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現代において奴隷はあってはならないものとされ、必ず衣食住福利厚生と対価を払い人権が保護されねばならない。
そのぎりぎりを見極めた所謂「社畜」的な存在はいても、彼らはプライベートまでは侵されない。
だが、実際のところ、奴隷はいた。ロマだ。彼らは星系籍を持ち、人権を保護されているとするが、実のところ実親の奴隷的存在だった。
たとえ黒音のように普通の子として育てられた場合でも、世間は親の玩具として扱う。彼は母親の子育て人形として育った。親子がそう思っていなくとも、社会はそう見做す。
だからこそ虐待の事実を知っても誰も実力行使に出なかった。世間体を咎めるだけで済まされたのだ。
そこには黒音への配慮など一切存在しない。
菊蛍のように生まれる前から性奴になることが決まっていた者でもまだましな運命で、中には人を腑分けするために子供を作るという狂人もいた。
なぜこのようになったのか。
「バースコントロールされた社会において私生児は生まれて来なかった存在。いない存在。彼らは人ではない」
黒音が生まれる以前、菊蛍・鷹鶴というロマの双王が誕生する以前、それは常識として広まった論調で、それを疑う者はごく僅かだった。
***
「よろしい、ならば戦争だ! 野郎ども戦争だ! あのゴリラ女の目玉をくり抜き、その眼窩から脳漿をすすってやる!!」
ウォーモンガーが発狂めされた。
ちなみに上記、宇宙放映です。宇宙に発信されてしまいました、デオルカン皇子のラリった目と狂気的な笑顔とやる気に満ち溢れた演説が。
その嫁は当然「婿さまかっこいー」とモニタを眺めてうっとりしてる。
「葛王子、どうする? 俺はまだハイド殺害の犯人を追うけど、こうなったら婿さまのとこに居たいんじゃないか」
「んーん、戦争って殆ど宙戦でしょ。オト、宙戦の経験は殆どない。それよりクロネを守らなくちゃ。蛍と約束した」
この王子の「ほとんどない」と「苦手」は一般人の「一流」に値するので当てにならない。
「それより、犯人の目星ついた?」
「まだ手がかりはない。が、手がかりを見つける仕掛けはした。皇星を含む全星系、全惑星のスピーカーというスピーカーに細工を施した。これでスピーカーをアンカーにやつがブリンクすれば、居場所が分かる」
「クロネ、すごい!」
「はは、全星系の同種機器を検知するプログラムは、ハイドが作ったもんなんだよ」
プログラムっても、機械感応じゃなきゃ扱えないし、範囲広くて感知の強い俺じゃなきゃ扱えないような代物だけど。それに、さすがの俺でも数日かかった。
さて、現状を確認しよう。
突如として即位したクラライア皇女が人類へ宣戦布告。本来なら全星系の王軍がこれを迎え撃つんだが、ガリア、オリエントが皇帝側についた。
また、ブリタニアは日和ってる状態。はっきり皇帝と戦う意志を見せているのはヤマトのみ。一応、伊勢王がその意を表したけど、伊勢はそんな好戦的な星じゃない。明らかに志摩王子とシヴァロマ皇子の意志だ。
ちなみに強いかどうかは机上の空論だから置いといて、全星系で最も好戦的な民族は間違いなくヤマト。
ほら、ヤマトってヤマト好きの輩が集った連中だろ。まず間違いなく戦国武将大好き。ノブナガ・オダやシンセングミ、ジョウイシシが嫌いなヤマト人はいない。
薩摩の名を冠した星が長いこと王位を譲らなかったのもそのへんにある。
根性論ってのは、テラ時代の小さな島国で物資も人的資材もない状況で生じた苦肉の策だと思うが、物資も人的資材も豊富な状態でヤマト魂発揮すると酷いことになるよ……何が彼らをそうさせるんだろう。
人のこと言えないけどな! 俺みたいのや俺より酷いのがうじゃうじゃいると思ってくれていいよ。
ロマの国は静観。皇軍もこっちに宣戦布告してませんってわざわざ通達してきたくらい。ガリアとも普通に取引してるし。例のサプライズゲームも、ワンダープラネットでテーマパークを建設中という平和ぼけっぷり。
中の人たちは別の意味で戦争だけどな? 蛍と鷹鶴はいつから寝てないんだろう……ハイド死んだだけでもウィッカプール内外がえらい騒ぎだったのに。
「ねー、クロネ」
「どした?」
行動を起こす前にデータリンクルームで主要情報を集めてる間に、仮想書籍を読んでいた葛王子に声をかけられ、経頭蓋装置を押し上げる。休憩にはちょうどいい頃合いだ。
「どうしてクロネはそんなに凄いの?」
えっ……なにそれこわい。
凄い通り越して化物じゃん。化物じゃん君。間違いなく歴史に名が残る大天才ですよ?
