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宮の者たちも雪花と同様、皇と瑠璃神のご様子に心中は宴どころではなかった。
しかし自分たちまでも暗くなってはならないと無理に呑んで騒ぎ、明るい雰囲気を生み出した。どこかぎこちなかったのは無理もない。
このような宴の翌日から、状況が一転。
何があったやら……いや一目瞭然だが、瑠璃神は恥ずかしそうに皇に肩を抱かれて宮内庭に誘われていった。皇は気遣うように薄く微笑んでおり、その瞳は優しく和んでいる。愛しくてならない、という表情だが、雪花から見ると「かつてなく浮かれきっている」状態だった。
互いに目を合わせては、恥ずかしそうに微笑み、視線を逸らす。そわそわしては手や体が触れ、顔を見合わせて、照れ笑い。
見ているこちらが痒くなるほどの初々しさだ。
二人並んでそうしているだけで幸せなようで、特に会話はない。皇は別格だが、瑠璃神も饒舌なほうではないらしく、相性がいいらしい。
藤の子が二人の側でチョロチョロと遊んでは、
「おーさま!」
皇の膝によじ登ったりする。瑠璃神はそれを嗜めるけれども、可愛くて仕方がないと顔が緩んでおり、皇も嬉しそうに藤の子を抱き、頭を撫でる。皇の膝に乗ればお二方にかわいがって貰えるので、藤の子はご満悦だ。
まるで家族のようだ。
目を細めて見守っていた雪花のほうへ、ふと瑠璃神が気づいた。
「雪花さん……こちらへ来ませんか」
「えっ」
自分はあくまで皇の下僕。藤の子のように無邪気な性質でもなし、ただ小間使のようなものなのだが。
「ゆき……」
皇にも呼ばれ、雪花はカチコチと緊張しながらお二方の側へ寄る。瑠璃神は皇との間に隙を作り、雪花をそこへ座らせた。
「えへへ」
藤の子がにこにこしている。雪花は、この家族の中に自分も入れてもらえたような気がして、頬を染めた。
「雪花ねえちゃん、あそぼ!」
「ええ。何をしたい?」
「えぇとね……」
なんだか嘘のような幸せで。
決して今までが不幸だった訳ではないのだが……
雪花は、皇と共に苦労ばかりしてきた。だからだろうか、幸せというのものが長く続くもののような気がせず、恐ろしくなってしまう。
***
偽りの愛を手に入れて暫く。
俺は舞い上がるような気持ちだった。嘘の恋だと、皇に酷い仕打ちをして騙していると分かっていても、身勝手にこの状況を楽しんでいた。
もし本当のことが知れれば、皇は怒るだろうか。どのくらい、怒るだろうか。俺を嫌悪するだろうか。憎悪するだろうか。侮蔑するだろうか……
そのことを考えない日はなかったが、彼の優しい眼差しと、あたたかい手に包まれると、そんな不安が消し飛んでしまう。
「………あなた、は。御名……は?」
辿々しく尋ねられ、俺は首を傾げた。
「名は、ない……かな。瑠璃神というのも、いつの間にかそう呼ばれるようになっていて。だから瑠璃で結構ですよ」
「ならば、瑠璃羽と」
「………!」
「お呼び……しても……」
皇の声が小さく萎んでいく。照れているのか、耳の先が赤い。
るりは。名前をくださったのか。皇が……俺に。
皇が目を見開いて慌てた。
「ど、ど……なぜ、涙」
「う……うれしくて」
現世で名付けられることは勿論あったが、その間は自分が何者であるか忘れているし、その人生だけの名だ。でも今は休暇中なので、この魂の名になる。
これ以上泣いていては皇を困らせるばかりだろう。袖で涙を拭き、彼に微笑みかけた。
「そう言う皇のお名前は?」
「わ……私にも、名は……なく」
ぼそぼそと皇は心中を語る。
「よければ……私に、名を……頂き、たく」
「俺で、いいのですか」
「あなたが、いい……」
真摯に見つめられ、俺は考え込んだ。いいんだろうか。いつか俺の裏切りを知った時、その名を恨まないだろうか。
いや、今更か。
俺はどうせ憎まれる。彼が俺の裏切りを知るのは、俺の魂がなくなったとき、俺が存在ごと消滅した後だ。ならば後のことを考えても仕方がない。
「ヒオウ……でどうでしょう。皇と、呼ばれ慣れているでしょう。あまり離れた名にしても、慣れないと思うから」
