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ハイドウィッカーという男を説明するならば、奔放で悪辣、憎みきれない悪党といったところだろうか。
彼は嘗て心底憎んでいた黒音を相棒だと思っている。彼に救われた恩義を感じているわけではない。そのような殊勝な精神を持ち合わせてはいない。ただただ純粋に、交流するうちに黒音が好ましくなった。
また彼はひどく孤独な性質だった。黒音と出会うまで、彼の心の拠り所は菊蛍しかなかった。その能力ゆえに生まれ落ちた瞬間から疎まれ、心許せる者など存在しない。
その救いだったからこそ菊蛍を愛し、ハイドウィッカーの性質も所業も意に介さない黒音を愛した。
黒音は誤解しているが、ハイドウィッカーは菊蛍の愛人ではない。一度も寝ていない。彼にとって菊蛍は手に届かない天上の人なのだ。だからこそ、はじめは黒音に腹を立てたのだが……
「えっひっひ。だーいぶブリンクの謎が解けてきたな。クロネ褒めてくれっかなー」
もはや黒音の存在は、彼の生き甲斐となっていた。
しかし、おそらくは彼にとって黒音は―――
死神以外の何者でもない。
***
あれ、俺……
ええと。
蛍と夜に出かけて、どうしたっけ。
「どした、クロ。寝ぼけてんのか?」
天蓋を見つめる俺を志摩王子が覗き込む。
「いや、なんか頭がぼーっとして」
「酒呑んだからだろ。分解薬いるか?」
「や、平気」
「それより、厄介なことになった。アグナータと一部の私兵が行方不明だ。拉致されたのか出奔したのか……全く足取りが掴めない」
ええ、アグナータさんが? アグナータ……さん。
え、なんだ、この。アグナータさんのこと考えようとすると、頭がぼやーっとする。
「クロネ、蛍と夜に出ていったよね。そのあと蛍が連れて帰ってきたけど。もしかして、しっぽりだった?」
「え?」
葛王子につんつんされながら誂われて、首をかしげる。
ええぇと、ああ、そう。そうだ。蛍が迎えにきて、それで……思わず赤面。
「そのとき、アグナータを見なかったか」
「見てないと思うけど」
「妙なんだよな。カメラにも映ってない。最後に映ったのが自室で、その後は……」
『クロネ』
蛍から通信が入る。
『無事か?』
『無事かって、どういうこと』
『昨晩、カメラに俺とお前の姿が映っていたそうだ。だが、俺は部屋を一度も出ていない。寝ぼけた訳ではないのも双子皇子に確認済である。お前はどうだ?』
『え、昨日は蛍が迎えにきて、一緒に……』
『俺は行っていない、行っていないぞ。一体誰といたのだ』
……なんで?
蛍が迎えに来たんじゃん。それで、そのあと……あ、あ?
「あ、う」
ベッドに倒れ、頭を抱える。
「あ、あたまが……あたまが、へん」
「どうしたクロ! 医者を!!」
そのあと色々検査やら問診やらがあって、どうやら俺はテレパスに記憶を弄られたらしいことが判明した。
おそらく姿を消したアグナータさんの仕業だろうと。
「何の記憶を弄られたかは分からんか」
シヴァロマ皇子がイライラした様子でお医者さんを詰問する。このあたりは皇軍警察時代の名残を感じるなあ。
「いけません。無理に思い出そうとしては精神に異常を来します」
「だが、何の記憶を偽装されたか分からなければ!」
「テレパスといえど、そうそう記憶を改竄出来るものではありません。ただフィルターをかけるだけです。忘却についてはその限りではありませんが、これは博打に近いものであり」
「クロネ。俺のことを忘れていまいな?」
不安そうな蛍が俺の手を握る。蛍とのこと……えぇと。
つらつらと蛍の出会いから今まで、更には15年前の蛍のことまで思い出してみたが、全部繋がってるしおかしな点はないと思う。や、フィルターかかってたら分かんねえのか。
「とにかく、蛍に助けられて、蛍のことが好きで、家族になったこともちゃんと覚えてる」
「うん……そうか」
「んなことは後にしろ。フィルターか、忘却か。判別はつかねえのか」
「残念ながら……テレパスは希少人種ですし、何よりフィルター外しは人権侵害に当たりますので」
あ。
アグナータさんが危険人物だったとなると、蛍の記憶は大丈夫なのかな。フィルターのデータはちゃんと残ってるけど。
で、それを提出する羽目になった。人権侵害については宇宙政府外のロマの依頼だったので問題ないらしいけど。書面も作ったしな。
「フィルターを外してコピーを保存し、戻しただけのようです。これなら問題ないでしょう。
それともう一つ。ハイドウィッカーが何者かにより殺害された。これよりウィッカプール周辺の治安が更に悪化することが考えられる。今から頭が痛い」
……………へ?
