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鷹鶴という親友、ロマの信奉者、オオタチや前皇帝。それに黒音という存在がいない「蛍」は孤独だった。
だが、それが心地いい。
実のところ「菊蛍」は出所した後は独りで気楽に生きていくつもりだった。そこを鷹鶴に拾われ、様々な宿命を背負う羽目になった。
いまはただクロネの「蛍」。
そうありたいと願い、自らの意志で生きている。
***
帰ってまずシノノメたちを呼んだ。
「こういう時、囚人兵ならどうする」
「いや……菊蛍は我々の中でも特殊だった。何を仕掛けてくるか予測がつかない。まして向こうには大量のブリンカーとテレパスがいて、我々の中に混じっている」
大量虐殺はしてこないだろうがなあ。
考えられるのは確執を生まないやり方に絞られるってこと。
彼らが俺たちを駆逐して成り代わろうとするなら、例え蛍が相手でも皇族は存在を許さないだろうしウィッカプールもバッカニアも怒り狂う。ロマの目は知らん。
そもそも本気で殺そうと考えるなら、今頃もっと酷い目に遭ってると思う。
交戦時におけるショックガン抱えたブリンカーの波状攻撃。要人の洗脳、拉致。星の子バイオーム施設破壊による一時的な補給線断絶。ガリアと組んでくるってのも考えたほうがいいのか?
「それより、本当に戦うのですか。無意味な戦争ではないのですか。話し合えば……」
「それで住民が納得できるのか?」
せっかく開拓した土地に他所からやってきた、今まで宇宙を荒らし、自分たちが追いやられる原因になった輩、それも何世代にも渡って被爆し続けた輩をすんなり受け入れられるとしたら心が広すぎるだろ。
「正直、別に星を用意したほうがいいと思う。落とし所もそこになる。
ただ、その場合、ロマの勢力が広がるわけで、宇宙政府に言い訳が立たない。戦争が終わらんから、という理由で存在を願い申し出るんだ。って鷹鶴が言ってた」
艦隊戦はあんまり仕掛けて来ないと思う。こっちに有利すぎるからな。
その代わり、船に乗り付けての戦略が多いと思う。要するに局地戦。海賊やってた奴が多いから、あっちは白兵戦慣れしてる奴が多いんだ。
「オトどうするか?」
「葛王子はいてくれ。ヤマトのほうの戦争は形骸化する。クラミツと打って出て出来るだけ敵船減らしてくれ。こっちは戦争仕掛けられた分、容赦しない」
実際のところ、蛍も膿を出そうとしてんだと思う。一丁に何石も益を考えるやつだ。人一人殺すのにも何重の効果を狙ってたからな。戦争なんかその比じゃないだろう。
母艦の館長席に腰掛け、全艦隊及び周辺のブイ、惑星に意識体を巡らせる。
「敵影、ガリア入り口にあり。あいつらどの程度ブリンクできるんだろうな。まさか船ごと来ないよな」
「何人かのブリンカーで協力すれば理論上可能とタカラが言ってましたが、その後の波状攻撃は不可能とのことで」
突然目の前にワープされるのは驚異だが、波状攻撃がないんじゃこっちに有利な艦隊戦になる。多分ここぞって時に……
『敵影発見、わ……我々のど真ん中に!!』
うっそだろ蛍オイ。ガチかオイ。来るとしても、もっと後だと思ってた。しかもど真ん中だと? ワープ後に衝突してる敵船もけっこういるじゃねえか自爆かよ。確執はどうした!?
