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菊蛍の猫が優秀なせいで、仮想次元のアンカーを失った。いや、この場合は猫よりもアジャラが思いのほか優秀だった、と言うべきなのか。
しかし、何もかも遅い。菊蛍の身柄さえこちらにあれば……
菊蛍は突然記憶を失った訳ではない。そういう術は拒絶されやすい。
故に、少しずつ自身の中の歪みや目を逸したい事柄がすり替わるよう術をかけさせた。この試みは上手く運んだ。
現在の菊蛍にとってオートンは旧知の間柄であり、攻撃対象ではない。そのことがオートンを満足させていた。彼もまた、自身の所業を直視出来ないでいたのだ。
ところが、それがいとも容易く覆る。
「邪魔になった、死ね」
菊蛍は、それは美しい凄絶な笑顔で、オートンの出てきた瞬間を狙って致命傷を与えた。心臓を一突き。慈悲も情もない。
親友のことすら覚えていない今の菊蛍にとって、一目惚れした黒音以外に重要なものなど存在しなかったのだ。
オートンは自身の策によって命を落とした。
***
「というわけでブリンカーを倒したぞ」
「じゃあ俺ここにいる理由なくなった」
「俺がいるであろうが!」
あっさり始末されて拍子抜け。そりゃ蛍ならその気になれば殺れるわな。今まで殺そうとしてなかっただけで。
「あんた、俺が殺すって言ったから殺したのか。旧知の間柄だったんだろ」
「あれから60年経っているし、拉致して閉じ込めて追い回すような奴は知らん。それほど親しかったわけでもなく、囚人兵仲間のほうがよほど気心が知れている」
アイン・Bの中では重要ポジのつもりだったと思うよ。50年接触しなかったのが響いたな。ずっと手段を変えて蛍を監視してたと思うが……
「ベッカード、確認したいことが出来た。中枢ってのは何処だ。俺の視覚情報を得ている場所を知りたい」
「そのことなら心配ない。この星は俺が乗っ取るつもりである」
気軽な口ぶりで蛍が言う。俺を後ろから抱いて。
「ブリンカー……オートンを始末したのはそれもある。奴は多少の暴走が許される中心的人物だったのだろう? 薩摩の中枢にも入り込んでいた。
少なくとも命令系統が崩れる箇所があるはず。まずそこを貰い受け、他の重要人物や派閥を洗い出す。
全てのブリンカーを掌握した後、星系を脱出。ガリアへ向かい、植民地とする。
俺の個人的な望みとしては、ロマ王を倒しロマの国も手中に収めたい」
恐ろしいことをピクニックの計画みたいに話す蛍。今までは鷹鶴が手綱を握ってたからよかったものの、こいつ野放しにしちゃいけない類の人間だな? ベッカードもぞーっとした表情で蛍を見てた。ベッカードたちは星を乗っ取るまでは目的を同じくしていたが、ガリアを植民地にするまでは考えてなかった。
「まあ、ガリアではなくヤマトでもよいが―――薩摩には恨みもある」
「ヤマトは駄目。薩摩は既に落ちてる。今は志摩がヤマト政府だ」
「ならば無理に簒奪する意味はないな。志摩か、よいところが王になった」
今の蛍の知る志摩の当主って、下手したら志摩王の祖父母の代じゃねーかな。カサヌイの存在すら知らないはず。
「じゃあ、蛍は俺と戦うんだな」
「ん、そうなるか」
「捕虜として俺をモノにする気?」
「形としてはそうなるが、大切にするぞ。自由も保証する」
「……あんた、もしかしてロマの王が嫌い?」
「当然であろう? お前はなんとも思わんのか。難民の王、私生児の王を名乗り、国まで作ったという。気色の悪い存在である」
んああ。蛍視点、そういうことになんのか。外の情勢なんか知らないもんなあ。
鷹鶴と一緒の仕事してただけなのに蛍だけ勝手にロマの王と呼ばれ、やむにやまれず建国して、望まない王位に就いた。こんな事情を知らなければ、ロマの王ってのはただひたすら不気味なんだ。
蛍自身、自分のことをそう感じていたのかもしれない。
蛍が倒したいのは、かつての自分自身なのか?
