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【星の子】
・通性嫌気性菌
・シアノバクテリアの変異種を遺伝子操作した生物 と推定される
・彼らは意志を持つ
・緑化可能な地区に乾燥菌を撒き水を与えると急速に繁殖しテラフォーミングを開始する
・彼らは全てを分解し、シフトマターを生産する
・彼らは長い時を経てやがて死亡し、固化する
「貴方の死さえも私のもの」
***
ヤマト文化と折り合いをつけるために、蛍は和風洋装に羽織、俺は小袖袴にロマ軍の軍帽という出で立ちになった。そのうちロマブランドも立ち上げるってさ。
俺のほうが頑なに書生姿なのは、俺が三味線書生で有名になりすぎたせい。いまさらイメージ崩せないんだと。
皇帝陛下が崩御されたのは残念だったけど、俺は会ったことのない人だし、悲しいとはあんまり思ってない。申し訳ないけど。
双子皇子の伴侶として志摩王子と葛王子がくるんで楽しみなくらいだった。三人揃うのはいつぶりかね。
「クロネ、久しぶりー!」
俺と蛍の送迎として、デオルカン皇子がヨルムンガンドで私軍と葛王子と共に来てくれた。いま、うちに動かせる船ないからな。母艦もみんなの住居状態だから。
突進してきた葛王子の腕を掴んでエアブーツを駆使し、遠心力で一回転。葛王子の勢いを殺す。
「クロネ、上手になった!」
「へへ。これでも訓練はしてた」
作業の手伝いもあるんで、日常的に使ってると、やっぱ上達してくる。葛王子がいかに怪物かってことも実感することになったけど。
「デオルカン皇子、このたびはお悔やみ申し上げる。葬儀への送迎を感謝しよう」
「こっちが呼びつける形だ、構わん。オトツバメも行きたがっていたしな」
「そうだ、デオルカン皇子。シヴァロマ皇子はご無事ですか」
蛍と話してた皇子に聞くと、肩を竦められた。
「通り一遍の尋問を受けただけだ。犯人はブリンク能力者だったからな。お前を誘拐したのとは別の奴だ」
「別? あんな能力者が他にいるっていうんですか」
「いるらしい。頭の痛いことだ。あんなのが複数いるとなれば、解放軍ってのは最悪のゲリラだ」
怖すぎるだろ。うちなんか蛍と鷹鶴をやられるだけで総崩れするぞ。まあ、ブリンカー対策してるけど……って。
「陛下はブリンカー対策はなさらなかったんですか」
「陛下は皇族に恥じぬ強さをお持ちだった。陛下と精鋭ウィッカーを一瞬で倒した手並みにナノマシン程度でどうにかなるものではねえよ」
ブリンクしてくる上に、更に皇族より強い……!? そんなの対処出来るの、葛王子くらいじゃないか? そんな奴からどうやって蛍を守ればいいんだ。
そう思って青くなったのに、蛍のやつ、俺の頭を宥めるように撫でて、
「案ずるな、お前のことは俺が守る」
怖くてびびったんじゃねーよ! 俺のことだったら相打ち覚悟だって構わないくらいだ、今までの行動パターンで分かるだろ。蛍が殺されるのが何よりイヤなんだよ。
夢レターの案件で、蛍に「かよわいクロネ」イメージがついたみたいだ。ぜひ返上したい。
葛王子、実は蛍に会うのが初めてだったりする。はしゃいではしゃいで、手を繋いで歩いてら。かあわいいなあ。
「皇子殿下は嫉妬したりなさらないんですね」
「猫にミーアキャットが懐いてじゃれとるだけだろうが。なんでいちいち嫉妬せにゃならねえ」
デオルカン皇子は懐が深い。仮に俺たちが巫山戯て手などつなごうものなら、蛍は爽やかに皇子の資金を凍結すると思われる。
「ととと、そうだ。蛍の前であんまり話し込んでると蛍が拗ねるんで、俺はこれで」
「そうしろ。オトツバメ、俺は管制にいるぞ」
「はあい。クロネと遊んでていい?」
「好きにしろ」
