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皇帝の葬儀は全星系を挙げて行われる。各王が皇星に集うのは、それらが済んだ後になる。
その間に菊蛍の為すべきことは多かった。
ひとつはウィッカプールのこと。皇帝を失い、解放軍が暴れる昨今、ハイドウィッカーの手から離れる海賊が更に増えた。
「ウィッカプールを支えるのも大きな意味を持つけど、クロートは組織のために利益を生むって思考が一切ないよね!」
鷹鶴が苦笑するほど黒音は私益について考えなかった。電脳ワーカーとして、あるいはロマとしてやるべきと感じたからやった、ただそれだけ。
ゆえにウィッカプールでの彼への信頼は絶大なもので、ウィッカプール「内」は収まったが、黒音はウィッカプール「外」まで気が回らない。
結果として菊蛍の仕事が増え、睡眠時間が減っている。この程度の動乱はよくあることなので大したことではないが……
「ほたる、いつ寝る?」
黒音が不安そうに訪ねてくるようになるのは想定外だった。
菊蛍は仮眠と休息をとりながら100時間はベッドに入らず活動出来る。そういう訓練を監獄で身につけてきた。
黒音は違う。起きて20時間もすれば眠くなる。それでも菊蛍の仕事が終わるまで頑張って、限界を迎えたらしい。
原因は連日の悪夢、トリガーは不気味な男に強姦される夢。
菊蛍と黒音は元から毎晩共寝している訳ではなかった。電脳ワーカー時代から一週間会わないのはざら。ふたりとも仕事に没頭するタイプで、一人寝を苦にする性格ではない。
ところが悪夢のせいで毎日の添い寝が必要になった。黒音がウィッカーであることを加味すると、日に六時間以上睡眠を摂らせることが望ましい。悪夢の件があるので寝かしつけた後に席を立つこともできなかった。
これは菊蛍にとって大きなタイムロスになる。
(20時間に一度7時間の休息。単純計算で五倍の損失。能率は上がるがその間を放棄することになる。鷹鶴も案件を抱え此方までカバーするのは難しい……意外な落とし穴だ)
「ほたる?」
眠そうな瞼で不安そうに見上げる黒音に微笑みかけ、髪を撫でる。
添い寝しながら仮想次元で仕事を片付けようかとも思ったが、菊蛍も人間だ。愛しい子の幼い寝顔が目の前にあり、その体温を感じて横になると、いつの間にか意識が落ちている。
「内部キーは変えたんだぜ。もう夢をハックされることもない。クロートに言い聞かせたらどうだ」
「だが、怯えている。こんなあの子は初めてだ。これも計算のうちとすれば見事なものだ」
たかが下賤な悪戯と侮っていたが、なかなかどうして。敵は頭がキレるようだ。
そこで、鷹鶴は菊蛍のリンクルームにベッドを運ばせた。
「な、なんかごめん。俺、仕事の邪魔だった?」
「いいのだ。俺もお前の寝顔があれば仕事が捗る」
バサラには手を伸ばして届く位置にベッドを置いてもらい、左手を黒音に掴ませ、寝かしつける。
鷹鶴は過保護だと、この子は一人でやっていけると言うが、菊蛍から見ればまだまだ危うい。
黒音を手放したのは志摩と家出の二件、どちらも菊蛍の掌から逸脱することはなかった。志摩では当主一家に、ウィッカプールではハイドウィッカーとハッシュベルに守られ、菊蛍自身、「ロマの目」を放っている。
サノが紹介した私掠船では「すぐ滅入る」ことも想定内。この子にはきちんとした設備と環境しか与えていないのだ。まともな船医がおらず、メカニックがバイタルチェックを行うようなタコ船では、身が持たない。
入院沙汰にまでなるとは思わなかったものの、連れ戻す口実にはなった。
ここまでしてもまだ守りきれぬ場合がある。
まだ、この子は自分の身を守れない。
(それも……いつまで必要としてくれるかな)
眠って膨れた「天使」の頬を指で擦り、菊蛍は作業に戻った。
***
蛍の邪魔になってる。
精神的に落ち着くまで蛍の世話になろうと思ったものの、もう十日も経つのに目を閉じるとあの光景が浮かび上がる。仮想次元経由で他の映像うつすと、それはそれで眠れないし。
でも、とうとう蛍がお守りしながら仕事できるよう、データリンクルームにベッド持ち込んじゃって。
完全にシッタールームじゃん!
