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契り 02
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意識を手放しかけたその時、強く腕を掴まれたかと思うと、肩を抱えるように引き上げられた。
「ッ……ゴホッゴホッ」
空気を感じた途端、咳き込んで激しく呼吸する。そうしていると、「何をしている」と不機嫌そうな声が上から降ってきた。
徐々に頭がはっきりしてきて、ゆっくりと顔を上げた。
月の光に照らされて男の顔が見えた。
濡れた長い前髪から覗く紺青の瞳に射抜かれて、心臓がドクリと音を立てる。
僕はその瞳から逃れるように、直ぐに視線を外した。
「……僕、これからしなきゃいけないことがあるので……。
あの……関わり合いにならないうちに、どっか行ってください」
「こんな時間に、こんな冷たい水の中で?……一体何を?」
その人は笑いを含んだ声で訊いた。
「……死ぬんです」
正直な言葉が漏れる。
きっと本気にはしないだろう。そう思っていたのに、今度は笑うこともせず、じっと僕の顔を見つめた。
再び、その瞳に囚われた。金縛りにあったかのように、体が硬直して動けない。
突然、ピカッと空が明るくなったかと思うと雷鳴が轟いた。
「っ……!」
その音に身を固くする。耳を塞いだ手が震えているのが自分でも分かった。
「死ぬことより雷が怖いのか?変な奴だな」
そう言った男の人は、先刻までとは一変して穏やかな微笑を浮かべていた。それを見て何故かドキリとする。
「……おいで。じきに雨が降る。そうすると本当にシャレにならない」
ポンと頭に手を置かれた瞬間、僕は反射的にその手を払い除けていた。
「っ……嫌だぁあ!!気持ち、悪いっ……気持ち悪いっ!!」
言葉が勝手に口をついて出る。全身に走る悪寒が止まらなくて、自分自身の肩を抱いた。
「おいっ……大丈夫かっ……?」
「ごっ……ごめん、なさい……」
荒い息をしながらぎゅっと目を閉じる。
ちゃんと説明して謝らなければ。初対面の人にこんなに酷いことを言うなんて……。
そう思うのに、その先を伝えることができない。
震えを抑え込むように俯いていると、静かに男の人が口を開いた。
「……怖いのか?」
僕は小さく頷いた。それは事実。男が怖い……。
「……こわ……い……。自分じゃなくなって……そんな自分も怖くてっ……、嫌いで……。死のうと思った……っ」
言葉が自然と溢れ出る。
「な……のに、貴方のせいでっ……!!」
冷たい肌に熱い涙が滑り落ちた。
この思いはなんなのだろう……。どうしようもなく苦しい。
「貴方に出会わなければっ……」
次の瞬間、腕を引かれその人に抱き締められていた。互いに濡れて冷えているはずなのに、体中に温もりが流れ込んできて、その心地良さが何故か怖く思えた。
「……いや、だっ……放して!」
暴れると、回された腕にさらに力が篭る。
「……大丈夫、何もしない」
「……」
「君の恐れている事が何なのか知らないが、これだけは言える」
その人は凛とした目で僕を真っ直ぐに見て、整った唇を柔らかく緩めた。
「君は死ぬにはもったいない……君は、本当に綺麗だ」
その言葉に心臓が跳ねる。
綺麗……?こんなに汚れた僕を、綺麗と言ってくれるの……?
胸の高鳴りが煩い。
今度こそ、この青い瞳から逃れられない。違う、逃れたくない。
初めて人前で声をあげて泣いた。
――傍にいたい。
この人は、僕を愛してくれるだろうか……。
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