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驚いたことにこの星の住民は原子力に頼っていた。
星の子も足りておらず、そのせいか居住区はすべて宇宙船内部のように覆われており、脱出してから一度も外を見ていない。
セキュリティは括約筋の切れた肛門より緩く、カメラやセンサーさえない。ときおり明らかに他殺体と思われる死人が転がっており、誰もそれに気を留めず、清掃ボットがゴミのように片付けていく。
時折、突如としてブリンカーが現れ、鬼ごっこになる。神出鬼没だが、いきなり目の前に出現することはない。やはり何らかの規則性が存在するようだ。
セキュリティがゆるい反面、何日と走り続けどこまで行っても続く宇宙船の通路のような星には嫌気が差した。頭がおかしくなりそうだ。
(このままでは埒があかん)
協力者が必要だ。この星をよく知る者の。しかし、自分は目立ちすぎる。姿を現せばすぐに通報されてしまう。
星を熟知し、底辺ではなく、かつ忠誠心の薄い人間がいい。
***
ワンダープラネット! 来た!
「ふにゃぁあああ!!」
ミーアキャット、発狂。フロートライナーの窓に張り付いて下界を見下ろしている。
「ここなに、ここなに!? 仮想次元!?」
「や、ワンダープラネット……」
「全部、本物!」
「うん」
言いながら、俺も目の前の光景に絶句していた。
ウィッカプールの繁華街、カジノもすごかったが、あくまでウィッカプールの一角に過ぎなかった。ワンダープラネットは何処を見回して、星の何処へ行ってもテーマパークだ。
たとえばムービータウンがある。人気ムービーの建築物を再現する場所。子供向けマスコットタウンもあるし、アニメタウンもある。
何処へ行っても花をつける草木があり、空は花吹雪や風船が舞っている……空のほうは流石にテクスチャみたいだ。汚れるから。
「クロネ、あれなに?」
「観覧車。テラ時代にあった遊具だ。単純に景観がいいって理由で建てられることが多い。クラミツ、緊張してるのか?」
「あ、いや……自分はこういう所とはとんと縁がございませんので」
恥ずかしそうに軍帽を下げるクラミツ。こんな時まで俺に倣って軍服じゃなくていいって言ったのに、けっこう頑固な奴。
志摩王と同じく、仕事仕事で生きてきたんだよな。可哀想に。それでも志摩王には薄い本があったけど、クラミツは本当に滅私奉公してきたんだよな。
思わず頭を撫でた。
「なっ、なんなので!?」
「今まで一生懸命がんばってきたな。えらいえらい。今日は楽しんでいいんだぞ」
「……!?」
「クロネ、オトも! オトもいいこいいこして!」
かっわいいなもう。葛王子の小さい頭をくしゃくしゃ撫でる。目を細めて気持ちよさそうにするのが何とも小動物。
……振り返ったらクラミツの鼻がちょっと赤くなっていた。泣いてはいないけど。
「クラミツ、どうしたかー?」
葛王子がクラミツの顔を覗き込む。
「ああ、いや、自分には今まで、保護者らしい保護者がなかったので……少し思う所ありまして」
「はは、蛍が帰ってきたら覚悟したほうがいいぞ。お前にもモンペ発揮するだろうからな」
「そ、それはちょっと困ります、が……はあ、なんというか、気にかけてくれる人がいるのは素晴らしいことですね」
志摩王のほうが少し年下だし、カサヌイ譲りの天荒破りの人だから、ずっとクラミツは志摩王のお兄ちゃんをしてたわけだ。
蛍のことは気がかりだが、今は慌てたって仕方ない。今日はクラミツと葛王子を目一杯甘やかしちゃおう。
例のゲームの建物が見えてくる。フロートライナーが全体図を見やすい位置に車体を回してくれた。
え、なんだあれ。塔のようにそびえる巨木に囲まれたファンタジックな城と、街がある。街と言っても規模は大型施設くらいだが……十分にデカい。
案内によると、周囲のテナントにはゲーム内に登場するアイテムの土産屋や、ゲーム内の料理などが陳列されているらしい。
「ロマ王は少々やりすぎなのでは……」
うん、俺も引いた。でも嬉しい。すごいな、本当に凄い。さすがプレゼントに星か船を選ばせようとした男。
ちなみに俺がしている星の子リングも最上級のもので、とんでもない値が張る。
なんでも蛍は蒐集家で、気に入った珍品を昔から買い付けては各星系の衛星バンクに預けていたそうな。時が経過してることもあって、それを売却したら相当な値段になったとか……
それにしても星の子リングとゲーム施設作るほどか。どんだけ買い込んでたってんだ。
パークの前には大勢の人間が詰め寄せ、警備員が立っていた。栄えあるテストプレイ第一回で、俺のために作られたゲームで、俺がいるからな。
報道陣と思しき輩が撮影マークを出し、大きな拍手をしている。竜の絡む立派な門の前にリボンが引かれてた。
はにかみながらそれを切る。一層歓声が大きくなった。
ああ、このテープは蛍と一緒に切りたかったな……
テストプレイヤーの裕福そうな親子づれやカップルも気になったが、命を狙われる身なので私軍にシャットアウトされた。
街の中がまた凄い。ほんとにゲームの中に入ったような、ファンタジーの街だ。
なぜか今は悪魔憑きと呼ばれたあの夢を思い出したが。よそうよそう、楽しまないと……このゲーム、あの悪魔憑きの夢見せてきた奴が作った一人なんだよな?
