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黒音はクレオディスの下につくのがいやだと言って家出したような子なので、ブリタニア王と引き合わせるのも悩んだ。
かと思えばカサヌイやオオタチなどには懐くのだ。
因みに、黒音はハイドウィッカーも愛人だと思いこんでいるが、菊蛍はハイドウィッカーと関係を持ったことはない。菊蛍にとってあれは嘗て世話を見てやった唯の小僧だ。
「クロネがおらんな……」
挨拶をしろと強要する気はないが、拗ねているのではないかと不安になって見回すが、宴席にはいない。カメラで探すも、部屋にも、ツクモシップにもいなかった。
「鷹鶴、クロネがおらん。マイクロチップ追跡にも引っかからんのだ」
「んー、拗ねて外に出たとか」
『蛍!』
ハイドウィッカーからの入電だった。あの事件以来、直接やりとりをするのは初めてだ。不快ではあったが、タイミングが妙に良いのと、焦った声音に耳を済ませる。
『話してる途中でクロネの応答が消えた。あいつ、何処に行ったんだ』
***
蛍と鷹鶴が撒いた種なんだから「こちら側」の人間である俺がブリタニア王に言えることなんかないんだよな。しかも母艦まで貰っちゃってるし。
別に母艦買えない訳じゃないけど、母艦てのはショーケースに並んでる訳じゃない。法的にも利用目的がはっきりしてないものは製造不可。じゃないと色んな星がバンバン母艦作って軍拡しちゃうから。
ブリタニア王は正規申請して製造していた母艦がちょうど完成する頃なので、困っているようだから譲渡すると。金は受け取るから遠慮しなくていいと。
法的手続きまできっちりやってくださったそうだ。ロイヤルすごい。
こっちとしても突然、大量に収容出来る船が必要になっちゃったわけで、文字通り渡りに船だった。
噂に違わぬ伊達男ぶりで、土埃まみれの開拓惑星でも嫌な顔ひとつせず笑ってた。ブリタニアはロマの味方であると宣言してくれたような慰問で頭を下げこそすれ恨むようなことなんか……
ぐ や じ い
「わかるよー、わかるよ小僧ー。悔しいよなー。呪い殺してもええんやで」
カリブの海賊に頭撫でられた。
ハイドもカサヌイのおっさんも『チクショーお金持ちめ!』と喚いてたので、愛人男四名、煌めくブリタニア王に惨めったらしく悔し泣き。
宴席があったので、もしかしたら呼ばれるかなと思ったけど、呼ばれなかった。気を遣われたのか、俺の三味線は王の趣味じゃなかったか。どっちも悔しい。呼ばれても微妙だけど、完全に輪に入れない。
このままだと蛍に八つ当たりしちゃいそうなんで、途中で抜け出してツクモシップに乗り込んだ。データリンクするためであって、断じて家出ではない。
ブリタニア王の来訪でへそ曲げて去ったら流石に痛ましいだろう。前回も愛人絡みだっただけに。
『皇室研究所では今、ブリンクの研究がされてるらしいぜ』
ウィッカプールの人材派遣システムをチェックしながらハイドと喋ってた。王子コンビは片方忙しくて片方就寝表示だったんで。
『お前もさ、意識のみのブリンク行為やってたじゃん。実際どんな感じなん。
クロネに出来るってことは、俺もできんのか?』
『暴走状態だったからなー、とにかく感知を深めて、沈めて、沈めてく。そうすると重力から解放されるようにフワっとして、座標もない別世界に辿りつく。そこには概念とメタファー以外存在しないんだ』
『そんな状態でどうやって肉体を移動させんだろーな』
『理論的には転移先に装置がない限り再構築できないはずだ。だから、設計図として意識体ごと移動してると思う。でも狭間に行った記憶があるブリンク能力者はいない』
『……おーいおい。猫ちゃん何処いった。陛下に挨拶くらいすんべよ』
途中でクレオディスからトーキー入った。なんとなくハイドと合流させてやる。
『おめーなー、言われなくても挨拶くらいソツなくこなしなさいよ。鷹鶴も菊蛍も誤魔化してくれてるけど、それに甘えんな』
『ハアー? ふざけんなだよ、ふざけんな。俺だったらブリタニア王のツラ見たら殴っちまうね。クロネ、行かなくていいぜ』
『クロネちゃんはお前みたいなチンピラと立場が違うの。俺だってヤだけども、挨拶はしたわい。ちゃんとしないと大人になれないぜ』
『大人になんかなるなよクロネ! いつまでも子猫のクロネちゃんでいてよぉ』
