてた蛍だけど、俺とクヴァドを見て感激したように目を潤ませた。なんか……ごめん。一年以上、社員の誰とも友達になれてなくてほんとごめん。ほぼ引きこもってたもんな。
「クヴァドと言ったか。ブリタニア王の命できたのかな」
「はい! 元はキャラバンで働いていました。菊蛍さんにも、クロネにも会うのを楽しみにしてました。宜しくお願いします!」
慄くほどの好青年だ。眩しい。吸い取られる。水分が枯れる。
「噂のクロネ殿か。ぜひ一曲お願いしたく」
例のカリブの将軍が恭しく俺の手をとって指先に口づけた。か…かっこいいな、おい。ただ、蛍の目が不穏に眇められている。気付いて、カリブの将軍うしろ、うしろー!
「クロネ、無理しなくていいと思うよ。大勢の前、苦手なんだろ?」
クヴァドの助け船に少しほっとした。
「俺としては、クロネにはもう少し人前に出ることに慣れて欲しいのだがな」
「クロネに色々あったことは、僕も知っています。負荷を背負える状態じゃないのでは? 人には向き不向きもあるし、すこし環境に慣れてからでもいいじゃありませんか」
「ふむ……」
蛍に堂々と自分の考えを言える度胸も凄い。
「せっかくの宴会だし、美味しいもの食べて呑んで楽しむのが一番だよ。ねっ」
「うん」
「ほらクロネ、さっきこれ食べたけど、美味しかったよ。チャーシュースイカ」
「スイカ!?」
生ハムメロンは聞いたことあるけど、人によって賛否両論。甘くないメロンと生ハムは美味しいと聞くけど、チャーシューとスイカって。
差し出されておそるおそる口に運ぶ。
「!」
なんだこれ。チャーシューのねっとりした甘辛さとスイカのすっきりした甘さ。うまくいえないけど、嫌いじゃない。謎の感覚。
「それとブルーベリーヨーグルトのお酒だって」
「なにこれおいしい」
「こっちは白ブドウのビール」
「うまっ」
「これこれ、クロネに複数種の酒を呑ませんでくれ」
「はあい」
なんだよ。これでもカサヌイに呑まされてたから、ちょっとは酒に慣れたんだ。みんなが手土産に持ってきた地酒がたくさん並べられてて、どれも呑んでみたくなる変わった酒ばかり。
食事も美味い! 確か、専業コック入ったんだっけ。今までは合成食ばかりで、料理もマシン任せだった。志摩にいた時も旨いもの食ってた。やっぱり人の手で作られた料理っていいなあ。
食べて呑んで気分よくなって、気がついたら三味線弾いてた。何弾いたかは覚えてない。
「ほらー、クロネしっかりして。部屋まで送るよ」
「うー」
「アルコール分解薬打っておくね」
「ふぇえ」
「おやすみ、クロネ」
ぽんぽんと胸元を叩かれて、安心して寝た。
あれ? 蛍帰ってこないな。付き合いもあるだろうし、仕方ないか……それより、ねむ。
ところが、蛍は翌日になってもベッドに戻らなかった。
「あ……」
人に囲まれて酒を飲む蛍の姿をおぼろげに覚えている。その側にカリブの海賊がいたことも。鷹鶴社長は離れた場所で同じく人に囲まれてて……
「………!」
かっとなって俺は一瞬で母艦のシステムと繋がった。
『カリブの海賊、テメエ! 今すぐ出頭しろ、場合によってはぶっ殺す!! 数分以内に出て来なかった場合、全セキュリティドローンがテメーを蜂の巣にすると思え!』
「え、ええー……クロート、何してくれちゃってんの」
鷹鶴社長からトーキーが入ったが、知ったこっちゃねえや。
ファイバースーツのみで部屋を飛び出したところ、向こうの通路から室内戦用モビルギアが壁走ってきた。
「あァ? ずいぶん物騒な装備で来やがったな」
「そりゃ、あんな物騒な呼び出し食らったら自衛くらいするぜ?」
「蛍をどうした」
「俺のベッドで寝てるけど?」
「殺す」
「はん? 蛍は自分のものだとでも言いたげだな。言っておくが、後から出てきたのはアンタのほうだぜ、クロネちゃん」
「蛍が自分の意志で寝たんならいい。けど、俺のいるこの船で合意だったと思えない。てめえ、蛍が拒めないこと知ってて迫ったんだろうが!!」
蛍は控えめに「拒むのが億劫」と言ったが、幼少期からのトラウマで拒むこと自体出来ないんだろう。それを分かっててやったんだろうことが一番腹立つ。腐った性根した野郎だ。ハイドウィッカーのほうがまだ蛍を大事にしてた。
『ハイド、葛王子、こいつぶっ倒す。協力しろ』
『よっしゃあ、任せな。こいつは前から俺もむかついてたんだよ』
『頑張るのかー』
『なんだ、俺もまぜろ』
志摩王子まで乗ってきた。実質戦うのは俺一人だが、百人力の気分。
『ダミーバレットをホログラフィックで増やしまくって、撃てると思ったら撃って』
『相手、モビルギアに乗ってんだろ? 周囲の情景を揺らしてベクションを狙え。向こうもプロだが、脳を揺するのは喧嘩の基礎だ』