皇は、花綻ぶように、嬉しそうに笑った。子供みたいな顔だった。薄く、優しく微笑むことはあっても、こんなに無邪気な笑顔は始めてだった。
「私と、あなたの、名前」
それが嬉しいようだった。俺も、嬉しい。嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。おまけにヒオウ殿は感極まったように抱きしめてくれた。いつもよりすこし、力強く。
抱き返していいものか分からなかったけど、そのかわり、おずおずと寄り添った。ヒオウのまとった衣装のファーが頬にちょうど当たるので、気持ちがいい。
「ヒオウ、ヒオウ、ヒオウ」
彼は歌うように名付けられた名をつぶやき、俺に微笑んだ。
「るりは」
名付けれられてばかりの名を呼ばれ、あまりの恥ずかしさにますます彼の胸元へ顔を押し付ける。
頭上から吐息だけでヒオウ殿が笑う声がする。可笑しくてたまらない、という感じに。とても顔を上げられない。
だが、背を撫でていた手がふと、俺の簪に触れて……
「なぜ、簪、を?」
問われて息を詰める。
「あ、ああ。ええと。俺は此処に降りる前、人として転生を繰り返していたのですが」
「貴方ほどの神格で……?」
「そのために作られた魂なので。男にも女にも転生してきたから、俺にとって性差って曖昧なんですよ」
話しながら苦笑する。女でいることが煩わしいから男神になったのに、お洒落はやっぱり女物のほうが楽しいから……
「おかしい…ですか?」
訊ねるとヒオウ殿はかぶりを振った。とても似合う、と囁いて。ああ、この方は、どうしてこう。
ただ不満がない訳ではなかった。
いや付き合いたてなら何ら不思議ではない……とは思うんだが、何ヶ月経ってもヒオウ殿は俺に手を出してくれない。ヒオウ殿のことだ、最初が最初だったからと大切にしてくれているのかもしれないが、何分こちらは大神さまに「大好きな人の前で発情する体」に創られている。正直、熱を持て余していた。
一人でしようにも、藤の子が当然のように寝所に潜り込んでくるしな。我が物顔で寝台に潜り込んでくる顔、可愛い、可愛いが、困る。ああ、困る困る。なんて温かい塊なんだ。はあ可愛い。困る。
だからまあ、俺は藤の子が遊びに出ている間に、意を決してヒオウ殿の懐に飛び込んだ。
「あ、あの……ヒオウ殿、お願いが」
「どう、された」
「………」
とても心配そうなヒオウ殿の表情に、俺は自分がとんでもなく恥知らずの気がした。で、でも、もう限界なんだ。今すぐにでもめちゃくちゃにしてほしいほど、限界なんだ!
「お……犯してはくれませんか」
言った! 一世一代の告白だ。
ヒオウ殿の顔を見れなくて強く目を閉じ、縮こまっていると、頭上から吐息で笑う声が消える。
「るりは殿」
「や、やっぱりだめ」
「犯す……では、ない。愛しあうのだ」
「………」
それを聞いた瞬間、鉄球で頭を横殴りにされたような気がした。彼から一歩、二歩、後ずさって距離をとる。
犯してくれ、というのは言葉のあやで……いや、心のどこかで「抱いてくれ」と言うのはおこがましいと思ったから、ああ言ったんだろう。俺には彼に抱いてもらう、愛される資格がない。まして愛し合うなど。
夢心地で浮かれていた気分が現実に引き戻された。
「どう、された?」
唇を噛んで泣く俺に驚き、ヒオウ殿は手を伸ばそうとしたが、俺はそれから逃れた。へたりこんで袖で顔を覆う。
「ごめんなさい」
「るりは殿?」
「ごめんなさい、ごめんなさい………」
どうしてこんな誠実な方を裏切ることが出来たのだろう。私欲のためだけに。最初から分かりきっていて、それでもと強く望んだ。いつか、自分の罪に押しつぶされる時がくるだろうことも、分かっていた。
いっときの夢を見られれば、俺はそれで……
それに、安心もしていた。もう、いつ終わるとも分からない辛いお務めに戻らなくてもいい。終われるんだ、やっと。好きな人と嘘でも愛し合ったまま、終わりたい時に、終わる。それはもしかしたら、恋以上の甘美な願望だったのかもしれない。
「もう、いい……もういい」
聞いているんだろう。もう契約は終了だ。この魂を持って行くがいい。
「るりは、殿……?」