うぜぇ。戻ろう。
ただ、さっきの話が途中で気持ち悪い。
『戻る。ちょっとブリンク能力の話で立て込んでた。その話をしたらハイドのほうでも解析して貰えるから、それだけさせてくれ』
『早くしなさいよ』
トーキーが切れた。クレオディスはむかつくけど、憎悪を向けず忠告してくれる奴は貴重だ。
『……で、話戻すけど。俺は感知が強い方らしいが、他の能力者でもそこまで深く沈めるもんか?』
『難しい。そこまで深く潜る理由がないってのもあるが。
ボットなんかを操作する時、肉体を意識したまま意識体を飛ばすだろ。あの要領で潜るとどうかね』
なるほどな。うまく言えんが、感覚は解る。
『死んだ猫と生きてる猫の狭間に行けば、理論上は過去にも行けるはずなんだよな。が、ブリンク能力者は移動距離に関わらず一秒後に戻る』
『まさかと思うが、いちいち超AIが戻してくれてんのか』
『有り得るー。でも、意識体もあっちに行けるなら、単独タイムスリップ、可能かもよ?』
過去跳躍は宇宙船でホーク・ホールを使用する。生身で過去には飛べないが、この理論なら……
人形を飛ばす感覚で、体に意識を残し? 深く潜る、あの感覚……
『クロネ? おい、クロネ……***?』
俺は、ちょっと感覚を思い出すだけのつもりだった。ハイドに伝える為で、それ以上の理由はない。
なのに、気がついたらツクモシップの中じゃなくて、全く別の場所にいた。それも見覚えのあるところなんだ。
屋外。芝生。謎の猫型モニュメント。白い遊具。桜の木。
子どもの頃に遊んだ近所の公園だ。
まさかのブリンク発動?
意図しない場所に出るなんて危険すぎる。宇宙に放り出されてたかもしれない。ぞっとした。
慌てて仮想次元を呼び出す。すぐにハイドにかけ直すつもりだったが、日付が目に入って愕然。
15年前だ。
バグったのかと色々調べたが、古いニュースが色々流れてる。双子皇子十歳のお誕生日っていうのが一番脳に来た。十歳なのに既にデカイ双子が並んで写ってる。でも、将来の姿を知ってるから「若い!」と驚いた。体格も比べ物にならない。か、かわいいな……?
可愛さとは掛け離れた宇宙にいる双子皇子だが、将来の姿を知っているのと、彼らと恐れ多くも知り合いであるために、ものすごく可愛く見える。志摩王子も葛王子も見たら喜ぶだろうな。
現実逃避はよそう。
近くの販売機に寄ってジュースを買おうとしたが、これがエラー出る。なんてこった。いちいちシステムハックしなきゃならんのか。機械感応でよかった……機械感応じゃなかったらこんな羽目に陥ってねえよ畜生。
どうやら俺の母星みたいなんだが、15年前てことは、俺5歳。駄目だどうしようもない。
未来から来ましたなんて奴、聞いたことないぞ。居たら双子皇子が話してくれてるはずだ。
確か、時間には未来も過去もなく重ね合わせ状態で、因果関係はないって話だったな。観測者がいないとも。こういうことなのか。
パラレルワールドともまたちょっと違うんだよな。
俺がここにいることで、前の頁が書き換えられる。今なお書き換わってる。でも、俺が元いた時間軸の過去が変化することはなく、未来も変わらない……駄目だ混乱してきた、専門家呼んでくれ。
じゃあ此処は何処だよって話に。いっぱい宇宙存在すんのかっていう。この質量はどこから来て何処へ行くんだよ! 意味わかんねえ。
考えても解決はしない。俺が解決すべきことは、寝床とメシの確保だ。
このままじゃ警備ボットに通報されて収容される。
誰かに連絡しなきゃならない。誰にだ。蛍? 未来から来ましたって。ははは。ははははは。
悩んで悩んで悩んで、悩んだ末に連絡したのは鷹鶴だった。
『こちら電脳ワーカー! 芸人レンタルからシステム構築まで幅ひろーくやってるぜ』
「た、社長ー!」
『んあ』
「助けてください……あの、怪しいかもしれませんが、俺は未来から来た電脳ワーカーの社員です。ウィッカーで……実験中にうっかりブリンクで過去に跳んじゃって、なぜか母星に出まして。
マイクロチップがエラー起こして物も買えないし、自分は5歳だし、頼る人がいないんです」
『ふえー!』
嘘だろ、詐欺、とは言われなかった。
「疑わないんですか」
『理論上、絶対ないとは言えないじゃん。過去に跳べるほどのウィッカーをうちで雇ってるなら、未来の俺に対して知りませんとも言えないし? 何より蛍に殺される!