ハイドが、死んだ? いつ。蛍が殺したんじゃなくて。思わず蛍をまじまじと見つめたら、そんな訳あるかという顔をされた。
「しかし、あの男の排除はクロネを誘拐した時から進めていた。後任はお前と共にウィッカプール治安維持に努めたハッシュベルである。よく良い人材を育てた。偉いぞ、クロネ」
「悲しくないの、蛍」
「お前を誘拐し辱めた男の死を嘆けというのか?」
「…………」
だって愛人だったんじゃないのか? あいつが15の時から可愛がってたんじゃないの。
あいつさ、確かに俺を売っぱらおうとしたけど、あの時は本当に頭に血が昇ってただけで、ハッシュベルさんが薬打たないの分かってたんじゃないかな。そういう奴じゃないのは付き合ってて分かる。
俺を誘拐したのもハイドにしてはかなり血迷った行動で、それだけ蛍のことが好きだったんだ。
はは、なんで俺、あいつの弁護してるんだろう。
なんであんな奴のために涙が出てくんだろう。
「クロネ。お前はやさしいな」
撫でようとする蛍の手を乱暴に振り払った。
「あんたはそうやって、俺にもいつか飽きて忘れ去るんだろう。アエロやハイドにしたみたいに!」
蛍のそういうとこ嫌い。別にハイドやアエロを愛せってんじゃない、俺もそうなりそうで怖いんだよ。他にお気に入りが出来たらあっという間に上書き保存。
死んだ時くらい悼んでやってもいいじゃないか。バカでクズでどうしようもない奴だったけど、……イイヤツだったよ。
「菊蛍、今は出てけ。クロは俺が見ておく。お前は無神経だ。ハイドはクロの友達だったんだぞ」
志摩王子が援護してくれた。そうそれ。それが言いたかった。泣いちゃってうまくいえないけど!
志摩王子と葛王子以外が部屋から出ていって、静かになった。急にヘンな罪悪感がこみ上げてくる。慰めようとしてくれた蛍を邪険にして、酷いこと言っちまった。
ハッシュベルさんにトーキーかけてみたけど、よほど忙しいのか通話中だった。いちおうボイスデータを届けておく。ああ、またウィッカプールが面倒になるなあ。
少しだけ泣いてたら、メールが届いた。色々データが添付されてる。なんだ、これ。
なんだこれ。
「志摩王子。ハッシュベルさんからカジノとレジャーホテル数件の権利書届いた。えと、……ハイドの所有物件だ」
あのバカ、相続に俺選びやがった。それって生きてる時からかよ。バカか。バカじゃないのか。ほんと、……バカ。
また涙がこみ上げてきたが、はっとした。
それどころじゃない。そう、遺産で思い出した。カジノなんかどうだっていいんだ。ハイドの一番の財産は、あいつのマイクロチップだ。あれは俺にしか分かってやれない情報が詰まってる。あいつの生きた証だ。
ハッシュベルさんのトーキーに割り込んで無理やり通話権を奪取した。
『ハッシュベルさん、ごめん! どうしても確認したいことがあって』
『これはクロネさま。いいえ、もう忙しくなるのは年単位でそうなりますから、構いません』
『ハイドのマイクロチップは? 脳みそほじくり返してでも確保して。他の誰にも渡さないで!』
『………申し上げにくいことですが、ハイドウィッカーのマイクロチップは何者かに持ち去られていました』
殺した上にマイクロチップ持ち去り? はあ……? ふざけんなよ。
あいつはほんとにクズだったけどな、ウィッカーとしては偉大な男だったんだよ。能力だけに溺れてたわけじゃない、深い知識と相応の凄まじい努力をしていた。そこだけは尊敬してたんだ。というか、そこがなければハイドと付き合ってない。