これ以上、蛍の世話になるまいと枕を持って母艦をうろついた。
「うーい、おつかれさーん」
オフィスになってる部屋から鮫顔たちが出てきた。都市計画開発本部の面子だ。
「サノっ」
枕ごと鮫顔の背中に抱きついた。
「は? 何? は?」
「一緒に寝て!」
「ハァア!」
ハァハァ叫んでなんかの格闘家みたいになってるけど大丈夫か。
「もう限界なんだよ、お願いだから今晩一緒に」
「へ? アァ!? 何が限界だって?」
「だ、だから……体が!」
「体が!!」
なんでそんないちいち絶叫するんだよ。皆見てるじゃん。
サノは目を見開いた状態で俺を剥がして振り返り、頬を両側から摘んで引っ張った。
「俺を殺す気か!!」
なんでサノ死んでしまうん。
「なになに、なに騒いでんのぉ」
「社長、こいつ何とか言ってやってくださいよ、俺のこと殺そうとすんです」
「へーん? どしたのクロート」
なんか疲れ果ててよれた鷹鶴がやってきた。これならオトせそう。懐に枕ごと飛び込んだ。
「おねがい鷹鶴、今晩一緒に寝て!」
「死ぬ!!!!!」
なんで鷹鶴すぐ死んでしまうん。
「自分の、保護者! 考えて! 十ぺん復唱してみ!? 俺たち死んじゃうでしょ!!」
フォローしてミーのポーズで必死に叫ばれた。ああ、ウン……なんかすいませんでした。
「大体、どうしたの。一人で寝られないなら、蛍のとこ行けばいいでしょ。そのためにベッド持ち込んだんだから」
「ア? 一人で寝られねえってガキかよ……そんで俺や社長に絡んできたってか」
「うう……」
急に恥ずかしくなって枕を抱きしめる。大の大人が大騒ぎしてみっともねえ。何やってんだ俺。
「まあ待ちなよ。君、ちょっとおかしいぜ。夢レターってのはあくまでただの悪夢って聞いたぜ。あれから結構経ってるのに、人みしりのクロートが俺やサノ捕まえて一緒に寝てもらおうとするほど参ってるなんて」
「夢レター?」
サノが鮫顔を顰める。
「自分ごと蜂の巣になった後に戦闘ストレス反応も出ずケロっとしてた奴が一人寝できねえって、やべえんじゃね。
今は厄介すわ。皇軍警察に届けりゃイッパツだが、うちは宇宙政府から独立して、しかもアジャラ皇子がヘッドだろ」
「クロート、ミチルさんのカウンセリングは受けてる?」
「うん……」
普段は特に問題なく、忘れてるくらい。ただ、いざ眠るタイミングになると思い出して辛くなる……それをミチルさんに相談すればいいのか。うっかりしてた。
「ミチルさんが言ってたなあ。クロートを狙うのは蛍を征服したいからだって。犯人は内部と通じてるか、内部の人間。
蛍へのあてつけ、蛍の足止め。でもクロートを狙ったのは多分趣味。サノから見て犯人像浮かぶかい?」
「技術はあって頭もいいが、ガキみたいなおっさん。
内部犯は絞って俺とバサラ。主犯は外部の技術者。俺視点ではバサラが狼だ」
いつから人狼ゲームに……占いCO、バサラ黒!とか言えばいいのか?
「なんでサノとバサラなんだ? 内部キー知ってる社員は他にも……」
「すまん、鷹鶴さん。内部キー知ってたのは俺とあんたと菊蛍サンとバサラだけ。海賊対策で他に教えたのはダミーだ。こいつは俺の独断で、あんたらにも教えてなかった」
よくないことかもしれないけど、おかげで犯人絞れたことになるのか。共有者トラップみたいだな?
ロマ・バッカニア統括のサノが独断でやったってことは、それだけ効果があるからなんだろう。
「どうなんだ、バサラ」
その場に残ってた社員けっこういるの中で、詰め寄られたバサラさんが静かな目でサノを見下ろしている。
この褐色のエキゾチックイケメンのことは、俺もよく知らない。志摩での宴席で酒を貰って以降、全く話したことがない。というか誰とも話さない。
仕事もほとんど仮想次元でグラフを示すとか、そういう方法でやってる。現代は喋らなくても生きてけるんだなあと感心した。
でも、釈明の必要なこの場で沈黙は許されない。
バサラさんの厚い唇が動いた。二年の時を経て、バサラさんが喋る――――!