でも鵜呑みにする訳にもいかねーよなー。あー、なんで蛍いないかなー』
「たぶん、蛍と社長しか知らないことも知ってますけど」
『あー、とりあえず言ってみて』
「蛍と社長が知り合ったのは、出所直後の蛍を社長がナンパしたから。そこから意気投合してロマを支援するためフロント企業を起こし、5年めくらいなんですかね」
『待って、それ犯罪なの! マジか、知ってるのか。知ってる奴は知ってるけど。公然の秘密だけど。
蛍との出会いも、隠してる訳じゃないからなあ。酒の席で漏らしてる可能性も』
「咲也さん狙ってるんですよね」
『それは社員ならけっこう知ってることだね!』
あとは……うーん?
あれ、意外と俺だけの秘密みたいの、ない。ショックだ。
「機械感応系のウィッカーなんで、飲食物はどうにかなると思います。でも住居は……夜になったら警備ボットに連行されちゃう」
『マイクロチップから場所特定してデータリンクしてる。猫の像の前で立ってるね?』
「はい、身長178のヤマト系の男です」
『君は機械感応者なのか。でも、さっきブリンクでこっち来たって言ったね』
「ブリンク能力者対策で、ハイドウィッカーとブリンク能力について論議してたんです。理論的にはこうだよなって話しになって試してみたら跳んじゃって……跳ぶと思わないでしょう! しかも場所指定した訳でもないのに15年前の母星とか意味わからん。俺いったいどうしたら……」
『ハイドと知り合いなのか。そこも妙に信憑性あるんだよなあ。とはいえ……とある理由で、君を全面的に信用することが出来なくなってしまった』
え、なんでだ? なんかまずいこと言ったか?
「他に何を証明したらいいか分からない。あっ、未来の蛍の写真いっぱいある!」
『マジ? えーでも編集でどうにでもなるしなあ。でもちょっと見たい、見せて』
言うので、ふにゃんふにゃんした顔で俺を抱きよせる蛍とか、蛍の寝顔(事後なんで裸)とか、猫耳つけて嬉しそうに笑ってる蛍とか送ってやった。
『誰!』
ですよねえ。
『どういうことなの!? こんな蛍見たことないですけど!』
「さあ。案外、愛人とかにはこういう顔してるんじゃないですか。俺、愛人の一人……みたいなもんでしたし」
『ええ。そりゃ、愛人と会ってる時の顔は俺も知らんけどさ。蛍がこんな人前で無防備に寝るはず……』
かえって疑わせる羽目になってしまった。どうしたらええんやよ。涙目になってくる。
『や、でもこれが本当だとすると、滅茶苦茶かわいがってる! そんな子を放置したら蛍に殺される!!』
あんたの価値観いつもそれな。
『今から危険を承知で蛍に連絡する。ここまで溺愛してるなら、今の君が会っても何らかの反応あると思う。俺より蛍を説得したほうが早いし確実なんじゃないか。というわけでちょっと待ってくれ』
「いやでも、過去の蛍に冷たくされたら俺死んじゃう」
『君の言い分が真実なら、それは有り得ない。蛍はめったに人を懐に入れないが、それだけに情は深いんだ。俺には判断できそうにない。ていうか投げる! 助けて蛍!!』
鷹鶴らしい反応だった。さすが鷹鶴。変わってねえや。
ふと、足元に衝撃。
なぜかちっこいのが俺をでっかい目でじーっと見つめてた。頬が腫れてる。なんだこい……つ。
なんだこいつ。
「黒音、黒音どこなの! 外に出ちゃ駄目でしょ!」
焦った母親の声が聞こえる。俺の母の声。さすがにおかんの声は間違えない。
公園に入ってきたおかんが、悲鳴をあげた。
「いや! 誘拐だわ! 誰なの、あんた!!」
おめーの息子だよ。
冗談じゃねえ。警備ボットが来る。子どもひっぺがして逃げようとしたが、意地でも離れないという力でしがみついてくる。
「連れてって。あんた俺と同じ顔してる。俺のとうさんじゃないの」
違う。けど、そう思っても不思議じゃない。
「かあさんに殴られた、かえりたくない。さがしにきたのは治療機で治せば殴ったのばれないからだ。帰ったらまたたたかれる」
