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大雨
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三蔵side
ぼつぼつと、大きな音を立てて雨が降る。
天井が破れるほどの雨に、少し憂鬱な気持ちになりつつ、ハンコをコトンと机に置いた。
今日は午後から街へ出る予定があった。
悟空の…あのバカ猿の服がサイズアウトしたので買いに行く予定だったのだが…。
障子を開けなくてもわかる雨音に肩を落とす。
面倒くさい。
だが、悟空につんつるてんの服をこれ以上着せることにも抵抗があった。
「お?三蔵どこ行くの?」
呑気にそんなことを聞いてくる
お前の服を買いに行くんだ、なんて言いたくなくて、
「…ちょっとな」
とそっけなく答えた。
「何だよー、俺には言いたくないのか?」
なぁなぁ三蔵、と纏わりつく悟空に、一発ハリセンを叩き込む。
「うるせえ」
「何も言ってないじゃんさんぞー!!」
頭を押さえて屈みこむ悟空を尻目に、振り切るように一人で執務室を出た。
傘を差して、裾が濡れるのも厭わずに歩く。
一歩踏み出すたびに水がはねて足を濡らすが、そんなことよりさっさと用を済ませて執務室に帰りたかった。
だが、そんな思いもむなしく、慶雲院の水路に差し掛かった時、三蔵の鼓膜を震わせたのは赤ん坊の声。
激しさもなければ力強さもない、だが凛と響く不思議な声だった。
不審に思い足を止め、ぐるりと周囲を見回すと、水路をゆっくり流れるのは葦で編まれた些末な籠。
惹かれるように近づいて目を落とすと、二人の赤ん坊が、手をつないでその丸い瞳で三蔵を見つめた。
誰かに捨てられたんだろう。
こんな雨の中、何とも分からないまま。
用事を済ませるためにそこから離れたかったが、二人の目には不思議な力があり、まるで足が動かなかった。
『江流』
在りし日にお師匠様から呼ばれた幼名が頭をかすめる。
いつのまにか、俺はその葦の籠を手に取っていた。
子供二人が入った籠はずっしりと重く、腕に食い込む。
だが、それが命の重さだ。
赤ん坊たちがこれ以上濡れないように傘を傾けながら、用事なんてすっかり忘れて執務室へと戻った。
「あ、さんぞー早かったじゃ…なんだそれ?」
執務室のドアを開けると間抜け面がそこにあったが、何も答えず赤ん坊の入った籠を床に置いた。
書置きや手紙らしきものはない。
紫と金の目をした、鏡写しのような双子が、薄いタオルをかけられてピッタリ寄り添っていた。
「すげー…赤ん坊ってやつ?」
悟空がその頬をつつこうとしたので、パシッと叩く。
「何だよ三蔵」
「タオル取って来い、なるべくたくさんだ」
そう指示すると、少し丸い目をした悟空が口を開いた。
「こいつら、うちの子になんの?」
「うるさい、いいから取ってこい」
もう一度、今度は急かす様にそう言うと、悟空は渋々といった感じで立ち上がり、執務室を出て行った。
しっとり濡れた赤ん坊にまた目を落とす。
一人は赤、一人は黒の布で巻かれていた。
濡れたままでは寒いだろうと、赤い布で包まれた赤ん坊を持ち上げ、濡れた布を外すと、その下には何もまとっていなかった。
女の子であることを確認すると、濡れた布をまた着せるのも忍びなく、そのまま籠に戻した。
「ぁーう…」
女の子が小さく声を上げ、きゅっと隣の黒い布をまとった赤ん坊の手を握った。
離さないとでもいうようなその行動に、なぜか少し心が痛む。
そっと女の子の頭を撫で、黒い布をまとった赤ん坊を籠から取り上げる。
布を外すと、こちらは男の子だった。
「ぁんお」
こちらに手を伸ばしながら偶然発せられた言葉に、動きが止まる。
さんぞ、と呼ばれたような気がしてしまって。
無垢で丸い、きれいな瞳に映る自分を見つめたが、赤ん坊は不思議そうにこちらを見返してくるだけだった。
「お前…」
俺が嫌じゃないのか、と言おうとしたとき、そーっと障子戸が開き、悟空が部屋に入ってきた。
「三蔵、赤ん坊平気か?」
その手には沢山のありとあらゆる種類のタオルが抱きしめられていた。
「別に平気だ」
一番上にあったバスタオルを取り、男の子に巻き付けるようにして体を拭く。
顔を優しくなでるように拭いていると、悟空が女の子をそっと籠から取り上げた。
見よう見まねで体をそーっと拭く悟空に微笑ましさを感じながら、拭き終えた男の子をタオルの山の上に置いた。
「んにゃ…」
小さな紅葉をぐーぱーと動かしながら、男の子は喃語を発した。
「よいしょ…」
そーっと悟空が女の子を男の子の隣に置く。
すると、また二人は互いを探すように手を動かし、触れ合った手を握った。
その儚さと可愛さに、すでに双子を他所にやる気は無くなっていた…何より、ここは寺院だ。
困っている子供にも慈悲を向けるのが自然だろう。
となれば、二人にも名前が必要だろう。
自分にも、物心ついたときには、江流という名前があった。
何か良い名前は…。
男の子の方を、そっと触れる。
丸い目をしたまま、その子は俺の指を握った。
「…雨露」
「あー」
呼ばれた男の子は嬉しそうに微笑む。
その頭をそっと撫でて、今度は女の子に触れた。
その子は黙って俺の腕をガシッとつかんだ。
「月鈴…」
ぐっと赤ん坊とは思えない力で俺の手を握った後、ぱっとその手を放し、女の子もにっこり微笑んだ。
「三蔵、それ、こいつらの名前か?雨露と月鈴…って」
「そうだ」
こくんと頷くと、悟空は嬉しそうに赤ん坊たちに微笑みかけた。
「よかったなー!名前もらえて!」
丸い目をした子供たちは、不思議そうな顔をした後、つられたように笑った。
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