そういうわけで俺と蛍は葛王子のお部屋に通された。なかなか立派な部屋だが、壁や天井が薄茶色のクッション貼りで、家具も上品ながら可愛らしい。まるでお菓子の部屋みたいだ。
「婿さまが忙しいときはここにいるけど、婿さまと一緒に寝るしこのお部屋はあんまり使ってないんだ」
「俺なんか、自分の部屋もないよ。蛍と同室なんだ」
「なかよしかー」
無邪気な笑顔、プレイスレス。かわいいかよ。なんかもう、それこそ天使だな。
そういえばこの王子もそろそろ17になるのか。それにしてはやっぱ幼いよな。ヤマト人が幼く見えると言っても、それでも13、4にしか見えない。ちっちゃいしなあ。155くらいしかないんだよ。
これじゃデオルカン皇子との初夜はいつになるのやら。
葛王子を挟んでウフフアハハと和やかなティータイムを過ごしているうちに、少しだけ船体が揺れた。
「あー、これ凄い砲撃食らってるぅ」
「え!? ちょっとしか揺れてないけど」
「慣性装置優秀だから。たぶん機械感応持ちのウィッカー乗せたステルス海賊船。最近よく出るんだ。婿さまはここにオトがいるから護衛を寄越さないと思う。そのかわりオトはここにいるね」
そりゃ百人力だ。それこそブリンカーが出たって怖くない。
代わりに、俺は意識体を大きく展開した。三隻ほど範囲内にあるな。それほど離れてないのはウィッカーの意識体範囲だからだろう。それでも十分デカいほうのはずだ。
ウィッカーの検出って難しいんだよな。誰がウィッカーかはわかんない。分かればマイクロチップ制限してやるんだけど。
『敵船のセキュリティ侵入しました。俺の能力自体が微弱なんで動き止めるくらいしか出来ませんけど。あと扉の開け締めとか。あと酸素濃度変えられますね』
トーキーで主要メンバーに連絡を入れる。
『そのまま抑制してくれ。必要なかろうが、万が一は万に一もあるからな』
『一万回くらいは余裕で戦ってるもんねー』
万が一って途方もない数に感じるが、実際のとこと宇宙の総人口を思うと大した数じゃねえなって思える。人類増えすぎ。
三隻の海賊船とクルーの行動を抑制している間に、部屋の外で悲鳴が上がった。
「ついてきて!」
葛王子が飛び出した。ここにいて、と言わないのがプロだなと思う。
部屋の外が地獄と化していた。抵抗すらできずに苦しみ藻掻く兵たちが地に這いつくばっている。黒いロングコートの男がポケットに手を入れてこちらを睨んでいた。
呪いの類だ。それも近距離で高威力を発揮する。即座に全体のマイクロチップを機能抑制した。呪いはマイクロチップ経由で発動するんで(言ってみればウイルス)、機能制限しちまえばどれほど強い力でも関係ない。
その頃には葛王子が男に射撃しており、というか視認する前から射撃してたけど。男は瞬時に姿を消した。
あれが皇帝を殺したウィッカーか! ブリンク能力に加えてあんな能力があったんじゃ、場合によっては訳も分からず死亡して不思議はない。
その後、海賊はあっという間に捕縛された。
「殿下、報告いたします!」
「なんだ、第三艦橋でも壊れたか」
「我らがヨルムンガンドに第三艦橋はございません」
なんだこのおもしろウォーモンガー皇子とその私軍。こんなノリで生きてていいのか。
ちなみに報告したの、さっき呪いを受けて器官やられてた人なんだけども。軽く治療受けて血まみれのまま働きまわってるよ。強い。
「海賊船およびヨルムンガンド、そして周辺宙域を捜索いたしましたが、ブリンク能力者の存在を確認できません」
「拠点に戻ったのだろうよ。しかしここに出るとはな。それもロマの王と猫がいる時に、か……あるいは猫の手並みを見に来たのかもしれんな」
手並みと言っても、あのくらいはハイドでも志摩王子でも出来ることなんだよな。
あの人たちは宇宙トップレベルのウィッカーではあるけれども。皇帝陛下の精鋭ウィッカーだってあの二人ほどじゃねえよ。ましてナナセハナ姫には到底及ばないだろう。