必死に言い募る子どもに、青ざめた。殴られた? 帰ったら叩かれる? 何言ってんだこいつ。
『君は都合の悪いこと忘れる癖があるね。特に家庭のこととか』
ミチルさんの言葉が脳裏を過る。
忘れたのか、おかん守るために。虐待で通報されてもおかん庇う発言してたのは覚えてる。でも。
今ここにいるがきんちょは助けを求めてる。
「……俺の顔を見ろよ! 黒音だ、母親なのに分かんねえのか」
「な、なによ」
おふくろは喚くのをやめた。俺がどうしようもなく5歳の我が子と似てたからだろう。
「志摩の人なの? あの人から何か言われてきたの」
「違う、あんたの子だ。事故で未来から来た。親戚と自分の子の違いもわかんないか」
「うそ……でも………でも」
幼児と俺を見比べ、母親は呆然とした。パーツの配置、身体のクセ、何もかも同じだ。成長したら別人になる奴もいるが、俺は顔もそんなに変わってない。
何より喋り方と発音がな。なんにも変わってないんだよな。成長なくて驚いたくらい。いや、こいつがマセてんのか。
「ちょっと頭冷やせよ。こいつは俺が連れてく」
「黒音!」
「俺は何度も言ったぞ、叩いたらあんたが不利になるからやめろって。あと何でも普通の子と比べんな。失敗したら普通の子と比べて、成功するとプロとかと比べて。
このガキが絵を貶されて絵を描けなくなったの知ってるか。おかげで学校に入っても美術の授業で反抗的とか言われるようになる。あんたはその時もなんで普通の子と同じように出来ないのか詰ったな。
俺も言いたいよ、なんであんたは普通の母親と同じように出来ないんだ?」
言い始めたら文句が堰を切ったように溢れ出した。ああ、ずっと言ってやりたかったんだ。いや、言ったかもしれないけど、母は考えを改めなかった。その場では分かったと言うのに、翌日には元通りだ。
具体的な内容に母は立ち尽くした。
「返さないとは言わないから。でも、少し離れたほうがいい。頭ひやせ、ばか」
「………」
俺がガキを抱っこしても、何か言いたげにはするが、騒がない。周囲も家族の喧嘩としか思ってないようだ。何しろおふくろと子どもより、俺と子どものほうが似てる。傍から見れば夫婦間の喧嘩だろう。
「ありがとう」
子どもが、きゅうっと俺にしがみついた。
勢いで連れてきちゃったけど、どうしよう。俺も行く宛なんかないのに。最悪、こいつは施設に連れてくしかないな。俺は警備ボットに連行される秒読み段階だし。
『君。蛍が会うって言ってる。その星のステーションに向かって』
「それが、社長ー……過去の自分に会って、思わず連れてきちゃった」
『何やってんの!?』
「なんか虐待されてて……追い返したらまた殴られるの分かってたから。蛍に会った後、施設にでも連れてってほしいんだけど。俺がいくとサーチシステムがエラー起こす」
『ま、それも蛍に言って。俺じゃどうにもできない。さっき、君を信用できなくなったと言ったのは、蛍がちょうどその星にいるからだ。タイミングよく連絡してきた君は怪しかった。
蛍は強いし、芸人の中にはウィッカーもいるから大丈夫と思うけど、何かあればすぐ通報するからね』
そか。芸人さんの中にウィッカーいたのか。知らなかった。いつも蛍の世話とかしてるんだよな、あの人たち。喋ったことないけど何者なんだろ。
ステーションにはタクシーを使っていった。が、そういえば金使えない。タクシーのシステムに侵入して支払いをするしかないか。
この星のステーションを見るのは二年ぶりだ。無理やり役人に引きずられてきたんでいい思い出はない。何の変哲もない、綺麗で清潔な普通の宇宙ステーション。そういえば中にも猫のモニュメントあったっけな。
蛍は楽団を連れて、ちょうどその前にいた。
「……おお? 猫が増えている」
何ら変わらぬ蛍が袖で口元を覆ってる。いや。なんか妙に綺麗だな?