「オトは、大体の能力がクロネより凄いと思う」
「ほぼの能力で劣ってると思う」
「でも、クロネはオトにはできないことをどんどんやって、ロマの後継になったり、ウィッカプールの王様になったりしちゃった。オトはどうしたらいいのかな」
「葛王子……」
思わず吹き出してしまった。
「俺が葛王子くらいの頃、教室じゃ一人で黙々と勉強して、家ではひたすら三味線弾いてたよ。まだまだ勉強して遊んでいい年じゃないか」
「でも、志摩王子は」
「あの人はクソオヤジのせいでああなっただけ! それに、小さい頃から当主代理やってたせいで勉強おっつかないって嘆いてた」
「そういえば、クロネって何を聞いても答えてくれるよね。婿さまとも普通に議論するし」
「してない。全く思考が追いついてない」
「そっかー、オトは頭が悪いのかー」
確か知能指数そのものは大きく劣ってたがな、俺。葛王子は言ってしまうと体育会系で、俺は文系だから。二人共理系寄り。志摩王子は文系の体育会系。
「オトも婿さまの役に立ちたいのに。不甲斐ないや」
膝を抱えてクヨクヨしてる。なんか久しぶりに見たなあ。婿さまに引き取られて幸せそうにしてたからさ。
「葛王子は最終兵器だから。葛王子が活躍しないってのは平和な証だよ。これからは活躍も増えると思う……軍隊は暇な時が多いほうがいいってのと同じ理屈でさ。
でも、いくら暇でも軍隊がない国は……」
「困るよね」
「そ。葛王子はいま暇かもしれないけど、葛王子がいてくれるから安心して作業ができる。付き合わせてほんとごめんな」
「んーん、オト、クロネといるの楽しい。クロネははじめての友達」
はー可愛い。天使かよ。婿さまもこんなの手元に置いてさぞ幸せなんだろうな。笑顔が丸くなったもんな、あの脳軍皇子。
ハイドの目がそれらしき人影を発見した場所に宇宙船で急行し、サーチにひっかかったのがとある開拓惑星。
まだ当主となる王族もいない、初期の惑星葛みたいな土地だった。技術者も機材もろくになく開拓初めて数年といったとこだろうか?
あちこちから集められてきたであろう老若男女のロマが不審そうに俺たちを見ている。
「責任者はいるか?」
尋ねてみたが、みんな顔を合わせる。いないはずないんだがな。人間は群れる生き物だ、集団ができれば何となくボスは出来るもんだ。
「クロネちゃん……ですよね」
若いロマの青年がおそるおそる声をかけてくる。まだ顔が子供だ。18になったばかりって感じ。や、人のことは言えないんだけども。
「そうだけど、なに?」
「……」
戸惑ったような目を周囲に向ける青年。一体なんだ?