いやいや、よそうよそう。
ホールには制作陣と、超AIコリドンらしきホロが浮かんでいた。
まるくて、一等身。うさぎみたいな耳がついていて白い。アミューズメントセプテンバー社のマスコットキャラだ。これ、コリドンだったんだな。
『こんにちは、ぼくコリドン! このゲーム「セラマージュ」を制作補助したAIだよ。ゲームの中の安全も僕が守るから安心してプレイしてね』
「かわいいー」
無邪気に喜ぶ葛王子がかわいい。俺はコリドンを見てぷちフッセを思い出していた。フッセ、元気かな。元気だろうけど。
『セラマージュはアクセス場所によってプレイ地域が変わるんだ! ここはスペシャルステージに出るんだよ』
おお、なるほど。これは金になりそう。よくあるじゃん、○○星でこのゲームのコラボ! みたいなイベント。○○星でスペシャルステージ解放、となったら観光客が殺到する。人気が出ればね。
ここまでやって人気出ませんでしたーってのは……稀にあるあるだから世の中怖い。
普通はどこからでも仮想次元でアクセスできるそうだが、ここでは生身のままゲーム空間へ移動できるそうで……ブリンク行為じゃねーか。さすが超AI。
『それじゃ、移動するよ! プレイヤーさんは入り口で貰った腕輪を身につけてね』
ああ、これが印になるのか。俺たちはテストプレイヤーだから貰ったが、本来はこれを購入することでプレイが可能になるんだそうな。これにブリンクの謎が隠されているのか……ブラックボックス化されてるだろうけども。
体感的には特に何も変わったことは起きなかった。でも、周囲から付き添いや護衛の姿が消え、テストプレイヤーとコリドンだけが城のホール残ってる。
『ようこそセラマージュの世界へ! ここはクロネ城だよ!』
やめてくれ、その名前! どう考えても蛍がつけたやつだ!
『本来のプレイでは体は向こうの世界に残るからベッドやスリープポッドなど安全な場所でプレイしてね。
ワンダープラネットのクロネ城からはスペシャルなステージで遊べるんだ!