母艦にも横付けされてカマ掘られたんで、俺とクラミツは戦闘機に乗り込んで脱出。中のことはセキュリティ及び軍人に頑張って貰う。
『来たぞ、クロネ!』
蛍、まさかの戦闘機! こっちの動きまで読んでたってか。
そしてまさかの真っ向勝負。確か蛍はフォロワー専門で戦闘機はあんまり得意じゃなかったはずだが、相手が俺だもんな。
『どうしますか兄上。援護しますか』
『いや。それじゃ蛍が満足しない』
コクピットでぐっと肘掛け型のコンソール握り、ツクモシステムを最大限稼働。ほぼ超AI化したツクモシップでしっかり目の前の戦闘機をにらみつける。
『来い、蛍。俺がロマの王だ』
蛍としては衝撃の事実のはずだ。
通信の奥で蛍が喉を鳴らした。
『そうか、お前が―――』
ごめんな、蛍。
あんたの目的、ロマの王を倒すことになっちまったんだな。俺を奪うことよりも。そんなにまで煩わしかったんだな。あんたに全部責任おっかぶせて、何もかもやらせて、ずっと俺たちはおんぶにだっこだった。
エヴデルタに生み出されて、いいように翻弄され駒にされ。
いいよ、あんたの生きたいように生きてみろ。それが願いなんだろう?
大丈夫だ。
全部俺が持ってってやる。
『菊蛍! それで本当にいいのか! 兄上と戦うことが貴方の本望なのか! なあ!!』
クラミツが必死に止めるのを尻目に全速力で突撃をかけた。こっちの機体がどうなっても構わない勢いだったんだが。
蛍はどうしたことかひらりと躱した。だけでなくその瞬間にストン……とばかりに一発こっちに何かを撃ち込んでいく。
蛍の機体が脇を抜けていくのがスローモーションで見えた気がした。
何かのウィッカーのように機を見る才能がある。
かつて志摩王子が言ってたことだ。
たぶん、本当にエヴデルタに何か特別なものを貰ってるんだろう。ツクモシステムをこうも簡単にいなすとなると。
『兄上、兄上ー!』
メットからクラミツの声が聞こえたと思った時には、船から宇宙に放り出されていた。
さすがに死んだもんだと思ってハイドの手を取ったんだが、
『いいの、それで?』
と問われた。
『え、お前どう思う?』
『いや俺に聞かれてもだな……』
超AI化したくせに役に立たねえな。
『蛍の目的としては果たせたんじゃねえかな。ロマの王倒して自由を勝ち取り、殺してでも俺を奪って。だからいいかなって』
『えっ……クロネ的にはそれでハッピーエンドなの?』
『えっ』
『えっ?』
他に何があるのかよくわからん。
『このままだと直に脳も死ぬしマイクロチップも停止するぞ』
『死ぬんだから当然だろ。お前も巻き添え食う前に別宇宙へ行っちまえよ』
『ええー……なにこのこ怖い。生に執着しなさすぎじゃないの』
なんなんだよ。俺としてはやり遂げたんだよ。もうこれ以上を望まれたって何もしてやれない。俺がやれるもんは全部蛍にやった。後は死体を剥製にするなり好きにしてくれって感じ。
『あのなぁクロネ。人間てのは殺したいと一緒に生きたいとかの願いが同居する矛盾したアンビバレンツ的生物なんだよ。
蛍の本当の願いはなんだった? お前と一緒に逃げて二人で慎ましく暮らしたいってことじゃなかったか? お前、あのモンペからお前を取り上げるのかよ。怖いわ』
あっ、しま……蛍の過呼吸忘れて、
「蛍」
そんな未練が思い出されてから、すぐに目が醒めた。
言うても数ヶ月経過してたらしいが。俺そんなん多いな。
泣き暮らしたのか、目を腫らした蛍が「ひゅっ」と息を呑んだ。ああ、やっぱり過呼吸起こしてる。慰めたかったが、手が動かない。すぐにミチルさんをはじめとした医師がやってきて、俺はオペ室送りになった。
あのあれ。宇宙空間に放り出されたんでまた脳にダメージ負ったって。よく無事に動いてるな、俺の脳。殆ど機械化してるような状態らしい。半分AI化してるんだと思う。あんまりそういう違和感はないが……死んでるも同然だよなあ、これ。