それを理解しないで、殺すだけに飽き足らず、脳みそほじくってマイクロチップ持ち去っただと。
「……っ殺してやる」
「クロ!? そこまで菊蛍に腹立ててんのか? それはさすがに」
「はあ? 蛍がどうしたんだよ。ハイド殺した奴に決まってんだろ」
今までハッシュベルさんとトーキーしてて志摩王子たちには無言だったことさえ忘れてた。志摩王子たちの中ではまだ蛍の話題だったんだな。
「ごめん、志摩王子。俺たち行かなきゃ。蛍も忙しくなるだろうし、ここでグズグズしてらんないよな」
「おう、立ち直ってくれて良かった。俺も婿どのと志摩へ帰らないと」
「心配だから、オトはクロネについてこか?」
葛王子の提案にちょっと驚いたが、もしかして渡りに船か。
「お願いできる? もちろん婿さまの許可が降りたらだけど」
「へいきー。オト、いつも暇だもん。おべんきょしなきゃだけど。それより今はクロや蛍が心配。婿さまはほっといても死なない」
皇帝陛下が死んでんだけどな。まあ、皇帝陛下が死ぬような状況と同じことになったら、葛王子がいても変わりがないのかもしれない。
「蛍、葛王子とウィッカプールに行ってくる。たぶんハッシュベルさんだけじゃ無理だ」
「そうか……葛王子がいるなら心配ないな」
難色を示すこともなく、許可してくれた。なんてったって葛王子だからな。蛍が嫉妬することもなく、力量のしっかり(しすぎ)してる宇宙で惟一の存在かもしれない。
「それと、さっきはごめん。どうかしてた」
「いや。俺も無神経であったな。すまない。故人について悪く言うべきではなかった」
故人……か。そうなんだろうけど。俺の中でまだハイドが死んだ実感が沸いてないから、故人て言われると胸が締め付けられる。
あんな殺しても死なないような奴、本当に死んだのかよ。実は雲隠れしてるとかじゃないよな? 死体も偽装でさ。そのくらいのことしそうじゃんか。
蛍も帰ったら忙しくなる。また離れ離れだ。だから、船の中で二人きりにしてもらった。
ひとんちの船で致すのは抵抗あるけどな。デオルカン皇子は何も言わなかった。あのひと、ほんと男前。ウォーモンガーで殺さなくていい相手も殺していいなら殺す以外の欠点ないよな。
でかすぎる欠点が全てを台無しにしてる感は否めない。
「蛍。他の男の話イヤなのも、ハイドがイヤなのもわかってるけど、ハイドの話聞かせて」
蛍の膝にまたがった状態で頬を撫でられながら、尋ねた。蛍は微苦笑して吐息をつく。
「出会ったのは今の葛王子より幼い頃だったか。やんちゃな奴でな。ホテルの分解機材に頭を突っ込んでいたのを助けた」
「……星の子に分解されんじゃん」
「そうだ。それを知らなかったらしい。まともな教育を受けていなかったからな。レンタルランドリーに放り込んで服を買ってやったが、こんなものより食事がいいと喚いておったな。屋台の惣菜パンにかぶりついている顔をよく覚えている」
俺の生まれる前の蛍とハイドか。なんかヘンな感じだ。
「教育を受けさせ、生活を援助し、世間からも保護した。目をかけたつもりだった。
だが、あやつはお前を奪い、俺がなにより嫌うレイプをした。許せなかった。
以降、殺してやることばかり考えていたし、お前があれと親しくすることを苦々しく思っていたが、そうだな……こうして思い返せば、良い思い出は沢山あった。可愛がっていたのだ、それだけにな」
可愛がってた相手に、かあ。
コネコで考えよう。ハイドと二十年交流した後に、コネコが拉致されてレイプされたとしたら。
うん。裏切られたって思う。コネコは何も悪くないのに。