始めの頃の蛍はこうだったかもしれない。いや、最近までこうだったかも。アエロ事件で俺がただの知人に格下げされてから、素の顔を見せてくれるようになった。
し、何より親しげな雰囲気がないのか。飾った蛍だ。対外用蛍。
小さい俺は蛍を口あけてぽけーと見てる。蛍はその頭を撫でた。
「鷹鶴から妙な連絡があってな。まあ、喫茶店にでも入るか」
「いや、エラー起きる……」
「それも含めて確認したい」
ええ、店員にどう言い訳する気だよ。
言われるままにカフェに入り、案の定エラーが起きた。ビービー鳴るのに焦って思わず止めてしまう。
「申し訳ありません。故障かしら? 責任者を呼んで参ります、お席でお待ちください」
慌ててコールを始める店員。蛍は薄く微笑んでいた。
「なるほど。本当のことらしい。しかし、真実かどうか見極められん。とはいえ、このように瓜ふたつの、同じデータを持つ子どもを連れて来られてはなあ。
何を食べる?」
「ねこちゃんパフェ!」
「そうか、ねこちゃんパフェか……アレルギーは?」
「ないよ」
子どもを連れてきたのは正解だったかもしれない。蛍の表情が緩んでる。
「俺も、なんて説明したらいいか分からない。どうやって帰ればいいか……元のようにすればいいんだろうけど、宇宙空間じゃない場所に出られるか分からない。最低でもツクモシステムを搭載したギアがいる」
「なるほど、それも理解できる。志摩姫に連絡を入れようか」
そか。今の当主は志摩姫か。志摩王子はまだ三つくらいだと思う。ナナセ姫なんて生まれてない。志摩姫にベタぼれだったカサヌイとは、まだ愛人でもないはず。
「こいつは手数だけど施設に連れてってほしい。俺はなんとか住居を……」
「やだ」
パフェにかぶりついてたガキが、クリームまみれの口で俺にしがみついてきた。おい。汚れる。
「やだやだ、やだぁああ!」
「うえっ、おい」
「施設なんかやだ! やだやだあ!」
「……親子なのではないか?」
「俺は20だ! 5歳のガキなんかいるもんか」
「ロマであればよくある話だが」
そういえば俺がロマなんだから、このガキもロマだ。未来からきたってより、そっくりな我が子使った詐欺のほうが現実的だよな。
「これ、子猫。この人は誰かな」
「しらないひと」
おい。まあそうだけど、知らない人にほいほいついてくんじゃねえ。
「しらんけど、おなじ感じ」
「社長と話した後に、急にしがみついてきて……頬を腫らしてるし、どうしたもんかと」
「そうだな、その怪我は痛々しい。ここに入る前にステーションの治療室へ連れていくべきだった。シナ、頼む」
「パフェたべるぅ」
「また買ってやる」
子どもはシナさんに連れてかれてった。あれだ、三味線の人。
「……俺、あんたに三味線習った。あんたと同じクセしてる」
「ふむ、三味線弾きか。どれ、弾いてみろ」
シナさんが置いてった三味線を渡される。が、困ってしまった。
「それってどっち弾けばいいんだ? 普通のほう?」
「普通じゃないほうとは?」
これ。
サンプリング用のフレーズを弾いてやる。激しい音律なんで店内が振り返った。蛍も楽団も驚いてる。
「ふつうのほうはこっち」
適当な民謡を弾く。蛍に基礎を教えて貰ったから、蛍のクセが出てる。