また色々あってようやくまともに蛍の顔を見たのは暫く後。
「蛍」
「すまない、クロネ」
真っ先に手を握って「すまない、すまない」と涙を零す。
「ちがう、あんなつもりではなかった。ただお前が飛び出してきたので反射的に……気がついたときにはもう」
体に染み込んだクセって怖いな。本人の意志すら無視するんだな。
「お……お前を失い、生きていく、理由など……俺には、」
そっか。
ようやく蛍と出会ってからずーっと抱えてたわだかまりがすっかり溶けた気がした。愛人関係も精算して、俺の何処がどんだけ好きか分かった後も、ずっと感じてたわだかまり。
あんたにとって俺が生きる意味で理由なんだ。他に縋るもんがないんだ……
俺こそごめん、蛍。わかってやれなくて悪かった。
「おかえり、蛍」
濡れた頬に触れて言ってやると、蛍は首を傾げる。
「帰ってきたのはお前のほうであろうが」
そうだけど、俺の視点では「おかえり」。
ずいぶん長い旅をしたなあ、あんたも、俺も……
ロマ同士の戦争が開幕した矢先に俺がやられるという筋書きは誰の脚本にもなかったらしく、蛍も地下組織もロマも皇室も宇宙政府も大慌て。
なんだか全員がワーワーしてる間にクラライアとヴィーヴィーが心中し、アスルイス皇子が即位して、その恩赦として地下組織はガリアに居場所を築くことを許された。
ロマの王位は今は俺にあるらしい。蛍はあくまで地下組織のヘッド。
ただ、俺たちは家族になった。ちゃんとクラミツも含めて。
「蛍は王になる気はないのか。俺じゃまだ経験不足だと思うし……若すぎる」
「なんの。それを俺と鷹とで支えればよかろうよ。何より皆の心がもうお前に移っている。若き王に」
べったりひっついて離れない蛍が俺のこめかみにキスをする。とにかく蛍は何をするにも側にいた。身体の一部が接着してないと気が済まないようだった。食事の時も風呂に入るにも……個室洗浄ポッドなんか許されず、風呂で手ずから洗われてる。最近の赤ん坊より手厚く世話されていた。
それを拒もうとするとブラックホールより暗い瞳で見つめられるので恐ろしくて強くは拒否できない。う……嬉しくないわけでもないしな? 蛍がいいならいいよ。それで満足なら好きなだけするといいさ。
もうじきロマの祝典が開かれる。サノがデザインした前衛的かつ古風な着物を蛍が嬉しそうに着付けてくれた。かつての王が俺の影みたいに寄り添う様は人々の目にどう映ってるんだろうか……というかどのくらい蛍の事情が知られてるんだ?
「よっ、クロ。いつかとは逆の立場だな」
「志摩王」
「もー、いつまで堅苦しい呼び方すんだよ。タカラでいいさ。同じ立場だろ」
初めて会った時は天上の人、ニュースでしか見たことのない人だったんだがなあ。どうしてこんなことになったんだろう。今も自分の置かれた立場に実感わかない。
宇宙中、あの三味線小僧が王になるなんて考えてもみなかった事態だろう。母さん卒倒したんじゃないか。
ロマ王子って言っても、いつか俺より相応しい人物が現れて王位に就くような、そんな想像をしてたんだ。
いつの間にか出来てたセレモニードームで盛大な宴が開かれ、俺はお人形さん宜しくずっと壇上で座ってた。蛍はにこにこしながら背後に立ってた。もうこれが結婚式かよってくらい嬉しそうに嬉しそうに。
「クラミツよ、よく食べたか? お前はすこし細くていけない。これもお食べ」
とかクラミツの世話も焼いて幸せそー。案の定、蛍はクラミツにもモンペを発揮するようになってる。泥甘。俺にはきつく叱ったりするが、クラミツにはただただ甘い。殆ど孫。
祝典が終わって、これまたいつの間にか出来てた王城のでっかい部屋のベッドに寝そべりぼけーとしてたら蛍に覗き込まれた。