「この星に死後大皇暗殺事件の犯人がいる。捜査に協力願いたい」
言った矢先に全員が凍りついた。瞬間、惑星の全システムとマイクロチップに侵入する。スピーカーはもちろん封鎖した。
ちなみに感知は複数種類まで一挙侵入できるようになった。ただし操作できるのは一種類一機構まで。現在は他に何もできない状態だな。
「全員を大皇暗殺幇助容疑で逮捕する」
「なっなんで! クロネちゃんにそんな権限」
「我々はウィッカプール政府王軍警察である。大皇暗殺者にはハイドウィッカー殺害の容疑もかかっている。これ以上の許可しない発言は公務執行妨害とみなし直ちに排除する」
我ながらよくこれだけ嘘八百並べてぺらぺら喋れたもんだなと。心臓どきどきしてる、大勢に囲まれて剣呑な雰囲気になったことより、舌噛まなかったことに「ふぃー」って感じ。葛王子がいる安心感、プライスレス。
「ウィッカプールに政府なんか、」
叫びかけたおっさんを葛王子が間髪入れずに麻酔銃打ち込んでぶっ倒す。全員が口を噤んだ。
「もう一度言う、これ以上の許可のない発言、行動は公務執行妨害とみなす。全員のマイクロチップの座標位置は把握済である。無用に動かず此方の指示に従え。
犯人を差し出すならば貴君らは無罪とする。但しこれ以上庇い立てするならば全員この場で処刑する。ロマの王の助けはないぞ」
多分だけど、ここにもロマの目は存在する。そういう意味で言った。なんか人狼のいない村の狂信者を炙り出してる気分。
何人か―――決して少なくない数が手に持った工具や作業道具を持つ手に力を入れた。葛王子が臨戦態勢に入る、が。
「よせ! その隣のチビはニブル宮と薩摩宮を単騎撃破したデオルカンの嫁だ。絶対に動くな!」
叫んだ男が歩み出てきた。険のあるやぶにらみ、下から睨むその目は、ヨルムンガンドに乗り込んできた黒コートの男がアレイレンズを外した姿だった。金髪も少しだけ伸びているが、同じ髪質だ。
「なんかオトたち、悪者みたいでワクワクするね!」
ワクワクするな。たぶんあいつ、短距離でならスピーカー必要なくブリンクしてくる。そんなことは葛王子もわかってるはずなのに、全く意に介してないようだ。
「犯人は俺だ。こいつらは全く関係ないし何も知らない」
「そうはいかない。ここは地下組織のブリンカーが海賊から受け取った物資を組織に運んでいる中継地点である可能性が高い。だから貴様はこの星にいるんだろう」
「ロマだぞ! この星には当主がいない、いずれあんたの臣民となるロマだ、ロマの王子」
くすぐってぇ呼び方しないでくれよ。なんか想像したのと違うな。こんなにロマに肩入れしてるなんて思わなかった。
「大皇暗殺幇助ならびにハイドウィッカー殺人幇助、海賊行為幇助となればロマでも逮捕する。ロマだからこそ俺が逮捕する。
だが、条件を出そう。ハイドウィッカーから奪ったマイクロチップを渡し、大人しく投降しろ。それで彼らの罪は不問とする」
「いいの?」
よかねーが、そうでも言わないと暴れだしそうだから。別に酸素供給装置破壊して全員倒したっていいんだが、それじゃ乱暴だろう。
とはいえこっちもタダで引き下がる訳にはいかない。相応の名目を提示しないと。
「―――ずいぶんお元気そうで。あの夜のことは忘れてしまいましたか?」
もうひとり出てきた。誰かと思えばアグナータさ……アグナータだ。もう敵なんだったな。
「アグナータ! 小さい頃から婿さまに目をかけてもらってたのに!」
「へははぁ、誰がそんなこと頼みましたかあ? 親に差し出されて人生の選択が全くありませんでしたよお。ま、それは彼らも同じですが……私も自分の道くらい自分で選んでみたかったんですよぉ」
「葛王子、あいつの目を見るな。テレパスは目から精神に侵入してくる」
「それは素人でしょぉ? 声や音、嗅覚もまた我々テレパスの大きな武器ですよ。それと、私を殺すとクロネさんの頭がめちゃめちゃになったままになりますよ」
困ったな。スピーカージャックはやめられない。かなり神経集中してるから、立って歩いて喋るのが精一杯だ。
「クロネ。倒すのは訳ないけど、一人を倒してる間に一人に何かされそう。二人同時に倒すにはちょっと隙がない」
