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契り 13
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《perspective:亜矢》
『……可愛い』
囁かれた艶っぽい結月さんの声が、まだ耳に残っている。あれから3日も経つけれど、その声はなかなか頭から離れてくれなかった。
“可愛い”なんて、これまで沢山言われてきた。容姿にコンプレックスのある僕にとって、それは大嫌いな言葉だった。
でもあの時は違った。動揺を隠せないほど心が震えた。
彼の心臓の音を聞いていたからだろうか。結月さんも緊張してるのかな、なんて、少しだけ自惚れてしまった。
あの後から、変に意識してしまい、気づけば彼の後ろ姿を目で追ってしまっている。目も合わせることが出来ないくせに、あの時の心地良い体温をまた感じたくなってしまう。
――駄目だ。自ら男の人に触れたいと思うなんて、ありえない。これまで辛い思い、たくさんしてきたじゃないか。
特別な感情なんて持ってはいけない。
たとえ少しの時間であっても、結月さんに会えるだけで嬉しいんだ。あの温かい笑顔を見られるだけで、充分じゃないか……
* * *
終業のチャイムが鳴ると同時に、僕は教室を出た。
今日こそは、ちゃんと目を見て話さなければ。このままだと、変に思われてしまうから。それに、結月さんは「笑っていてくれるだけで良いよ」と言ってくれた。心配をかけたくない。固く決心して、いつもより早めに向かう。
屋敷に着くと、門の前に見慣れないベンツが停まっていた。誰だろう、と思いながらチャイムを鳴らして門を開けてもらうと、「いつもごくろうさまです」と神霜さんが出迎えてくれた。
「あの。今日誰かいらしてるんですか?」
「はい。笠原家のお嬢様がお見えで……」
お嬢様か……。結月さんは一ノ瀬グループの社長子息だから、そういった良家同士の交流はあるのだろう。僕には縁のない世界でよく分からないけれど。
「……宮白さん」
僕がスタッフルームに入ろうとすると、神霜さんが声をかけた。
「西棟の二階には上がらないようにと、結月様から伝言を預かっております。ですので、今日はそこの掃除は無しということで、お願いしますね」
普段はあまり見せない神妙な面持ちに、何故なのか理由は聞かず、「分かりました」と承知して、着替えて仕事場へ向かった。
「亜矢ちゃん、今日も頑張ってるわね」
「ほんと。学校もあるのに尊敬しちゃうわ」
いつも侍女さん達と一緒に雑務や掃除をしながら、色々な会話をする。それだけで仕事は苦にはならない。
「それにしても、結月様が亜矢ちゃんを連れてきたときはびっくりしたわ」
「だって結月様が外に出ていること事態、珍しいことだものね」
「え……?」
その会話に、僕は手を止めて振り返った。
以前、神霜さんも同じようなことを話していた。僕のことを、結月さんが“初めて連れてきた人”だと。
外に出ていることが珍しい? 確かに仕事もよく家でしているようだけれど……。
「結月様、私用では滅多に外に出られないのよ。いつも外出は仕事関係ばかり。会長が外と関わらせたくないみたいで」
「会長って……結月さんのお祖母様でしたよね」
「そう。創業者ですべての権限を握ってるの。社長は息子……結月様のお父様ね、その方に継いだけれど、社を実際動かしてるのは未だに会長なのよ」
そこまで聞いてふと気づく。
「そういえば結月さんのお母さんは?」
訊ねると、侍女さんの一人が僕に顔を寄せて声を潜めた。
「あのね……実は……」
「だめよ!私たちが言うべき事じゃないわ。亜矢ちゃん、倉庫からモップ取ってきてくれる?」
怒ったように阻止されて、話は終了してしまった。
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