「どうした。浮かない顔だが……」
「いや。終わったんだなって。まだ実感わかなくて」
成人してロマになって戦争始まって王子になって間もなく王になって、怒涛のような人生だった。しかもロマ・ウィッカ王だよ。なんだそれ。
幕切れはけっこう突然だった。俺の視点ではな。実際には色々、本当に色々あったらしいが。俺は開戦直後に蛍に負けて寝てただけ。
「クロネ……んー」
覆い被さってきた蛍にちゅっちゅキスされて苦笑する。
「なあ蛍。あんたこれ初夜みたいなつもりだろ」
「バレていたか?」
てへっとばかりに笑う顔、可愛すぎる。可愛すぎるこの90歳。そろそろ人によっては老化が始まるはずだが、翳りもない。
「まるで結婚式のようだったろう? 皆が祝ってくれて……」
「俺とあんたの仲を祝ってた訳じゃねえからな? ロマの国の祝いだからな」
「気分を味わっただけであろうが。浪漫のないやつめ」
こんなやりとりをしてたから、このままセックスに突入かと思ったら、もぞもぞした蛍が寝息を立て始めた。
えっ、どういうことなの。
『よっ、クロート。いま大丈夫?』
『鷹鶴……暇だよ、動けないし。蛍が俺抱えて寝た』
『あっはっは、だと思った。まとまった休息やったの今日が初めてだからな』
どういうことだよ。
『お前が動けない間もずーっとロマの目の監視、いつもの仕事をさせてたんだ。蛍の性格上、放置するより仕事を与えたほうがいいと思ったし、何より俺が助かる!
君が復帰してからも一緒にいたければ仕事しろ! ってね。俺が蛍をお前の側で遊ばせてるだけの訳ないだろー?』
俺の世話しながら普段の仕事も並行でやってたのかよ。前はデータリンクルームで集中してやってた仕事を。
蛍の寝顔をよく見たらやつれてるし、肌の調子も悪いみたい。なんでこんなに側にいて気づかなかったんだろう……距離が近すぎたせいか? だいたい背後から抱えられてたもんな、ヌイグルミみたいに。
『改めて大団円おめでとう! 君が体張ったおかげだぜ』
『なんか結局右往左往して蛍に負けて終わったような………』
『君を撃った時点で蛍の負けさ。そうだろう? 蛍にとっての勝ちは君を生け捕りにして支配下に置くことだった。でも失敗した。そして蛍にとって最高に都合のいいポジションに収まったのさ。
それも君が生還してくれたおかげ。いやあ、大変だったぜ君が起きるまでの蛍はよお!』
だろうよな。
今でこそニッコニコご機嫌の蛍だが、暗殺未遂に続いてこれだから、
『もしかして心中しようとしたんじゃねえの』
『あたり!! 何度俺とクラミツで阻止したか分かんない回数、蛍は無理心中しようとした。ミチルさんに諦めろって言われてたからね。クロネと一緒に俺も死ぬって何度聞かされたか。
幸いなのは君の弟で自分の親戚のクラミツくんは可愛かったらしくて、クラミツくんの言うことは聞いてたことかな』
ほんっと蛍はクラミツに迷惑かけすぎ! いたわってあげなきゃ……
ほんっとに仕方のない、手のかかる。
蛍の頭をきゅうっと抱えて目を閉じる。
蛍。起きたら休暇をとってワンダープラネットへ行こう。
コリドンは眠らされてただけらしいから、あんたが俺に作ってくれたゲームで一緒に遊ぼう。もちろんクラミツも一緒に。
菊花に菊の字が入ったチョーカー、もう一度ちょうだい。
何度でもあんたは俺を好きになってくれるみたいだから、何度でもやりなおそう。
俺とあんたの間に憂うことはもう何もないんだから。
→黒音視点とりあえずの終わり
※同人誌でその後譚や蛍視点など描き下ろし、ファンボックスに大量の小ネタがあります
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