「セキュリティに異常はないですけど、ビルドインシステムを検知できません。ヨルムンガンドには入れず牽引するのがいいと思います。やりましょうか」
「結構だ。お前はそのまま周囲の警戒をしろ。オトツバメ、二人から離れるなよ」
「はあい」
室内には拡散されたナノマシンと、葛王子がいて、入れなかったのかもな。
因みになんもしてない蛍は、
「クロネが立派に育って……!」
感涙してた。いいんだけどな? あんた王様だから、守られる側の人だから。強いと言っても葛王子ほどじゃないのは確実だし。
海賊は何も知らないようだった。というより知らなすぎだった。
「皇子の船だと分かってたら襲ってねえよ!!」
お前ら。この黒い母艦見てなんとも思わなかったのか? 百歩譲ってヨルムンガンドを知らなかったにしても、誰がどう見たって喧嘩売っちゃいけないタイプの軍船だろうが。
一応、それ専門のテレパスさんが全員を調べて回り、
「シロですねー。すごーいくらい真っ白ですー」
ふわふわぁっと管制室にやってきた。
眠たげな目をして微笑んでる、不思議な雰囲気の人だった。ぼさぼさした髪を半端に伸ばしてるんで女の人に見えたが、男性だ。
名前はアグナータさん。双子皇子つきの家臣で、ニブルヘイム王族第37位王子。皇子たちの伴侶になってもおかしくないくらいの身分の人だ。最近、感覚が麻痺しつつあるけど。
「アグナータさん、テレパスなんですか」
「はーあーい。どうかしましたかあ」
「ちょっと相談があって……トーキー飛ばしても?」
「はあーい、喜んで」
聞いてない、テレパスがいるなんて! 志摩王子経由で知り合えたかもしれないのにー。もしかしたら志摩王子も知らないのか? 更に言うと蛍の記憶喪失、双子皇子も知らな……
そうか! だってアエロのことをシヴァロマ皇子が知ったら処罰せざるをえないんだ、だって二級人権侵害だもん。だから志摩王子、婿どのに黙っててくれたんだ。俺のせいか。あー。
『実は、うちの王様はテレパスに記憶改竄されたことがあるんです。素人だけど力が強くて、俺に関する記憶だけ弄ったみたいで今んとこ大きな問題はないんですけど、あの』
『ああー、やらかしちゃいましたねえー。テレパスは珍しいんで、志摩に預けられたロマのテレパスの話は聞いてますー。これ聞いちゃったら処分しなきゃなんですけど……今は国際問題に発展しちゃいそうですし、主君の立場が微妙なことになってるんで聞かなかったことにしますねー。もちろん相談はお受けしますよ。
実は記憶を戻すのは簡単なんですう』
『ほんとに!?』
『でも、戻すのも記憶を弄るってことになりますから、人権侵害に当たるんですよぅ。法的手続きを取れば正式に命令が下って合法的に治療できますが、その場合はアエロくん、逮捕されますよー。
まあ、彼は一度捕まるべきと私は思いますけどねー』
そう、なんだろうか。やっぱりそうだろうか。許されないってのは分かるし、俺がこんなに庇う必要もないと思う。でも罪悪感が刺激されてどうにもこうにも……俺は間違ってるんだろうか。
『ロマの後継として依頼してくださるのでしたら、一度戻して記憶が戻った状態で話し、元に戻す……という手段を取れます。もちろん違法に当たりますが』
『可能なんですか。ええ、でも戻す……戻すのかあ』
『戻さないとバレますんでえ』
というわけで、ちょっと葛王子を説得して、アグナータさんと三人になった。
アグナータさん及びデオルカン皇子にご迷惑おかけしない旨、俺が責任とる旨を記載した電子書籍をしたため、蛍に事情を説明する。
「なるほど。俺の記憶を一時的に戻してくれるのだな」
「はあい。宜しければロマの陛下も一筆したためてくださると助かります」
「しかし、貴殿を信頼してよいものか少々躊躇する」