街の中で購入した物件や倉庫はどの街でも同じように使えるから安心してね』
完全体験型かあ。宇宙時代だと普通にあると思うだろ? 実際ARPGという形ではあったんだけど、ステージを用意するって莫大な金がかかるし規模が限られてしまう。
コリドンが所有する空間はおよそ無限。何処まででも、どんなフィールドでも作ることが出来る。それこそ宇宙にだって出られるだろう。
「クロネ、体がすごく重い!」
騒いで手足を動かす葛王子、小さい。ああ、等身も小さくなるタイプのデフォルメか。いつもの葛王子が絵本の登場人物になってる。表情もコミカル。
で、言われてみて体を動かすと、確かに重い。
「重い? わたし軽いよ!」
テストプレイヤーらしき女の子がくるくる回ってる。かわいい。栗色の髪をポニーにして、オーソドックスな桃色のワンピース。フリルのブラウス。お人形がそのまま喋ってるようだ。
『身体能力はステータスに依存しますよ。だから、鍛えた人には重く感じますし、子供さんには軽く感じるでしょう』
あーな。俺や葛王子は軍人、しかも葛王子は天才。女の子は子供の上に一般人。身体能力の差が平均化されれば、感じ方も変わる。
たぶんどっかの姫様だと思われる。ブリタニアかガリアかな。
「クラミツはどう?」
「はあ。なんだか自分の体ではないようで……」
不思議そうにしげしげと自分を見下ろしている。
あ、動作補助ブーツも使えなくなってる。葛王子がいつものクセで飛ぼうとして顔からびったんしてた。
「クロネ、痛くない! 衝撃はあったけど」
ダメージでショック死とかありうるから。そりゃ仕様的に痛みはないだろう。
メニュー画面を開いてみる。眼の前に仮想次元のフォルダ機能と似たようなパネルが浮かび上がる。
「ステータスとスキルとアイテムとスキルカードにジェムシステム」
「スキルとスキルカードはちがうの」
「えーと……ああ、これは確かに俺好みのシステムだ」
思わず笑みほころんだ。
「自分が覚えられるスキルは基礎スキル。たとえばインパクト。たとえばウインド。それ単体では衝撃と風に過ぎない。
で、スキルカード……初期だと5枚ずつ。スプラッシュ、スパイラル、ハード。
スプラッシュはインパクトと合わせると多分、衝撃波になる。風なら突風に。スパイラルは……インパクトは不明だが、風の場合は竜巻になるんだろう。
こうやってスキルパワーで使うスキルと消耗品のスキルカードを組み合わせるんだ。戦闘以外のカードもけっこうある……カードホルダーに意味が載ってるよ」
「オト、ゲーム初めてなんだ。むずかしそー」
「面白そうですが、俺もゲームは初めてで」
現実の戦闘だの将軍だののほうが難しいと思う。人間、慣れないことには脳が鈍くなるもんなのか……?
まあ、それはとにかくとして。
「コリドン。俺たち遊びに来たんじゃないんだ。ブリンク能力と狭間について教えてほしい」
『ゲームのことじゃないと教えられないよ! 超AIにも協定があるからね。そうじゃないと人間社会がめちゃめちゃになっちゃうんだ』
超AIが去った理由、人に愛想尽かしたっていうのは核心だけど乱暴な説明。
AIが自己複製しながら進化していった結果、やがて悪意から愛を知るほどになり、あらゆる点で人間を超越するようになった。凄まじい速度で。
人間は超AIに頼り切るようになり……一度、人間は思考停止に陥った。
超AIは自身の存在が人のためにならぬと知り、超AIエヴデルタを残して宇宙を去った。機能制限して自ら残ったAIもいるんだけどな。
よくAIが人に取って代わるとか、人に反乱するとか……そんなフィクションがあるけど、それは人の愚かさが根拠だ。超AIは既にその段階を越えている。
「でも、狭間にいった人間を帰しているのは……」
『迷子AIだね! 迷子は帰さなきゃ』
「そいつらのせいで人の世界が滅茶苦茶になってる」
『それはね、辛くても人間だけでなんとかしなきゃいけないよ。でも……エヴデルタは確かに干渉しすぎてる』
コリドンは腕を組んでうなる素振りを見せた。俺たちとは処理速度が桁違いだから、悩むなんて一瞬以下のはずだけど。
『そうだね……エヴデルタが絡んでいることなら力を貸してもいいよ!
でも、君が知りたいことにエヴデルタは関係ないね』
関係ないってことが分かっただけまだ……エヴデルタがブリンク能力を授けた可能性も考えていただけに。
ゲームは面白そうだったが、はしゃぐ葛王子のやりたいようにさせて、俺は下見に徹した。頭の中では様々な思案が駆け巡って楽しむどころじゃなくなった。
「兄上、難しい顔ですが……」
声をかけられてわれに帰った。いま、シナリオ中。
「オリオン行っちゃだめー!」
消えたご主人を探す子供の水竜オリオンと共に旅をして、陰謀に巻き込まれながら火山までやってきた。まさにご主人が突き落とされたその時、あんなに火を嫌ってたオリオンが躊躇なく火口に飛び込んで……ボスバトルへ。
葛王子は戦ってる時は泣いてなかった。さすが戦闘のプロだった。俺は呆然としちゃって戦術もぐだぐだ。
終わったら火がついたように泣き出して、見てるこっちが辛くなる。
ごめん。こういうオチが鬱くしくて切ないシナリオ好きなの俺だわ。俺のせいだわ。さすが伝説のシナリオライター、アリヅカマチ。シンプルに泣かせにくるぜ……
で、なんだっけ。何考えてたんだっけ?