『ウィッカプールに中継しといてやんよ、こりゃ金が動くぜぇ』
ハイド、役に立ってない。賭けの対象にすんなバカ。
宇宙船の中や宙戦ではニードルガンが用いられることが多い。防護性の高いファイバースーツに刺さり、ハッキングを受け付けず、宇宙船を傷つけず、宇宙空間では反作用を受けにくい。
飛んで来たセキュリティドローンを遮蔽に、ダミーを撃つよう誘導しながら、カオスになった戦場にツクモビル到着。
『クロネは、ツーマンセルやったことある?』
『あるわけない。これ初陣』
『あっはっは、初陣でクレオディスとタイマンか。やるなクロ』
『オトはよく知らないけどツクモシステムなら勝手に攻撃してくれると思う。モビルギアを遮蔽にしながら、モビルギアを守るように戦ってみて』
これだけダミーやベクションで誤魔化してんのに、的確に撃ち落とされてくドローンたち。応援にきたツクモビルがエレックガンを打ち出してる。宇宙船の材質には傷をつけないタイプの電子銃だ。
カリブーがベクションをものともせず背後まで跳躍してきたんで、ツクモビルの背後に回り込む。ツクモビルが向き回転するまでワンテンポ遅れる……!
『絶対当てられる自信があるなら、関節裏にテルミット爆弾貼っ付けるといいかも。オトはモビルギアと戦るときはいつもそれで落とす』
無理やで。葛王子級の機動力がない限りは。
『モビルギア自体を操作できなくても、偽情報をフィードバックさせることはできるぜ?』
ハイドのアイデアに脱帽。やっぱ機械感応では一枚上手だな。
関節裏が「爆発した」とモビルギアのシステムに誤認させる。
「!」
部位破壊予測したモビルギアは自動で四足から二足移動に切り替える。立ち上がりをセキュリティドローンが背後から撃ち込み、今度こそ本当に膝裏を滅茶苦茶に破壊した。
「降参、降参だ。卑怯だな、ウィッカーってのは」
「スイッチングをオートにしてたあんたが悪い」
転倒した機体から手を上げて出てきたカリブー。
戦闘は終わったと、俺は誤解した。
『クロネ、どうしてとどめを刺さないの?』
葛王子には信じられない行動で、アドバイスする必要もない常識だったらしい。
カリブーは俺の腕を取って捻り上げた。ゴキャ、と嫌な音がする。激痛が走った。
「うあ、ううう!!」
「最後まで油断すんなよ、猫ちゃん。戦場なら死んでたぜ」
痛みにのたうつ俺の頭を踏みつけ、踵を捻るカリブー。
「俺も提督任されたからには、若造にそうそう負けてらんないんでね。悪く思うなよ」
「……」
この野郎が……!!
残ったドローンとツクモビルで、逃げ場もないほど俺ごと通路全体一斉射撃。カリブーの悲鳴が轟いた。
「テメエ、イカレてんのか!」
『うっうわぁあああクロォオオ! 後でめちゃくちゃ菊蛍に怒られるだろうけど個人的には賛辞を贈りたい! ナイスガッツ!!』
喧嘩上等、一度戦ると決めたら泣くまでぶん殴る。さっきのは俺らしくなかったな。
蜂の巣にされながら満足して意識を失ったが、次に目ぇさますと真っ暗い瞳をした蛍が見下ろしててですね、焦土作戦行った時よりずっと肝が冷えた。
「派手にやったなあ、クロネ。楽しかったか? 俺は楽しくなかったぞ。脳が無事だったのは全く奇跡という有様で、運ばれてきたお前を見て俺がどんな気持ちだったと思う?」
「……ゴポ」
あ、養液入った医療ポッドの中だ。
「いつかお前はこういうことをすると思っていた。全く不覚である、何のための条件付か」
「……」
「なんだ、その目は」
べっつに。あんたの名誉を守っただけだ。なんにも後悔はない。あのカリブ野郎に舐められたままじゃ、この先思いやられるからな。
『クロネちゃぁーん、やっふーう! お前に賭けてよかった、大穴大儲け! お前ならやると信じてたぜぇ!』
空気読めよハイド……蛍の態度がツンドラ化してんじゃねえかよ。
『なんだよ菊蛍、ちょっと詰めは甘かったが、見事な初陣じゃねえか。ヤマトらしい戦い方だぜ。こいつはいい兵になる』
「……こんな戦い方をする子供を、戦場に出せるか!」
『うひっ、なんだよ、俺に怒んなよぉ。じゃあなクロネ、今度なんか奢ってやんよ』
場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、ハイドは通信を切った。
「ハイドともすっかりお友達であるなあ、クロネ? 交流を断てと言ったはずだが」
こんな冷え切った氷の礫みたいな声、初めて。けどあんた、過干渉じゃないか? 俺、まだあんたのプロポーズ受けてもないし、名目上は恋人ですらねえだろ。
いや、もう、俺のほうが蛍と離れらんないんだけどな。どうも飼い猫ですやっふーい!