「彼が環境に弱い、外部に漏らした」
なぜカタコト。やっぱり言葉通じてないんじゃないか? 宇宙共通言語なのに。
「なんでだ」
「俺、元ゲームクリエイター。彼の好み、苦手、報告、俺の仕事。俺、人と喋らない。サプライズ、ちょうどいい」
サプライズで、俺の好みと苦手を外部に漏らす……バサラさんは元ゲームクリエイター。なんのこっちゃ。
でも、サノや鷹鶴は納得したようだった。
「辻褄は合う……けど、内部キーについては?」
「わからない。でも、この船、ブリタニア、作った。母艦、大きい。セキュリティ、把握しきれてない」
「その報告は受けたわ。でも内部キーはこっちで設定できんだぜ?」
「製造時の細工、わからない。だから俺、母艦チェック、してる。広い、手が回らない」
「……ミチルさんが言ってた。犯人は反応見て楽しんでるはずだって。ちょっとバサラ、菊蛍の部屋をチェックしてくれ」
急遽、社員一同で蛍の部屋に押しかける。連絡済だったから、蛍はデータリンクルームから出ていた。
「あー蛍。実は夢レターの犯人のことでさ」
「あれなら……クロネに言いたくはなかったが、ゲームクリエイターである。確定した二名については、処分した」
「早!? 言えよ!!」
「現在、事後処理中だ。警察が介入するでな。それが終了してから報告する予定であった」
ゲームクリエイター? 何の話?
眉を寄せてると、蛍が苦笑する。
「サプライズなのでクロネには内緒にしておきたかったのだが……実は、一年以上前からお前のためのゲームをアリヅカマチ、ヒラマツらに制作依頼していた。夢レターの犯人はその中にいたのだ」
えっ、例のドリームチーム? あの中に汚トド男がいたのか。憧れのクリエイターだっただけに、なんかショックだ……ええ、アリヅカマチさんじゃないよね? 伝説シナリオライターの。あの人だったら、ショックで立ち直れない。あの人の大ファンなんだ……
「細工をされているならば除去せねばならん。俺は専門家ではない、確認を頼む」
バサラさんが作業用エアブーツで天井付近までゆっくり浮遊し、壁に内蔵されたカメラを手際よく抜き出す。
「変。必要ない配線ある。他の部屋になかった」
「それか!?」
「調べる……明日には解る」
言って、バサラさんは出て行った。
「あのゲームは、解放軍騒ぎが起きた際に権利の一部を手放したのだ。今や俺の一存で止めることは出来ん。
超AIコリドンが最後の制作ゲームとして管理しており、皇軍警察にも提出したが、不自然な点はない。複数の外部業者にシステムチェックも頼んだ。そしてコリドンについても別の超AIに確認済である」
「超AIにコンタクトとれるのか」
「皇帝権限だ。宇宙政府内で展開されるビジネスだからな。
βテストにはクロネが招待される。クロネの為のゲームであることは、権利者も理解を示しているからな。
いっそテストプレイをやめるか? お前を危険に晒したくない」
「んん」
悩んだ。悩んだけども。
「ゲーム、中止できないなら、異常が起きたらロマの信用が地まで落ちるよな? だったら俺がちゃんと行って確認したほうがいい」
「……遊びたいのだな?」
だって! 蛍が俺の為に作ってくれたゲームだぞ。バサラさんが秘密裏に動いてくれてたみたいだし。すごく、すごーく俺好みで面白いんだろう。
うーっと枕抱えて唸ったら、なぜかサノが笑い始めた。
「はは……なんだ、お前ってそういう奴か」
「なんだよ」
「悪かった。誤解してた。おめー、ホントにガキだったのか」
なんでか苦笑気味に、優しい目をして、サノが俺の頭を撫でる。なんだこの屈辱。
「なんだよ、気持ちわるい!」
「うるせーよガキ。とっとと寝な。さっきから眠そうに船漕いで頑張ってんじゃねーか」
「そうだな」
背後から蛍にひょいと抱き上げられた。みんなは部屋から退散してく。
なんだったんだ、サノのやつ……俺はいつだって同じだ。なんで急にあんな。バカにされたみたいで腹が立つ。ガキじゃねーよ。
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