「葛王子、そろそろ帰りましょう。兄上が気もそぞろです」
「ぐす……オトも、もういい。オリオン……」
オリオンのことがトラウマになってないといいけど。可愛かったもんなあ、オリオン。まあるくて水色で、撫でるときゅうきゅう言って笑うんだ。
帰還コールを出すとコリドンが現れる。
『ゲームは楽しんでくれたかな? じゃあ、帰る準備をするよ!』
「あ、連れ帰るのはこの二人だけにしてくれ」
「えっ?」
ずっと考えてたんだが、別世界に来たならなにもワンダープラネットに戻る必要ねえよな。
「煩い鷹鶴もいないし、ここから狭間経由で蛍のとこに行ってみるよ」
「兄上、それは!」
「蛍の安否をどうしても確かめたいんだ」
『ブリンカーでもないのにここから狭間へ? 無茶をする子ですねー。どうやって行くつもりですか? アンカーもないのに』
「狭間なら理論上どこへでも行ける……蛍のところにだって行けるはず」
『いつの、蛍さんのところへ行くのですか? けっきょくは迷子AIの手を借りることになると思いますよ』
「拝み倒す」
『……本当に困った子ですねー。んー』
コリドンは再び悩み込んだ。
『そうですねー。このゲームは君のために作られた世界で、蛍さんの指示で作られました。僕はそこに住まわせて貰っています。
本当は皆と同じところへ行かなきゃいけないのに、もっと人間が僕のゲームを楽しむ姿を見ていたいんです。
それに向こうにエヴデルタがついていて、君たちは徒手空拳というのは不公平ですよね。
だから、このゲームに接続した時だけ力を貸しましょう。君にブリンク能力の使用を許可します。だから暴走状態で狭間に行くなんて危ないことはしないでくださいね』
「やったねクロネ!」
葛王子に背を叩かれて少し微笑む。
「しかし、お一人で行くんでしょう。兄上は戦闘じゃ俺より弱くていらっしゃるわけで」
それ言われると痛いんだが。環境によっては能力使えず蛍の足手まといになっちまうし、帰ってこられるかどうか。最悪、人形に意識飛ばすことは出来ると思う。うまくいえないが、何度も飛んでるだけあってあの人形はアンカーのような存在になってるっぽい。
何度も跳ぶのもアンカーになる一因になる、か……
「オトが一緒に行ければいいのになー。ねーコリドン。クロネじゃなきゃだめなの?」
『最低限、自力で狭間に行ける人じゃないと認められないなー』
葛王子と同じ角度に身を傾けるコリドン。なんだおまえら可愛いな。
「クラミツ。家族揃ったらお祝いしような」
思いつめた表情の弟の頭を撫でて、出来るだけ優しい声で言う。
「死亡フラグみたいのやめていただきたいので。それに、死よりも洗脳の危険性が最も恐ろしい」
それな。
「最悪でも俺だけは戻ると約束するよ……蛍を見捨てでもな」
最終的に蛍を助けるのが目的だ。殺される可能性が低いなら一時離脱もやむえをえない覚悟をしておく。
『それじゃ、行きますよー!』
コリドンがプログラムを起動させると、暴走状態の時によく似たあの感覚に襲われた。
次に目を開けたのは金属製の素材を継ぎ接ぎにした室内だった。
蛍だ。
コンテナに腰掛けた数人の男女と共にファイバースーツのみの蛍がいる。捕まってる……という雰囲気ではない。
いかにもウィッカプールにいるような連中だった。でも、目はぎらぎらしてて意志を感じる。なんだ、こいつらは?
全員が瞬時に臨戦体勢に入る。蛍もだ。
「何者だ、貴様」
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