「―――言っておくが、俺は強い。艦隊戦じゃ負け無し。どっちかが死ぬかもしれない。それでもやるか?」
「そうせねばお前を手に入れられそうにないからな」
頬を指ですられ、俺は眉を顰める。
好きだって、あんただけだって俺が言っても、ロマの王の存在がちらつくんだろう。ならとことんまで付き合ってやる。蛍がその気なら応戦せざるをえないし。どうなるかはもう知らない。
「敵宣言した以上、馴れ馴れしく触るなよ。もう俺はこの星には関与しない。ブリンクで帰る」
「うん、そうであろうな。次に見えるときはその指輪、指ごとでも外してもらうぞ」
こっえーよ! おめーが嵌めた指輪だろうがふざけんなアホが。なんで俺が指詰めなきゃいけないんだよ今かなぐり捨ててやろうかクソが!
はあ。俺が部分的に記憶なくした時も、周囲こんな感じだったのかな。話す内容によって吐いたり倒れたりややこしかったに違いない。話の辻褄も合わせてやんなきゃいけないし。
おまけに俺と蛍とで戦争だって。なんだそりゃ。
立場上、負ける訳にもいかない。負ければどうしたって入植者が有利になる。蛍も蛍で星を支配するに当たってそうしなくてはならない理由も事情もある。私情もな……
「離れる前に」
と言って、人目もはばからず蛍は唇を重ねてきた。舌を入れようとするんで突き飛ば……せない! なんつー体幹してんだよ毎度のことながら!
「んん、ん」
「そこらへんでやめろアホタル。若い衆が可哀想なことになってんじゃねえか」
ベッカードの呆れ声を聞いて視線で周囲を窺うと、気まずそうに目を逸してるやつがちらほらいる。女性は興味深そうに観察してる。やめてよお。やめてよもう……
「……ぶはっ。くそっ、今度会った時は敵だからな! バーカバーカ!」
子供みたいな捨て台詞吐いてゲームに接続。コリドン経由で母艦に戻った。
「ただいまクラミツ! ちょっと面倒なことになった」
「こちらもです、兄上。ブリタニアが皇軍側につきました」
なんだと……
日和ったりヤマト側についたり忙しいと思ってたら今度は手のひら返し。
「たぶんだけど、アイン・Bが殺されたからそのせいかと思う。情報早いな」
「宇宙はタイムラグがあるので。遠い星ならなおさらですよ」
普通は仮想次元経由するからそういう問題起きにくいんだけど。あの星じゃ仕方ないな。
オープン回線で鷹鶴に繋ぐ。
「鷹鶴、蛍が地下組織支配してガリアとロマの国奪りに来るって」
『どうにか着地点を見つけなきゃいけないか』
「……蛍さん、そんなことになってるんですね」
まだファミリアとして会ってない蛍の迷走ぶりにクラミツが遠い目をしてる。ごめんなクラミツ。困った保護者で。
「アエロにフィルターかけなおして貰うってのはどうかな」
『それミチルさんに聞いておいたぜ! 蛍、すでにフィルターかかってたろ? 何度もフィルターかける行為すると精神崩壊の恐れありだって。複数のフィルター剥がす行為も同じ』
そうなるような気はしてたややこしいの極み。
『クラライアは拒絶。あくまで戦うってさ。宣戦布告頂きました』
駄目だったかー。ガリア皇女だもんな。ガリア侵略した以上はやっぱ無理か。
「打って出ようか。放置するとウィッカプール叩かれて面倒」
『ウィッカプールはクロートの国だしなー。俺には口出しする権利がないぜ。それよりクロートは休養。一日でいいからスリープポッド入りな』
「過保護……」
『蛍がいないからおじさんが過保護になるよ! 君ときたら無茶ばっかりするんだから』
よせよクラミツの前で。
スリープポッドは宇宙船での長期航行に使用されるほか、最適な休息に使用される。
「おやすみなさい、兄上」
「おやすみ、クラミツ」
かあいい弟に見守られ、ミチルさんの手によって休眠に入った俺は、目覚めてとんでもない後継を目の当たりにすることになる。
「えっ……なにごと?」
ぴかぴかだった医療室があちこち穴開いてるし焼け焦げてるし疲れ果てた兵が詰め寄せてミチルさんに治療を受けてる。
その全員が俺を見て、唖然としていた。
「お、起きた!!」
「奇跡だ、奇跡!」
「え、え、何?」
怯える俺に無言でミチルさんがやってきておでこや手首にぺたぺたシール状のセンサーをつけていく。
「君ねえ、一年眠ってたんだよねえ」
ハァ!