葛王子に出来ないんなら誰にも出来ない。膠着状態に陥った。
開き直って腕を組んだ。
「暇になったな、話でもしようか。アグナータ、あんたの目的はなんだ」
「なぁぜ貴方に話せなければならないんですかあ」
「シヴァロマ皇子から聞く限り、あんたが悪い人に思えない」
本当に悪い奴なら菊蛍にも何かしでかしそうなもんだ。でも、異常は一切見られなかった。下手なことを出来ない状況だったというのもあるかもしれないが。
アグナータ・オイレンはニブルの王族だ。幼い頃に双子皇子の家臣として献上された。珍しいほど力の強いテレパスだったからだ。人生を選びたかったという気持ちは分からないでもない。
しかし、聞く限り彼はシヴァロマ以上に任務に忠実で積極的だった。ほんの幼い頃から二心があったとは思えない。
アグナータはふっといつも眠そうな目を笑わせた。
「悪い人じゃない者が、悪いことしないなんて限らないですよお」
どういう意味だ。
いや……そういう意味では蛍だってそうか。そうだな。悪人じゃない奴が悪事に手を染めることだってある。
なら、余計にこいつらの目的はなんだ? 金髪の、ロマを庇う素振りもそう。こいつらは何らかの目的があって行動している。それも彼らなりの正義や大義の為にだ。
「まあ、我々はここまででしょうねえ。クロネさんの手並みには感服しました。正直、ここまでとは思いませんでしたよお……この広い宇宙で我々の居場所を突き止めるなんて。ロマの王に庇護された猫ちゃんだとばかり思ってましたが」
「ただの猫ちゃんなら婿さまが相手したりしない」
「そういえばそうですよねえ。我が主君だった御方の性格と行動理論くらい把握しておくべきでしたあ。
それではこの辺りで引き際もよく、ごきげんよう」
逃げる気か? どうやって?
身構えたが、ただ「ごきげんよう」がトリガーになったように二人が膝から崩れただけだった。
「クロネ、オトが守ってるから様子を見て」
手隙なのは俺のほうだわな。おそるおそる手近にいる金髪に歩み寄り、膝をついて「おい」と声をかける。
さきほどまでの険しい表情はどこへやら、子供のように無垢な目をしたブリンカーが、きょとんと首をかしげた。
「はあ、どなたでしょうかね」
やられた。
俺は顔を覆う。ごきげんようってのは記憶を消すトリガーかよ。この目からして、おそらく演技じゃない。とりあえずミチルさんに連絡しとくか……
この星についてはロマ王軍警察も担うクレオディスに連絡し、移民船の機能を制限して逃げられないようにしてから、ミチルさんたちの到着を待った。
「これは本物だね。疑いようもなく。ほんとに忘れちゃってる、フィルターじゃない」
アエロどころの話じゃないじゃん、アグナータ。こんな事ができるから、無謀な真似をしたのか。自分の人生を全て捨ててまでやるべきことがあったとでも言うのか。
また、星の住民のほうの取り調べでは、
「我々は拉致された移民です。隠し工場などで奴隷のように働かされていました。地下組織のことはよくわかりません。ですが、我々を酷い目に遭わせた社会に一矢報いようと思いました。彼ら(金髪と此処に居ないその仲間)は義賊です」
言うことは人それぞれだが、情報を重ね合わせると彼らの主張はこれに集中する。
「なるほど義賊ねえ。ありそうな話だよな」
クレオディスが髭を撫でて調書を眺めている。
「でもさ。ロマの目にも引っかからなかったのか、その義賊ってのは」
「ロマの目の役目を果たしながらふりをしてる奴もいるかもしれない。義賊とロマの目は同居できるのさ。精度が高いといっても、データリンクで全てを把握できるわけじゃあないしな」
それは自分で使ってても……新聞記事だけじゃ犯人や被害者の実際の人物像はわからない。インタビューだって都合のいいとこだけピックアップされちまうし。データリンクはそれに似ている。
「しかし、これで黒音くんの頭は治らなくなっちゃったよね。困ったねえ」
ミチルさんがため息つく。俺も溜息。どうすんだよこの頭ァ。どうしてくれんだよ……
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