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契り 09
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僕、此処に居ては迷惑だったかな。でも、彼が「うちで待ってる」って言ったんだし、神霜さんに迎えも頼んでくれた……。あ、僕が呑気にお茶なんか飲んでるから……?
カップを置いて黙り込んだ僕を見て、神霜さんがクスリと笑った。
「気になさらないでくださいね、いつもあのような感じですから。ですが、結月様、今日をとても愉しみにされていたようでしたよ。今朝、少し表情が穏やかでしたから」
「え……」
ハッとして顔を上げた瞬間、大広間に入ってくる結月さんの姿が目に入った。
「亜矢」
今度は僕の方をしっかりと見て、名前を呼ばれる。たったそれだけなのに嬉しくなってつい口が綻ぶ。
「今日からお世話になります、結月さん」
勢いよく頭を下げると、「世話になるのはこっちだろ」と、真顔を柔らかく緩めた。それを見てホッとする。
“いつもあのような感じ”と神霜さんは言っていたけれど、僕の中のイメージはこの優しい空気を纏った彼だ。
結月さんが向かいの椅子に座り、神霜さんが直ぐに、紅茶を注いだティーカップを置く。ありがとう、と彼が言って、スラリと長い白い指をハンドルに添えた。三本指で摘むようにカップを持ち上げ、伏し目がちにゆっくりと口をつける。その少しの所作だけでも、見とれてしまうほど品を感じる。
やや俯いた顔に、さらりと前髪がかかった。前は暗くてよく分からなかったけれど、とても綺麗な髪の色だ。透明感のある栗色。地毛だろうか。
僕の視線に気づいた結月さんが「どうした?」と訊くのを「何でもありません」と慌てて誤魔化す。
紺青の瞳に見つめられ、あの夜、安心させるように抱き締めてくれたことを思い出して、トクリと心臓が音を立てた。
ふ、と結月さんが小さく笑った。眉を開いた穏やかな表情を見て、釣られて笑みが溢れる。やっぱり、結月さんにはこの顔が似合うな。
「結月さん、僕にできることなら何でも言ってくださいね」
勢いよくそう伝えた僕に、一瞬目を丸くしてから、綺麗な微笑をその薄い唇のふちに浮かべた。
「君は、笑っていてくれるだけで良いよ」
心地良く脳に響く、低音。理屈無しに心を落ち着かせる声。
愛おしさが胸元に突き上げてくる。
――結月さんの笑顔をもっと見たい。でも、これ以上、彼に惹かれては駄目だ。
心の隙間から覗くこの感情の名前は記憶にあるのに、気づかないふりをした。
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