思わず格闘家になるほど驚いた。まさかそれでこの惨状か!
「目を離した隙に保養液に毒盛られてねえ。人手が足りなくて管理が杜撰だったからねえ。
脳に深刻なダメージを受けてもう無理だろうって言うのを鷹鶴とクラミツが一生懸命止めて、ロマたちも我慢してくれてね。貴重な機材をひとつ使っても植物状態でいいから生かしてくれって……もう仕事に戻るね。あとは鷹鶴から聞いてね」
言う間もなくファイバースーツの鷹鶴がアクションムービーばりのモーションで飛び込んできた。
そして戸惑う俺に目を向けると、鷹鶴はニブル人特有の薄い色の瞳をうるませ、抱きついてくる。
「うわぁあああよかったよクロート! 蛍に殺される!!」
あんたの頭はそれしかねえのか?
「違うんですよ」
呆れる俺に、此方もくたびれた様子のクラミツが歩み寄ってくる。
「兄上、無事で何よりで……す」
あ、泣くの我慢してる。目が濡れてて鼻の頭赤い。かあいい。
「なんか、ごめん。迷惑かけた」
「いいえ……警備を手薄にしたこちらが悪いんです。アランが裏切りまして」
そっちかぁああ! アランてのはこのブリタニア製母艦にクヴァドくんとセットでついてきた船長! いちおう動向は見てたけど特になんもない人だったのに……
「兄上暗殺未遂後、ブリタニアとガリアが手を組んで攻め入ってきました。ウィッカプールとバッカニアも参戦しましたが、正規王軍には敵わず。
八ヶ月すると地下組織を掌握した菊蛍さんがアダムアイル・ヴェルトールに軍勢を率いて出現。
兄上が暗殺未遂で植物状態であることを知るやブリタニアを叩きに飛んでいきました」
何やってんだ蛍。
「おかげで敵がガリアだけになりましたが、ご覧の有様で」
「俺はなんで助かったんだ?」
「マイクロチップには脳の損傷部位を代行する機能があるらしいぜ。それで人類の寿命が伸びたってのある」
鷹鶴が説明してくれた。
「クロートはツーコア積んでたからね。それが幸いしたんだろうってミチルさんが」
そのミチルさんは黙々と兵の治療を続けてる。いつまでもここに陣取るのは悪い気がして立とうとしたが、
「動かない!」
ミチルさんに叱られた。そうか、検査中なんだっけ。
保養液に再びつかって目を閉じ、感知を行う。以前と同じように出来る……というか脳が破壊されたとは思えないほどクリアだ。マイクロチップのほうが俺の脳より優秀だろうからな! そうもなるんだろうな!
とはいえ、感知系統は脳の機能だったはずだから、そこは無事だったんだろう。
ツクモシップに意識体を移してハイドの目を確認。殆どのウィッカ王軍とバッカニアは今も交戦中か。意識体で敵旗艦を探してジャックする。
『こちらロマ王子ウィッカ王。敵船に告ぐ、ただちに戦闘行為をやめ撤退せよ。さもなければ全艦隊の船体に深刻なダメージを受け宇宙空間を彷徨うことになるだろう。
繰り返す、戦闘行為を停止し撤退せよ』
敵はあくまで俺が死んだ(植物状態)と見て攻勢に出た訳だから、俺が復活したと知って速やかに撤退していった。このまま残っても、向こうは失うだけで得るものもないからな。
「兄上、敵艦隊が撤退したそうです!」
医療室が歓声に包まれた。ほとんど泣き声みたいな。ごめんな、俺がいなかったばっかりに。
それと、この状態のまま蛍に連絡をとった。
『蛍。俺だ、黒音だ』
『……クロネ?』
信じられない、という掠れ声で蛍が俺を呼ぶ。
『生き残ったよ。だから……』
一拍置いて息を吸った。
『ブリタニアを片付けたら掛かって来い』
『決定は覆らない。屈服させてでも手に入れるぞ、クロネ』
『好きにしろ』
通信を切った。
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