「死した後まで許さぬのは間違っているだろう。もう許そう。あやつのためにも、俺のためにも。憎み続けようにも死者の思い出は美しい」
蛍の目から涙がこぼれた。ぎゅっと頭を抱えてやる。
ああ、俺。こういうふうに蛍を守りたかったんだな。物理的に守ってやろうと息巻いて、遠回りしちまった。俺が本当に守りたかったのは蛍の心だったのに。今更になって気がついた。
「ん……」
泣いて少し熱くなった吐息を絡めるようにキスをした。慰め合うようなキスだった。
「ふ、はぁ。なあ、あれやってやろうか。あんた覚えてないんだよな」
「なにか?」
これだよこれ。
いつかは人形に着せたけどな。そそくさ服を脱いで、ちょっと照れながらテクスチャで際どいボンテージを装着。
「んんッ」
口元押さえて顔を背け震えるほど喜んでらっしゃる。相変わらず過ぎて安心するな。記憶をなくしたのも、良い方に捉えればもう一度新鮮な喜びを得られるってことだよな。
「……こっちはどう?」
猫耳つけてみた。蛍ん中ではアエロとの思い出にすり替わってるはずだが。
「ねっ、ねこっ……!」
言語忘れるほど喜んでなさる。ついでにアエロのことも忘れてなさる。
「ああっ、ねこ、ねこ、かわゆい。はぁあーかわゆい。天使。俺の天使」
猫なのか天使なのかハッキリしろよ。ぎゅうぎゅう抱きつかれて頬ずりされてちょっと痛い。
「フォトを! フォトを撮ってもよいか。それとボンテージもよいが裸猫耳を頼む」
趣味も変わり映えしねえな! 例のぺたん座りもさせられたし。
惟一違うのは、蛍が俺を調教したこと忘れてるからイキ顔撮影されないこと。これだけは本っ当に怪我の功名。
俺のほうも蛍に黒いうさ耳つけさせてはしゃいだので、あんまり蛍のことは言えないんだけどな。あーもう、80オーバーのうさ耳がぴょんぴょんするほど可愛いってどういうことなんだよ。訳を説明しろ。
「んんー、食べたいほどかわゆい」
「ぎゃあっ耳かじんな!」
「おお、疑似神経が通っておるのか」
前と同じこと言ってるし。
「……ボンテージ、騎乗位が映えると思うけど。どうする?」
「くっ」
また欲望と拒否感の狭間で葛藤してる。そして欲望に負けるんだよな、知ってる。
俺としても騎乗位は好きだから上等。蛍の感じる顔を上から見下ろせるのは役得。
「はぁ、ん…ん、んふ」
ぬぐぬぐと腰を落としていき、奥まで着いてから蛍の腹に手をついた。
「いいか、今日は俺がするんだからな。あんたはうごっ…ああ!」
だから突くなって言ってんのにどうしてそういうことするんだ!? 忘れてるからか、そうか忘れてるからだ。
二度目の騎乗位で俺に主導権を渡したのは、一度目のときは久々の生身で、二度目は渋々譲ってくれたんだ。その記憶がない蛍がどうするかなんて、
「やっひぁっうぁあ! あんっ…あぅうー」
「はぁ、かわゆい。俺の上で猫が踊る……」
「やぁあー!!」
明らかだったよな。ばかな俺。
腰掴んでがっつがつ下から突いてくるんで、逃げるように身を捩ったり腰を浮かせたり暴れたり。握力も腕力も尋常じゃなく強いんでアンカーみたいに引き戻される。浮いた腰を追うように穿つ。
「ほたるのばかぁああ! んんぁああッ」
滅茶苦茶突かれて意識暗転。
次に目覚めた時にはもう蛍は別の船に乗り継いでいた。俺は猫耳のまま起きて葛王子にめちゃくちゃ弄り倒された。次に会った時は覚えてろよ、あの野郎。
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