「鷹鶴社長が俺を売り込んで、仮想次元と、ウィッカプールでは少し名が知れてる。サノ……はまだいないのか。ロマ・バッカニアの統括、前任はいるのか?」
「………」
蛍は考え込んだ。
「あんたが俺をクロネと呼ぶから、芸名もそれになった。黒音と言うんだけど。あんたは黒に音でクロネ、黒猫のようだと言ってた。
あんたと会ったのは移民船で、拉致されて強姦されかけたのを助けられた。裸にニードルガン食らっても殴りかかるのを気に入ったって、電脳ワーカーに連れ帰った。
あとは……うーん。裸猫耳にやたら喜んでいっぱいフォト撮ってた」
何を言えば証明になるか分からず、色々主張してみる。
「鷹鶴にフォトを見せられたが、俺とお前はそういう仲なのか?」
「ムービーもあるけど」
クローズドでデータを送信する。モニタを虚空に浮かべるのもあるが、目を閉じる鑑賞法もある。
送ったムービーは俺の視点から撮影したもので、ぷんぷんしてる蛍がのしかかってきてるやつ。可愛かったんで撮った。他の男の話をするなとか、はーかわゆいとか、そんなこと言ってた気がする。
目を開けた蛍が額に触れた。
「……これは本当に俺か?」
あんただよ。
「なんか知らんけど好みだって言われた。あんまりあんたが俺を構うんで、誰かから俺に似た子どもを三人よこされたくらい」
「いや。それは解る。
俺の中の無意識の願望を現実化したのかと思うくらいには可愛い」
そこまで?
「自分にこのような趣味があるとは知らなかった。だが、かわいい。さきほどの子も含めて可愛い。その訴えるような大きな猫目……一生懸命な話ぶり。強姦魔に立ち向かう気概。その姿。何をとっても好みである」
「そういえば、この小袖袴はあんたが志摩の金糸雀友禅で買ってくれたんだ。書生みたいだなと思ったら、あんたの趣味だって」
「理屈では信じるに値しないというのに、異様な説得力がある」
そりゃあんたの趣味だからな。
聞く限り、俺の前に若いのを囲った例もない。まだ出所して5年目だろうしな。
「囚人兵時代は楽しく謳歌したとも聞いた。みんな言いなりだったとか。シノノメだっけ、同期にそういうのがいたって」
「わかったわかった、そこまで知っているならお前の言うことは真実だろう。その話を一番に聞きたかったものだ」
そりゃ悪かった。俺だって今思い出したんだからな。
そうこうしてるうちに治療を済ませた子どもとシナさんが帰ってきた。
「ねこちゃんパフェは?」
「うん、約束したからな。ねこちゃんパフェでよいか?」
「うさぎちゃんパフェにする!」
「そうか、うさぎちゃんパフェであるか」
蛍が既に俺の知る蛍になりつつある。とりあえずそのふにゃんふにゃんした顔を撮影しておいた。過去のチビ俺と蛍、レア。帰って見せたら蛍が喜ぶだろう。帰れればな……
子どもは、ねこちゃんパフェが届いた時と同じように、うさぎちゃんパフェが届いて暫く、目をきらきらさせて感動してた。クリームを口にいれて「んー」と喜び悶えている。
「はあ、かわゆい。狡いな、これはずるい」
言うので蛍から貰った猫耳アタッチメントを子どもの頭につけてやった。本人同士なので認証らくらく。猫耳のついた俺がパフェを頬張る姿に蛍は袖で顔を覆って震えてた。そこまでなのか。
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