あっ、そうか! アグナータさんが敵の場合、余計な記憶を埋め込まれたりしたらすごく困るんだ。
「ごめん、蛍。俺……」
「いいのだ。俺のために考えてくれたのであろう」
「ああー、説明が足りず申し訳ありませんー。仮想次元で調べていただければすぐに分かると思いますが、記憶なんてそうホイホイ捏造出来るものではありません。忘れさせるのは比較的簡単ですが、強く記憶してることは忘れられません。せいぜいダメ元でやってみるくらいですねー。
記憶に関してはフィルターをかけられてるだけなので、簡単に外せます。こちらでフィルターを記録しておきますので、被せ治せば元通りという訳です。
黒音さまも、フィルターのデータがあれば、ロマの陛下の記憶の何が改竄されているのか視覚化されますよ」
なるほど、思わぬ収穫だ。
蛍の記憶がいまどうなってんのか、ずっと気になってるもんな。
鼻息荒く意気込む俺に、蛍は淡く微笑んでいた。
「なに? 蛍、怖いのか」
「そう、だな……どうにも大切なことを忘れている気がして」
そうだよな。もしかしたら俺との思い出の他にも忘れてること、あるかもしれないし。
「それでは参りますよー。時間おしてますんでえ。私の目をじぃーっと見てくださいねえ」
蛍とアグナータさんが見つめ合うのを、固唾を呑んで見守る。
目を見開く蛍が、ずるずるとソファの背もたれに沈んでいく。
「蛍!」
「―――ああ。すまん、あまり、大きな声、を……」
額を抑え、蛍はぐったりしていた。触れるのも躊躇っておろおろするしか出来ない。
長い数分の後、蛍はふうっとため息をついた。
「どうして……俺にとっては大切な日々であったというのに」
堪えきれない涙が蛍の頬に伝う。そうっと手を伸ばすと、彼はその指先をゆるく握り、自分の額につけた。
「少しケチがついてしまったが、あの指輪を貰ってはくれまいか。あれは星の子の化石から作られており、特別な意味がある。俺はまた忘れてしまうのだろう。だからお前が強請っておくれ」
「うん……」
「愛しい子。あの頃から俺の心は何も変わっていない。お前が俺の家族となってくれたこと、感謝している。
アエロを恋人としていた時のお前の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうになる。辛い思いをしたな」
蛍が一番辛いはずなのに、俺のことなんかいいんだよ。
俺のほうも泣けてきて頬に触れる蛍の手を握った。ごめんな。俺の身勝手でアエロを助けた。だけど、どうしても、どうしても憎みきれないんだ。
誰にも気にかけられず、独りで生きてきた。ハルナと違い、肯定されることすらなかったろう。なまじ俺に似てたから、嘘でも蛍に愛してほしかったんだ。
あれはもうひとりのコネコだ。一度の過ちで酷いことをしたくない。
「さ……あまり長くごまかしてもおけんだろう。戻してくれ。何も変わっていない。その確認だけでも出来た。感謝する」
「はあい、お役に立てたなら光栄です。それでは戻しますよー」
再び二人が見つめ合い、蛍がふっと意識を失った。
「だ、大丈夫なのか」
「記憶の整合性をとるために眠っただけです。それより、フィルターメモリーを送信しますね」
けっこう膨大な容量のデータが送られてきた。ムービー形式か……これチェックするの大変だぞ。虫食い状態だし。
アグナータさんが退室してから、眠る蛍に膝枕をしてやりながら、ぼんやりと部屋の観葉植物を見つめていた。あれは、葛の花か……デオルカン皇子が植えさせたんだろう。
指輪。星に帰ったら強請らないとな。
のんきに構えていた俺は、後になって星の子の化石の意味を知り、ぶっとぶことになる。その時に調べておけよ。そういうとこだぞ、俺!
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