変なテンションになってる間に養液が引いて、菊蛍が透過装甲蓋に指を突っ込んだ。
弾丸みたいに装甲蓋貫いた四本の指。それがストッパーぎっちぎち言わせながら蓋剥がす恐怖。蜂の巣にされるよりホラーだった。
完全に装置から外した蓋を、背後に振り捨て、色々なものが色々衝突した音がする。あんたはなんかあれか、ターミネーターか?
「因みにだが、この船でクレオディスとは寝ていない。お前が船でやんちゃしていた時はランデブーポイントに赴いて留守であった。その連絡もしたはずだが……鷹鶴は俺の怒りを恐れて連絡せんし」
『だって船ぶっ壊されんじゃん、お前に言ったらさあ!』
「あのカリブの海賊、どうなったんだ」
「非のないあやつにお前から喧嘩を吹っかけた形だ、咎めなどある筈もなかろう」
「ちがう。あいつはあの時やんなくても、いつかやった」
あいつは「自分のベッドで蛍が寝てる」と嘘をついた。一触即発の状況で挑発したんだから、俺を敵視してんのは確かだ。だったらやるしかねえだろう。
「俺は? 無実の将校ミンチにしてお咎めなしじゃねえだろ。覚悟は出来てる」
「寸前だったが挽肉にはなっていない。クロネ……どうして俺のいやがることばかりする? ウィッカー能力自体もう使わないで欲しいのにカサヌイの許可なくウィッカー能力を使う、無茶な戦いを挑む、自身を省みない特攻をする。それは本当に愛と呼べるのか」
「なんだミンチになってねえのかあの野郎。チッ、船が壊れると思って火力ケチりすぎたな」
「クロネ、ヤリ殺されたいのか?」
「ごめんなさいすいませんそれだけ……あぅううっ!」
条件付が発動した。菊蛍のガバくなった堪忍袋の緒がぷっつり切れた。イってる間にパッケージポンプ打たれてひくっと身体が痙攣する。
「……? ひ?」
イってるけど身体攣ってる。呼吸器つけられた。
何一つ抵抗できない状態で抱き上げられ、ベッドに運ばれる。
「色々とお前が嫌がりそうなことを考えたのだが、俺の顔がファントムになるのと、銃で撃たれても気持ちよくなる調教をされるのと、二度と勝手な戦闘をしないと誓うのは、どれがいい?」
ファントムは! ファントムだけはやめてくれ! あんたの顔は人類の宝! なので!!
それに銃で撃たれて感じちゃう奴って、むしろ好んで撃たれに行くようにならないか? 逆効果じゃないか? でもそんな戦死の仕方はおかんに顔向けできないのでやめてください。
「ひぅ…ひゃくそく、ひぅ……」
「んー、そうか。俺のクロネは素直でかわゆいなあ。約束を破るとどうなるか、この素直すぎる体に教えてやろうな」
「ひゃふぇ」
「そうかそうか、嬉しいか」
「んっんっ」
喋るたびに酸素マスクの中が曇って湿気る。なんでもいいから、森のざわめきミュージック止めてくれ。あんた、俺に何の薬打ったんだ。ずっと痙攣しながらイッてる。
「あ…、ん……、……っ、ひ、は…」
口と体がろくに動かないまま穿たれる。あっ、これ、やば…っ、くす…、り? あ、あたま…っ、き、もち…い、おかし、な……
「悦い顔だ、クロネ」
心底満足そうな笑みを最後に見た。
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