遠くでヒオウ殿の声がする。愛しい人の声が。
なんて、幸せな、 … … …
急に様子のおかしくなった瑠璃神の身がゆっくりと傾ぎ、ヒオウは慌てて彼を抱きとめた。
「るりは……?」
安らかにも見える顔は目を閉じて呼吸も乱さない。熱があるわけでもなく、顔色も悪くなかった。それに、彼は自ら意識を閉ざしたように見える。
息を潜めて様子を窺っていると、瑠璃神の胸元に白い光が集まりだす。それは彼の体から漏れる神力のように見え……塊になると、わかった。それは魂だった。
「な、なぜ……!」
驚いて手を伸ばすも、それは蝶のようにひらりとヒオウの手を躱し、ふいと空を泳いでヒオウの背後へ飛んでいった。振り返ると、そこに今までいなかった異形の者が佇んでいる。
顔はまるきり怪物で、ボロ着のローブを纏い、覗く手首は骨のよう。それが持つ瓶の中に、瑠璃神の魂は収まった。
「何者だ、貴様……彼を返せ」
「おかしなことを言う。これは瑠璃神の意志で我が元にやってきたのだ。でなければ彼ほどの神を私如きがどうにかするなど、とてもとても」
異形は道化のように大仰におどけて見せ、歯をカチカチ言わせて笑う。どこまでも不快な生き物だった。
「瑠璃神は私と契約をしたのだ。そなたの心と引き換えに、自分の魂を引き渡すと」
「ばかな……貴様が何者かは知らんが、貴様が介入する余地などなかったはずだ」
「そうだなあ。君は最初からこの神が好きだったものな」
「それを知っていて契約を持ちかけたのか!?」
「そう」
異形はニィと歪な唇を歪めて歯を見せる。
「君のことがどうしてもどうしても好きで、魂と引き換えてでも愛して欲しかったそうだよ」
そんなばかな話があるか。
瑠璃神がそう願っていたにしても、もともと相思相愛だったのだ。何もなくとも結ばれていたのだ。そこへ必要のない契約を捩じ込み、自らは何もせず瑠璃神の魂を奪った。
何より悲しいのは、彼がヒオウの想いを悪魔によって齎された偽りのものだと考えていたことだ。思えばいつも、どこか寂しそうに微笑んでいた。嘘でも愛されたいと願ったのは、本当だろう。だからこそ許しがたい。
ヒオウが剣を抜いて立ち上がると、異形は瓶を盾にするように構えた。
「貴様……!」
「返してほしくば、取りにくるがいいよ。使いの者を寄越すゆえ、そやつに道案内を頼むといい」
「待て!」
止める間もなく、異形は影に沈むようにして消えた。瑠璃神の魂ごと。
「帰ったか」
「帰ったよ」
異形、瑠璃神と契約した悪魔は上機嫌に魂を封じた瓶を半身に見せる。
面白いものを手に入れた。悪魔は立て掛けた箱を横たえて開け、膝をついた。
「おや、なんだその木偶人形は。ずいぶんと凝っているね」
半身が関心したとおり、箱の中の木偶人形は、木製だったが出来は素晴らしい。球体関節型で、可動域は広く、上下にパカパカと開く瞼まで再現している。もちろん、口もだ。顔は愛らしい少年タイプ。
「実はね、内部はもっと凝っているんだよ」
人形のシャツを開けて胸元の扉を開き、悪魔は弾んだ声で解説した。
「複雑な結界を何重にも張ってね、外からは何も感知できないんだ。たとえ大陸を覆う神域を持つような神の魂が入っていてもね」
「ほう。つまり、この人形にその魂を入れて、彼に氷の皇の案内をさせると」
「そう、記憶を封じてね。面白い見世物になりそうだろう」
「悪趣味だな」
「悪趣味だろう」
双子の悪魔は異形の顔を寄せてクツクツと笑い合った。
さっそく手に入れたばかりの魂の記憶を閉じ、人形の中へ入れてやった。精巧とはいっても、所詮は人形。カパリと開いた瞼から覗く瞳は無機質だった。
「お前の主人は私だ」
「はい」
人形は頷いた。乾いた木が擦れる音がする。
「お前はこれから氷の皇をここへ連れてくるんだ。道順はお前の魂に刻んである。行きは送ってやるが、皇とは船で来るんだ。わかったね」
「はい」
人形は従順にうなずき、ヒョコヒョコと立ち上がる。
それを術で凍土まで送ってから、双子の異形は笑い合う。さて、どうなるか。
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